ありえないモノ
東京から遠く離れたところにある地方都市。
そこについて、奇妙な噂が流れている。
なんでも、街のある一帯に行くと、ありえないモノを見ることができるらしい。
現実的な話ではない。
俺は、自分の目で確かめてやろうと、わざわざ噂の地方都市へと電車に揺られながらやって来た。
目に入る情報では、閑散とした印象を受ける。道行く人も若者がかなり少ない。
恐らく、過疎化しているのだろう。
シャッターで閉められた店が立ち並んでいるアーケードは、人工が減少している何よりの証拠だ。
俺はシャッター街と化したアーケードを蒸し暑さに耐えながら歩く。
駅側の入り口から入って、七つの店を通り過ぎたところに、裏道があるらしい。俺は丁度七つ目の店に差し掛かったところで、足を止めた。
見れば、分かりづらいが確かに裏道がある。
「ここか……」
裏道に入り、奥へと向かう。
奥に進むにつれて、人工の光が届かなくなり、暗く、暗くなっていく。
三十分ほど歩いたころ、周囲は闇で覆われ、自分がどこにいるのかもわからなくなってしまった。
噂では、このあたりで何かを見たらしいが……。
立ち止まり、壁に背を預けようとして――
転んだ。
「え――?」
狭い裏道なのだから、すぐ近くに壁があったはずだ。
だが、現実として壁が無かった。
一体どうなっている……!?
混乱と焦燥に身を焼かれそうな感覚を覚えながら、とにかく来た道を戻ろうと考えて走り出した。だが、いくら走ってもアーケードどころか光すら見えてこない。
「何なんだよこれは!?」
思わず叫んでしまう。
闇が俺をすっぽり包み込んで離さない。
諦めて足を止めた瞬間、闇が一転して俺は光に包まれた。
だがそれは数秒のことで、すぐに闇に戻ってしまう。
ここにきてようやく、俺は携帯電話の存在を思い出した。ポケットから携帯を取り出し、液晶画面の光で周囲を照らす。
直後、俺は狭い裏道に投げ出された。
「……は、はは……何だったんだ……」
安堵した俺は何気なく携帯の画面へと視線をうつす。
いつの間にかカメラ機能が起動していた。おかしいと思いながら、待ち受け画面に戻そうとして、撮った覚えのない写真が保存待ちの状態だったことに気付いた。
「……なんだよ、これ」
写っていたのは、無数の腕だ。
気味が悪い。保存など絶対にするものか。
「あ、あれ? 消えない……」
キャンセルを押しても反応せず、写真の中に写るモノが変わった。
目だ。
画面を埋め尽くすほどの目が、闇の中を走る俺をジッと見つめている。
――ありえない。
この時点で、携帯はポケットの中にあった。暗闇の中にいたことを考えると、第三者がこっそり俺の携帯を使うことは困難だ。
それに、写真は俺の正面から撮られている。誰かがいたのなら、俺と接触していた可能性が高い。
だが、あの場には俺しかいなかったはずだ。
……もう、わけがわからない。
ありえないモノを見るとは、こういうことだったのか。
俺は携帯の画面から目を離して、裏道を出ることにした。
アーケードはもうすぐそこだ。こんなことはもう忘れてしまいたい。
そして、俺は非日常からの帰還を果たし――
「コ………い……ぉ」
「……え?」
なんだ? この、背後から聞こえる声は、一体なんだ?
恐る恐る振り返り、
「うわあああああああああああああああああ!?」
そこには、腹部からぐちゃぐちゃの内臓を垂れ流す男が、手招きしながら立っていた。
それからは記憶が飛んでいる。
覚えているのは、ひたすら走り続けたことと。
『コッチ来いよぉ……』
と幾人もの人間の声を同時に聞いたような声で、俺を呼んでいたことだけだった。