1-5 陣
疑問はたしかにあった。
ここに来てだいぶ経つが、僕以外の患者は一人もいなかった。
にもかかわらず薬は大量においてあるし、新しい薬草もどんどん入ってくる。
いくらランディが物々交換で使っているからといって、入ってくる薬草は明らかに多かった。
そしてこの陣。
これが病院のマークだといわれても納得ができないことが多い。
ランディとルネは何を隠しているんだ?
「ソエル、説明してやるからとりあえず中に入れ」
いつの間にいたのか、入り口にはルネが立っていた。
その顔はいつものおどけた雰囲気とは違い、真剣そのものだ。
僕はランディを背負ったままソエルの後を歩いた。途中、「もうおろして」と聞こえたがスルーした。
ルネの私室まで来た僕は目を疑った。ルネの部屋には牢屋と同じような大きな陣があったからだ。これを踏んでもいいものかと思案していると、ランディをソファにおろすように言われたため、言うとおりにした。ランディの顔は若干紅潮していた。背中はつかれたのだろうか。
ルネはドカッと椅子に座って俺にも座るように促した。座りながら彼女の部屋を見渡す。
大きさは他の部屋と変わらないが、壁一面を覆うような本棚をどかせばもう少し広くなるだろう。
どの本も年季を感じさせるというか、悪く言えば古そうな本ばかりだ。しかし、彼女は本が好きなのか。読んでいるところは見たことがないが。
「さて、ソエル。何から説明してほしい?」
そういう彼女の手には、キセルが握られていた。
「まず、あなた達のことについて」
ランディは耳をぴくっと動かしたが、何も言わなかった。
「そうだな、ランディのことはそいつ自身から聞いてくれ。俺のことだが、まずはお前の予想を聞こうか」
ランディのことを見るが、こちらをちょっと見ただけで目をそらされてしまった。まだまだ信頼が足りないらしい。
ルネは・・・。
「まず、医者ではないですね?」
「ああそうだ」
となると予測できる範囲では、
「表の看板に書かれていた陣に関する仕事・・・、もしかすると、陣を書くのが仕事ですか?」
「まぁ、6割正解といったところか」
思ったより低い。正解は何なのだろうか。
「お前は陣と言っているものだが、正確には魔法陣というんだ。俺の仕事は魔法陣を書くこと。ただし、新規のものに限るがな。新しいものができたら依頼人に提示し、料金を決める。そして商品に対する対価をもらい、それを使って新しいものを作る。そんなところだ」
ルネはキセルをふかし、深く息を吐いた。
「本当は、まだ言うつもりはなかったんだが事情が変わった。その原因の一端はお前にもある。お前の姿を見たあいつらは親に申告して、親は長に報告するだろう」
「それに何か問題があるのですか?」
聞く限りだと、僕の存在が周囲に知れ渡るということだけのようだ。それぐらいなら別によさそうに思えるが。
ルネはキセルを持っていない方の手で頭をかいた。
「やっぱり知らなかったか。いいか? 獣人は基本的に一部を除いて人族と敵対している。それこそ、子供の時から洗脳のように人族は敵だと教え込まれている。今までは存在が知られていなかったからいいが、存在が知られた以上、お前は猛獣の檻に放り込まれた餌だ」
なるほど。それなら外に行かせてもらえなかったことも納得がいく。窓から外を眺めるのは良くなかったかもしれない。
一人で納得していると、ランディが声をかけてきた。
「ねぇ・・・」
「なんだい?」
ランディが口をひらいた。
彼女の顔は下を向いていて見えないが、手がかすかに震えていた。
「どうしてそんなに冷静でいられるの?」
冷静に、か。
僕としてはランディが何におびえているのかが気になる。
彼女は集落に物々交換に行っていたし、顔も知られているはずだが。
「捕まったら殺されちゃうかもしれないんだよ!?」
彼女は僕が困ったような表情をしているのが見えたのか、声を荒げた。
僕がさらに困惑していると、ルネが助け舟をだした。
「なんだ、ランディはソエルのことが好きなのか」
泥船だった。
「先生! 今はそんなこと言ってる場合じゃないんです!!」
ランディは激しく反論する。否定はしないんだね。
「まぁ慌てるなランディ。これから時間はたっぷりあるからな」
「え?」
「は?」
ルネの言葉に僕たちは口を開けた。
今の話だと、あの集落の長に僕のことが伝わったらここが危ないのではないのか?
「もうここの依頼は終わったんでな。タイミングもいいし、移動するつもりだ。もちろんソエル、お前もつれていく。教えることもいろいろあるしな」
その時、激しくドアを叩く音が鳴り響いた。
「さあ、いこうか」
ルネは楽しそうに口角を上げた。
タイトルはもう少し進んだら変えようと思います。