1-7 ルネの弟子
あの後、ルネに何度尋ねても曖昧な返事しかされなかったためあきらめて大人しく帰路についた。
家につくと、ランディがせっせと旅支度をしていた。
「あ、おかえりなさい! 大丈夫だったみたいね」
ランディはすっかりいつもの調子に戻っていた。しょんぼりしていた時の耳がとても可愛かったので触りたかったが今はピンと立っている。
怪我はいつの間にか治っていたし、それについて聞いても「普通じゃない?」と返された。そうか、普通だったか。
自分の荷物・・・といっても新しくもらった服はランディによって旅支度のなかに吸い込まれ、これといってやることがない。
どんどん広くなる部屋たちを見回っていると、大きな姿見があったので前に立った。
あのわけのわからない日からまだそんなに立っていないのにずいぶんよくなったものだ。
ミイラのようだった手足は健康的な肉付で色はずっと室内にいたせいか、かなり白い。
痩せこけた頬もふっくらとしてきた。5歳としてなら健康的に見える。髪の毛は洗うの面倒くさいというルネの要望で、短く整えられた。
髪の毛で疑問に思ったことだが、父親のように赤くはなかった。どちらかというとこげ茶色だ。
そして左目。結局、ここにいる期間では外すことは許されなかった。感覚的には見えている。視力を失ったわけではないようだ。
じゃあ何でだ?
「おーい、ソエル。ちょっと来い」
姿見の前で熟考していると、ルネのお呼びがかかった。そういえば、名前のことについても聞いてみたかったのだ。
呼ばれるがまま、ルネの私室にたどり着くと、集会所に行く前はびっしりと並んでいた本が、今はただの一冊もなくなっていた。
僕は思わず足を止め、キョロキョロと周りを見た。どこかに隠しているのかとおもったが、そんな隙間はない。
「おう来たか。本なら全部送ったからもうないぞ。それよりほら、お前の荷物だ」
どこに? どうやって? が先に出たが、投げられたものを受け取るのが先決だ。
緩やかな弧をえがいてとんでくる物に、僕は見覚えがあった。
あの時のナイフだ。結局一回も使う機会はなかったが、選別の一つだったはずだ。
危なげなくキャッチして、また昔を思い出す。あの時は受け取れなかったっけ。
「このナイフ、なにかあったの?」
「いんや、ただのナイフだ。ちょっとばかし切れやすいけどな。ほれ用事はそれだけだからランディの手伝いでもしてこい」
早くいけとばかりに手を振る。
こっちはこっちで聞きたいことあるからまだいかないが。
「ルネ、集会の時の名前ってフルネームだよね」
「ああ? あー、そうだぞ。あんまり他言すんなよ? 有名すぎて囲まれちまうからな」
そう言いながらルネは楽しそうにケラケラ笑った。
「じゃあさ、僕も名乗っていいかな?」
「そうだな~、修行が全部終わってからだな」
言質はとった。
ずっとただのソエルではこれから先不都合がある可能性もあるし、家名はあった方がいいだろう。
ソエルは修行を頑張ろうと心に決めるのであった。
その後すぐ部屋を出た。中から「ああお前か。もう出るから三日ぐらいだ」という声が聞こえたが、次の商談だろうか。大方通信の魔法陣でもあるんだろう。
ランディのもとに行くと、荷造りはとうにすんでいた。なので話題としてルネの弟子になった(させられた)ことと、家名のことについて話した。
「そっかぁ、ソエルは先生の名前になるんだ」
感心した顔だったが、途中で「私の…なんでもない」と言葉を濁していたからまだ信頼が薄いのだろう。
そのうち、ランディの信頼も獲得してみせるとこれまた決めたのであった。
荷物は背負う鞄が3つだ。自分の背丈ぐらいあるのだが、持てるだろうか。というのは杞憂だった。
この鞄はルネ特別製で、見た目より軽いのだという。後で聞いてみよう。
「さぁ行くぞ野郎ども。目指すは西にある都市、クランベイルだ」
家から出てきたルネは一番小さい鞄を持って歩き出した。おい大人。
こうして、僕たちの旅は始まったのだ。皆が皆、互いの目的を知らぬままに……。
集落を出て数刻の間、休みをいれながら歩いたが、ほかの生物は現れなかった。
ランディに聞いてみると、以前ここに来るまでもそうだったらしい。そのことをルネに聞くと、自分の指にはめてある指輪を見せてくれた。それは前の世界では空想上の生物とされていた龍の頭を模した指輪だった。名前はそのまま、龍の指輪というそうで、周りに龍の気配をばらまくものだそうだ。この世界で龍は最上位の生物なので、それより位が低い生物は逃げ出すとか。それ縄張りとか大丈夫なのかと突っ込みたくなるような代物だ。
しかし、その指輪のおかげでここまで安全な旅をつづけられている。ルネ曰く、この指輪の欠点は肉が確保できないことらしい。
その夜、ルネに修行のことについて聞いてみた。
「ルネ、修行はいつからするの?」
「そう慌てるな。まずは知識を詰め込むぞ」
そう言って、がさごそと自分の持っていた鞄の中に手を突っ込み、一振りの筆を取り出した。
筆に向かって起動と呟くと、筆の穂首が淡く光り始めた。そして、
「これからお前に教えることは」
虚空にむかって筆を振るう。穂首が通った後は光が残っている。そのまま、さらさらと何かを書き上げた。
「魔法陣学だ」
虚空には、ルネが書いた魔法陣が光り輝いていた。
次話でやりたかったことの一つができそうです。
解説回になるかもしれませんね