1-3 耳
どうしてあんなことになったのだろうか。
入学式の日、駐輪場を確認しに行ったのがいけなかったのか。
今となっては後の祭りだが、特に自転車を使うような距離ではなかったのだから、徒歩で通えばよかった。
あるいは、容姿がいけなかったのだろうか。
他人から妬まれるような容姿はしていないし、むしろその逆
ひょろっとした体に眼鏡をかけた僕は『対象』としてはもってこいだったのかもしれない。
僕の態度が、しゃべり方が、交友関係が、何がダメだったのかわからない。
そういえば、一度だけ聞いたことがある。どうして? と。
答えは単純だった。
「気に食わないから」
「うざい」
「気持ち悪い」
「やってほしそうな顔してる」
「むしろ誘ってんじゃないの?」
「生理的に無理」
「ていうかはやく死んでくれない?」
「お前生きてる意味あんの?」
「早く死ねよ」
「死ね」
「死ね」
「死―」
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
叫ぶ。これ以上は耐えられないと体が悲鳴を上げているようだった。
そうだ、あの日から僕の世界は色あせた。それまで引っかかっていたものが、ストンと落ちたんだ。
その悲鳴を、今の自分が出していると気が付く。しかしなぜだろう、視界の左側が見えない。
右目を通して得られる情報は、ここがどこかしらの室内だということだけだった。
ぎぃ、と音がして扉が開く。僕は体を硬直させた。敵かもしれない。
「よぉ、目ぇ覚ました見てえだな」
入ってきたのは白衣の女性だった。長い赤茶色の髪は後ろでひとつにまとめられており、身長も高い方だろう。
慎ましいながらも出ている胸部に視線が泳ぐ。だが、それ以上に衝撃的なものが頭部についていたのである。
「耳が、ついてる」
「ああ、獣人だからな」
それが僕と、熊の獣人の師匠との最初の出会いだった。
彼女は気怠そうに近くの椅子に腰かけた。そしてポケットからキセルを取り出して、口にくわえる。
その後、何か紙のようなものを先っぽに入れて起動というと紙が燃えだし、すぐに煙を出し始めた。
ふぅ、と口から煙を出しこちらを見る。
「お前は」
口を開き、何かを言おうとしたが、それは廊下から聞こえるドタドタドタというあわただしい音によってさえぎられてしまった。
そして、木製の軽そうな扉がバン!! という音を立てて開かれた。
「先生!! 喫煙は外でやってくださいと毎回言っているでしょう!? ここをどこだと思っているんですか? 病院ですよ!! 病院!! 吸うことですら我慢ならないというのに患者がいるこの場所で吸うなんて言語道断です!!」
そう言って先生と呼ばれる女性からキセルを奪い取ると、灰を近くの壺に落とした。
白衣の女性からは「あっ・・・」という悲しげな声が漏れたが、今入って来た少女が正論をまくしたてるので何も言わなかった。言えなかったの間違いか。
入って来た少女は自分とそれほど年が変わらないだろう幼い顔立ちをして、少し汚れたワンピースをきている。灰色の髪をショートにして、その赤い目には活発さが伺える。
そして彼女にもやはり、耳が付いていた。兎の耳だ。今まで体を硬直させていたが、彼女が説教をしているのを見て気が緩んだ。先ほどまで白衣の女性に向けられていた視線は、首をグリンと回し、こちらに向けられる。
「先生!! 起きているじゃないですか! しっかり問診してください! いえ、もう私がやります!」
キセルを放り投げ、こちらにずかずかと近寄ってくる。ほんとに女の子か。
すぐ近くまでやってきた彼女はさっきまでとは違い、ゆっくりと話し始めた。
「私の名前はランディといいます。そこの喫煙家はルネです。あなたの名前を教えてください」
さっきまでのまくしたてるような言葉ではなく、優しく言い聞かせるような言葉になっている。
・・・最初のあれさえなければ、優しそうな女の子だったのになぁ。
「ソエル・・・です」
「年齢は?」
「たぶん5歳」
「ここがどこかわかりますか?」
「わかりません・・・」
彼女たちは顔を見合わせて肩をすくめた。そして次はルネが問いかけてくる。
「目以外に何か違和感はあるか?」
そう言われて、初めて自分の体の状態を確認する。
ところどころに包帯がしてあり、左目の奥がズキズキ傷む。
しかし処置がいいのか、痛みはそれ以外ほとんどなかった。
「大丈夫です。・・・ひとつ、質問してもいいですか?」
「なんですか?」
ランディが微笑みながら聞いてくる。
「僕、どうしてここに?」
「私が拾ってきた」
「先生! 詳しく言わないとわからないです!」
ルネの端的な説明に眉をひそめたが、ランディが助け舟を出してくれた。
「あ~、森に薬草取りに行ったらボロボロのお前がいたからここまで連れてきた。でいいか?」
ランディは満足そうに頷く。そういえば二人ともずっとここにいるがいいんだろうか? ランディは病院って連呼してたからここはたしかに病院なのだろう。
改めて部屋を見回すと、天井から床まで全部明るめの木で構成されていて、棚には用途の分かりそうにない液体がずらりと並んでいる。
病院ならほかの患者もいそうなもんだが、大丈夫なのだろうか。
そういえば連れてきたと言っていたがここがどこなのか聞いていない。
「ここは、どこですか?」
その問いに、二人はキョトンとした。なにかおかしなことでも言っただろうか。
ランディの耳がピコピコ動く。質問にはルネが答えた。
「ここはな、レプティス・フォレスト。別名、獣人の森だ」
ようやくちょっとだけ獣要素出てきた・・・!
題名変わるかもしれないです