1-6 ルネの取引
ルネと僕は集落にある一軒家に来ていた。
この家は高床式の建物で、扉まで続くまっすぐな階段を進むと大きな両開きのとびらが堂々と開いていた。
ここは、集落の集会場だそうだ。有事の際は集落の男がここに集まり議論を交わすのだとルネが説明してくれた。
そのルネの手には長い筒状のものが2本用意されていた。かなり長く、ルネの身長とそうかわらないのではないだろうか。僕も1本持たせてもらったが、見た目より重くはないようだ。しかし長いため、バランスをとるのが大変だった。
これがさっき言っていた依頼の品らしいのだが、このままでは用途がさっぱり不明だった。
中ではすでに大勢の男が議論を交わしていた。もはや怒号の域に達しようかという声の大きさだが、ここでは毎回そんなもんだと、やはりルネが説明してくれた。
歩みを進めていくと、次第に中が明らかになってきた。真ん中がぽっかり空いて、ドーナツ状に人が配置されている。
一番奥にはひときわ体格が大きい、おそらく長であろう人が座っていた。貫録とでもいうのだろうか、威圧感みたいなものがひしひしと伝わってくる。
そして、全員に共通していることだが、やはり耳がある。それだけではなく、人によって体毛が濃い。一番奥の人は全身が黒の体毛で肌が見えない。
僕たちが入口に立っているのに気付くと、喧騒はしだいに薄れていった。
ルネが一歩踏み出すと、一番近かった男たちが真ん中への道を開ける。そして真ん中までたどり着き、歩みをやめると元の形に戻った。
静まるこのばで最初の口火を切ったのはルネだ。
「ほら、お望みの物を持ってきてやったぞ」
そう言って筒の中央を持って目の前に差し出した。それはそのままスルスルと下まで降りていく。どうやら、筒は紙を丸めたものだったようだ。
「『幻惑の森』の魔法陣だ。効果は知っていると思うが、範囲外から来る者の方向感覚を狂わせる。範囲が結構広くてな、これは最小限の大きさに絞った私の特注品だ」
こちらの話は終わりだと言わんばかりに、ルネは魔法陣を元のように筒状に丸め、それを一番近くにいた獣人に放り投げた。彼は一瞬驚愕の表情を見せたが、危なげなくキャッチした。そこで、静観していた長は口を開いた。
「たしかに。貴殿との契約はここに終わったこととする。次いで、そこの人族の引き渡しを要求する」
その声はとても低く、見た目通りの声だった。
「理由は?」
「この場所を知る人族というだけで十分」
ルネは少し考えるような素振りを見せた後、ニヤリと笑った。
「こいつは俺が拾ってきた。だから俺のものだ。こいつが欲しいのならそれなりの対価を要求するぜ?」
「対価とは?」
「賢者の滴」
ルネがそう言ったとたん周りがざわめきだした。名前からしてたいそうなものと分かる品だ。有名なものなのだろう。
「静まれぃ!!」
長の一喝で再び静寂が訪れる。
「貴殿との契約は終了している。力づくでもいいのだぞ?」
その言葉に、周りの何人かの男は立ち上がった。さすがに多勢に無勢ではこの場を乗り越えることはできないだろう。普通なら。
ルネはクククッ、と笑った。
「何がおかしい」
「長よ、契約内容を覚えておいでか?」
長はフンッ、と鼻をならし、近くの男から紙を受け取った。
「一つ、ルネシス・マスキートとその周辺の人物の安全を保障する。
一つ、ルネシス・マスキート作成の薬を提供する。
一つ、ルネシス・マスキートおよびその周辺の人物に対する犯罪が発生した場合、その罰は断首とする。
一つ、上記3つの項目が集落側によって反故された場合、ルネシス・マスキートによる報復を許可する。また、ルネシス・マスキートが契約を保護した場合は断首とする。
一つ、上記4つは契約期間内のみ有効とする。
契約は終了している。特に問題はないはずだが?」
「ああそうだな。ところで、ここは暑いな。暑すぎてお前の息子が汗をかいているぞ」
ルネの本名を聞いたのは初めてだ。なにか言えない理由があったのだろうか。聞いてもめんどくさかったからとかいいそうだ。
長は自分のすぐそばにいる息子に目をやると、顔を真っ青にして大量の汗をかきながらせわしなく動く姿が映りこんだ。
「息子殿は具合が悪そうだな。ソエル、疲れた。私の代わりに説明してやってくれ」
そう言って僕の持っていたもう一つの筒を自らの手に収めた。
さて、ここからが正念場だ。というかもう勝負はついてる気がしないでもない。
「不肖ながら僕がルネシスの代弁をさせていただきます。今日の朝、ルネシスの助手であるランディがいつも通り薬をもって出かけたところ、彼と他3名が因縁をつけ、ランディに暴行を加えた後、薬を奪い逃走しました。よって、件の4人には罰として断首を要求します」
「でたらめだ!! 人族がおとしいれようとしているんだ!!」
さっきまで震えていた長の息子が立ち上がって叫ぶ。そこでルネが前に出てもう一つの筒を広げた。
「息子殿の意見は聞く気はない。私の助手が暴行を加えられたのも事実だし、仲間の持ち物を調べたら薬も出てくるだろう。さて、長よ、この落とし前どうするつもりだ? ああ、別に反故してもいぞ? そのためにこの『大炎上』の魔法陣を持ってきたんだからな」
ルネは楽しそうにスラスラと喋る。ルネはSにちがいない。長は仇の顔をみるような表情でルネをにらみつけていた。
「まぁそう睨むなよ。恨むなら契約内容を理解できなかった息子を恨むんだな。さぁ選べ。集落か、子供か。・・・と言いたいところだが、ここで一つ提案があるんだ」
「・・・提案とは?」
ルネは魔法陣を持っていない方の手を僕の頭に置いた。
「こいつを見なかったことにしろ」
返事は聞くまでもなかった。
帰るときに、ルネにひとつ質問した。
「ねぇルネ、朝の返事を聞いてもいいかな」
僕は朝、ルネに字が教えてほしいと言った。その返事は、先ほどの騒動で先延ばしになっていたのを気が付いたのだ。
ルネは返事と聞いてなんだっけ? という表情になったが無事思い出したらしく、にやりと笑った。
「ああいいぞ。なんせ、今日からお前は俺の弟子だからな」
ああよかった。そうか、今日から俺は弟子…?
「え?」
ようやく弟子になれましたね。
これからが一番やりたかったことができるのでうきうきしてます。
思い付きでここまで走ってきましたが今後ともよろしくお願いします。