1-2 めぐるめく
今、自分はどこにいるのだろうか。
周りは暗闇で包まれていて、暖かい場所にいる。
居心地がいい。ずっとこのままでもいいのではないかと思えてくる。
もう少しだけ、眠っていよう。
そして、意識は深いところに沈んでいった。
――――――5年後
寒い。ここはどこだ?手足の感覚がある。
そっと目を開く。まず目に飛び込んできたのは、鉄格子。
そこか徐々に回りが見えてきた。
まるで大きな岩をくりぬいたような無骨な部屋だ。
壁と天井は荒々しく削られた跡が見える。床は打って変わって平らになっている。
そして部屋の床全域にわたるような、巨大な陣が特徴的だ。文字が書いてあるが理解できない。
部屋の隅には汚い布があった。反対側には壺が置いてあるが、ハエがたかっているので行きたくない。
明らかに、牢屋だ。10人に聞いて9人は牢屋だと答えるだろう。それぐらい牢屋だ。
ちょっと自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。少し記憶を整理しよう。
まず名前だ。僕の名前は
「ソエル」
声が掛かった。僕の今の名前だ。
声の発信源に視線を向ける。そこには、見たことあるな~ぐらいの男が立っていた。
ああ、思い出した。確かこの人は父親だ。なぜかおぼろげにしか覚えていない。
とりあえず眺めていたら思い出すかもしれない。
彼の名前は覚えていないので、容姿を観察してみよう。
燃え盛るような赤い短髪とは逆に、その吸い込まれそうな瞳はこちらを見つめている。
顔立ちはキリっとしているのだろうが、今はなぜかその表情を歪めている。
がっしりとした体つきに高い身長。おそらく女性からもてるのではないだろうか。
何も言わない自分に対して何を思ったのか、その顔は険しくなる。ちょっと怖い。
「すまない。何もできない僕を許してくれ。これはせめてもの選別だ。・・・もし、生きて帰れたのなら、僕を殺せ。お前にはその権利がある」
そう言いつつ、布に包まれた何かを牢の中に投げてくる。キャッチしようと思ったのだが、思うように体が動かない。
投げられたものが横に転がる。なんだろうか。
視線を父親のもとに戻すと、彼は目尻から一筋の雫を流していた。
「起動」
彼がその言葉をつぶやくと、カチリッ、と何かがはまるような音が聞こえた。
何が起こるのだろうか、聞いてみよう。
「父さ」
その言葉は最後言えなかった。体が急に浮遊感に包み込まれたからだ。内臓が浮いてる感じがするし、気持ち悪い。
よく見たら足元の魔法陣が輝いている。まぶしい。これの原因である父の方を見ると、両膝をついて両手で顔を覆っている。
肩も震えているし、泣いているみたいだ。そんなことを冷静に考えていると、先ほど父が言っていたことを思い出した。
『もし、生きてかえれたのなら』
つまり、生き残れないような理由がある場所に行かされるのか?
この輝いてる陣によって何かが起こるのは明白だ。というか、すでに起きている。
なぜ? どうして? と疑問符と焦りが出てくる。そして無情にも陣は輝きを増し、自分を包み込んだ。
浮遊感が増し、もうそろそろ吐くかもというところで光は霧散し、浮遊感は収まった。
どうやらついたらしい。
そよ風が頬を撫でた。
まぶしくて閉じたまぶたを開くと、そこは森だった。
一つ一つの木がとても大きいし、太い。樹齢何百年もありそうなものばかりだ。
草は生えていないが、苔が辺りにびっしり生えている。葉っぱが太陽の光を遮っているからだろうか。
そうだ、こんなのんきに回りを見ている場合ではない。
命の危機なのだ。早々に安全なところを探さなければいけない。先ほど投げられた何かを探すと、割と近くにあったので取りに行く。
取りに行く。という意志はあるのだが、体が全然動かせない。改めて、自分の体をよく見ると、まるで骨と皮しかないミイラのような体をしていた。
体に、動けという命令を出してもわずかに動くだけだ。僕は一生懸命体を起こし、布の方に倒れこむように近づいた。
打ち付けた体はかなり傷むが、いまは泣き言を言っている場合ではないのだ。あの袋には現状を打破する道具が入っている可能性が、
「なんだよ・・・これ。ははっ」
布に包まれていたのは、1本のナイフとパンだけだった。乾いた笑いが出る。
どうやらあの父上はこれだけで帰ってこれる可能性を僕にみていたらしい。
無理だ。どうころがっても生き残れる気がしない。今はまだ何も起きていないが、危険な動物が1匹でもいたら即死亡だ。
そういえば、なんでこんなに生きたいと思っているのだろうか。
あの時は死ぬことに躊躇んてなかった。当たり前のように死への扉を開けたんだ。
それに比べて今はどうだ。自分をこんなところに追いやった父親の施しに期待している自分がいたのだ。見事に裏切られたが。
自分の意思で選んだ死なら何の抵抗もなく、他人によってもたらされる死は認められない。
なんて自分勝手なのだろうと、少し思ったが、今はこんな状況に追いやった原因が憎い。
パンを手に取り、口に運ぶ。それだけの動作に、かなりの時間を要した。煩わしい。
パンをに意識を向けていた彼は、後ろから迫る影に気が付いていなかった。
「アオオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!」
突然、何かの遠吠えが響く。それも、かなり近くで。
後ろを向くと、かなり大きなオオカミがこちらを凝視していた。
体毛は黒く目は赤い。いつでもやれるといわんばかりの力強さもある。
目を離せなかった。離した瞬間こちらにとびかかってきそうな感じがしたからだ。
目を離さぬまま、手探りでナイフを探す。あんなちゃちなものでどうにかなるとは思えないが、一矢報いてやろうという心構えだけはしておく。
しかし、ナイフより先に触れたものがあった。
「なんだよ、クロからの呼び出しがあるから来てみれば、ただのガキじゃねえか」
そんな言葉が、上から降ってくる。
反射的にそちらの方を見ると頭をがしっとつかまれた。
「せっかく暇つぶしにでもと来てみれば、ただの痩せ細ったガキがいるだけか。はぁ~、俺は悲しいぞ・・・んん?」
僕をつかんでいる全身を黒いローブで覆っている男は、何かに気が付いたように僕の目をのぞき込んできた。