序章
ええっと、こんなものを書くのは18年の人生で初めてです。
決まり文句を言えば、この紙を読んでいるということは僕が死体で見つかったということでしょう。
その後、母さんや父さんは悲しむのでしょう。
普通なら、ここで僕のことは忘れて幸せに・・・なんて言葉が続くのでしょうが、僕をこんな状況に追い込んだ奴らが、のうのうと生きていることに遺憾の意を示します。
そこで、彼等が行ってきた非道な仕打ちの数々を証拠として、僕の寝室の天井裏に隠しておきました。
すぐに訴えたくなる気持ちもわかりますが、証拠を効果的に使うにはほとぼりが冷めた頃が有効だと思います。証拠と一緒に使用方法を書いた別紙がありますのでそちらをご利用ください。
うまくいけば・・・いえ、結果は誰にもわかりません。もしかしたらかたき討ちできるかも程度にお考えください。
自分で実行することも考えましたが、その気力が僕にはありませんでした。
このような方法しか思いつかない不出来な僕が、親不孝にも先立つことをお許しください。
最後に、僕とは違い優秀な弟に頼みがあります。
貴方が僕のことを嫌っていたのは知っています。
根が暗い、いわゆるオタクな趣味をもっている僕のことを嫌うのは世の中じゃあたりまえのことなのでしょう。
ですが、本当にそうなのでしょうか?
あなたが剣道に打ち込んでいる分を、彼らは趣味に注いでいます。
どうか耳を傾けて、彼等の熱意を受け止めてください。
たったそれだけのことで、救われる命があります。
僕の貯金は好きに使ってください。
来世があるなら、僕はまた会いたいと思っています。
お元気で。
2021年7月18日 秋野 夢人
「ふぅ・・・、書いちゃったな」
不思議と、やっぱりやめようかな? なんて思いはこれっぽっちもなかった。それだけこの世界に辟易しているのだろう。
そろそろ行くか。時計は午前8時ちょうどを指している。徒歩十分の学校に行くちょうどよい時間だ。
もっとも、これから行くのは自分の教室ではないのだが。
遺書は内側の胸ポケットに入れた。これで誰かが抜き去るなんてことはできないだろう。
同級生に死体をいじる趣味がある奴がいたらさすがにどうしようもないが、そこは心配してもしょうがない。後の祭りだ。
階段を下りて、ドアノブに手をかける。これが最後になるのかと考えても、特に感慨深いわけでもなかった。
誰もいない家に行ってきますと告げ、鍵を閉めて家を出る。
通学路は小さい時からなじんだ庭のような道。
遊んでいた公園は子供が遊びにくくなる工夫がされ、しまいには駐車場になってしまった。
駄菓子屋だったお店は、何年か前につぶれてコンビニになっている。たしか、店主のおばあさんが亡くなったのだ。
商店街は近くに出来た大型ショッピングモールにより多くの店がシャッターを下ろしている。
便利になるにつれて、住みにくくなっていく。それがこの周辺の実態だろうか。コンビニは喜ぶ人も少なくなかったようだが。
廃れた商店街を抜けて信号を渡ったところにあるのが、僕の終着点。県立蓼島高等学校。
県立高校の中でも最底辺の偏差値のあまり良い噂を聞かない学校だが、実態は言うまでもない。
家計のことを考えると公立で勉強のできない僕が行くにはちょうどよい学校だった。距離も近い。
朝礼前のギリギリだというのに、慌てて走るようなやつはいない。この学校で一番大切なのは見栄をはることと、同調することだから。
僕は朝礼にはでないし、特に急ぐ理由もないからゆっくり歩く。こんなにすがすがしい気持ちでここに足を踏み入れたのは入学式の日以来だ。
靴を履きかえて、階段を上る。5階建てのこの校舎にはエレベーターもあるのだが、一部の不良生徒が独占しているのでないのと同じだ。
絡まれるのはめんどうなのでそのまま階段を上る。この学校には屋上はないが、最上階にテラスがある。そこから裏の駐車場に飛び降りてジ・エンド。
一応開閉には専用の鍵がいるのだが、たむろしているやつらが鍵を消火栓の中に隠しているのは知っていたのでそれを使う。
開けた時にスゥっと吹き込む風が生ぬるい。外に出ると、太陽がギラギラと僕を照り付けた。そうか、夏だったな。
こんなので大丈夫なのかという丈の低い鉄格子を乗り越え、荷物を置く。そうだ、靴をそろえて置いておこう。それっぽく見えそうだ。
靴下ごしのコンクリートは、少し暖かかった。暑いので、さっさと済ませたい。腕時計を見ると、あと5秒ほどで朝礼のチャイムがなるところだ。
4
3
2
残り一秒のタイミングで虚空に足を踏み出す。落ちる感覚は初めてだな。なんてことをのんきに考えながら落ちる。
4階、1年生の教室だ。まだみんなまじめに話を聞いている。そのまま育ってくれたらいいのに。
3階、2年生の教室。夏休み前で浮かれているのか話を聞いている奴は少ない。1年でこれか。
2階、3年生の教室。この位置はたしか進学組の教室だったな。知り合いはいない。
一人の女子と目があった気がした。誰だっけ、見たことがある。
1階。もう0.0何秒もしたら僕はトマトみたいにつぶれるのだろうか。
そういえば、セミはいつから鳴かなくなったのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
次の瞬間、頭に衝撃が走り、肩、胴、下半身と順番に打ち付けた。
最近のアスファルトは柔らかいんだな。まだ生きてるぞ。でも全身の感覚がないのでもう助からないだろう。体温が抜けていく感覚がある。流血でもしているのか。
かすんで見える視界には、何か動いてるものが2階から先生の車に飛び降りて、こちらに走ってくる。
おいおい、まさか死体をいじるのが趣味のやつがいたのかといやなことを考える。しかし、近くに来たのは先ほど目が合った女子だった。
頭をぶつけたおかげか、少女の名前はすぐに出た。彼女は近所に住んでいたな。
「あ・・は・・・・・ね」
唇が動かない。まぁ、たいした関係でもないのでどうでもいいだろう。なんだか眠いんだ。もう寝よう。
意識がもうろうとする中で、彼女は口を開いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
何を言っているのだろうか。だが、言ってやりたい。絶対に、絶対に・・・
「許さない」
自分でもびっくりするほど言葉が流暢に出た。
その後、直ぐに視界は暗闇に包まれた。
やっと、終われる。