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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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1.伝説の始まり(6)

 ずるり、と肩からずり落ちた鞄を、智花は反射的に右手で掴んだ。それは半ば無意識の動きで、彼女の視線は目の前から動こうとしない。

「……雅?」

 先程までの竜巻がまるで夢だったかのように静かになった裏門の近くで。裕幸は呆然と呟いた。

 自分の声に現実感がない。どこか遠い世界の出来事のようだと他人事のように思った。

 確実に、姿を見たわけではない。けれど、竜巻の中にあったはずの彼の幼馴染の姿は、そこにはなかった。風と一緒に、消えたのだ。

「雅? ……やだ、どこ!? ……え?」

 錯乱しかけた智花が、周囲を見回して、うろたえた声を上げる。

「早瀬さん……ちょっと、俺のことひっぱたいてくれない?」

 あまりの現実感のなさに、そんな言葉が裕幸の口から告いで出た。

「え? こう!?」

 気が動転したままの智花はそう言って右手を振り上げ、裕幸の背中をばしりと叩いた。右手に創作ダンス教室に行くための大きな鞄を持ったまま。

「ぐはっ!」

 鞄の中身は服など比較的軽いものなのだろう。けれど、不意に大きなものが当たればその衝撃は想像以上に大きい。裕幸は数歩たたらを踏んで何とか踏みとどまった。

「え? ……あ、ごめん」

 自分の右手とよろけた裕幸を呆然と見比べ、智花は困ったように呟いた。

「いや……」

 裕幸は曖昧に呟いて、首を横に振る。背中に受けた衝撃が、裕幸を現実に連れ戻した。

 これは、夢ではないのだと。

 ふと、足元を見れば見覚えのある鞄が転がっていた。――雅のものだ。

 裕幸はそれを拾い上げ、まだどこか呆然とした智花を振り返った。

「ひとまず、雅の家に行こう。……伝えたほうがいいと思う」

「そう、だよね。……二人して白日夢を見てるとか、そうならいいのに……」

「夢オチ? ……そうだな」

 智花の言葉に元来た道を辿りながら、裕幸は切に願う。

 ――……これが夢ならいいのに、と。


* * *


「……。えーと。て、天界? 天の国?」

 ようやく回りだした頭で、雅は先程聞いた言葉を反芻する。一瞬、脳裏を今朝見た夢が過ぎった。目の前の少年がこくりと頷く。

「そう。この世界のことだ」

「この世界……。って、えええ!? 天の国って事は、天国であの世でしょ!? あたし、死んじゃったっ!? 竜巻に巻き込まれて!? 今日の特売もゲットしてないっていうのに!?」

 最後に気にするところを若干間違えているのは、まだ混乱してるせいだ。

 雅の所帯じみた叫びに、少年は困ったように瞬いてから、首を横に振った。

「いや……死んでない。大丈夫。だから落ち着け。ここは、君のいた世界の遥か上空に浮かぶ大地なんだ」

「本当にっ!? 嘘じゃない? あたし、生きてる? ってゆーか、空に浮かぶ大地って何それラピュタ?」

 残念かどうかは微妙だが、雅は王女の血筋でも何でもない、普通の女子高生だ。空が飛べる石だって持っていない。共通点をあえて挙げるならば、性別とおさげに出来そうな長い髪くらいだ。

 目の前の少年が困ったように眉をしかめる。何を言っているのか分からないらしい。

「……らぴゅた?」

「あ、ごめん。気にしないで。叫ぶだけ叫んだら、何か落ち着いたかも。……で、あんた達、誰?」

 ようやくその疑問にたどり着いた雅に、少年は一瞬苦笑を浮かべた後、居住まいを正す。

「俺は、そこの胡蓮という村に住み、村の守護の任を中央神殿より委任されている者だ。慧という」

 慧と名乗った少年の横で、少女は胸元で手を組み頭を下げる。

「わたくしは胡蓮の巫女に任じられております、春蘭と申します。どうぞお見知りおき下さいませ」

 春蘭の態度に、雅は違和感を覚えた。自分と同じ年頃の少女が雅にとる態度は、目上の者に対する恭しさだからだ。

 だが、雅には春蘭にそのように扱われる理由がない。

 けれど、今は春蘭の不可解な態度よりも、もっと大事なことがあった。

「……ええっと。とても信じられないわよ、そんなこと。自分の住んでるとこの上空に浮いてる大地、だなんて。空を見上げたってそんなの見えないし、そんな話聞いたこともないよ?」

 日本に限らず、世界中の上空には気象衛星やGPS衛星などの人工衛星があるはずだ。どれくらいの規模の大地かは分からないが、空に浮かんだ代物がそれらのどれかに引っかからないはずがない。

 だが、雅の言葉に慧は首を横に振る。

「この大地は大きくないし、空を飛ぶ乗り物……飛行機、だったか? それが飛ぶ高度よりも高い位置にある。それに結界が張られていて外部からは見えないようになっている。結界が解除されない限り、地界からの発見は難しいだろう」

 自分の知らない世界の住人の口から飛行機などという単語が出てくると、違和感がある。けれど、自分が相手を知らないからといって相手が自分を知らないとは限らない。現に、雅は天界の存在を知らなかったが、慧達は雅の住む世界の存在を知っているのだから。

「……地界って、あたしの住んでたとこ?」

「そう」

 頷く慧にさらに問い詰めようとした雅はぶるりと身体を震わせた。

 彼の言葉を信じるなら、この大地の高さを考えれば気温は暖かいのだろう。飛行機の高度よりも高い位置にあるのなら、気温は軽く氷点下のはずだ。

 だが、天界も地界の雅が住んでいた地域同様冬であるらしい。寒いことに変わりはない。

 雅のその様子を見た春蘭が慌てて会話を遮る。

「お待ち下さい。このような場所では落ち着いて話も出来ませんし、何よりお体が冷えてしまいます。一度場所を移すべきだと思われますが……いかがでしょうか?」

 もちろん、雅に異論はない。コートを着ているとはいえ、いつまでもこの寒さにさらされることは避けたい。

「分かったわ。……どこ行くの?」

「我が胡蓮の村の長がお待ちしております。僭越ながらわたくしが案内させていただきます。どうぞこちらにお越しください」

 やはり畏まった春蘭の態度に、雅は眉をしかめながら後に続く。

 何だか、激しく厄介なことに巻き込まれている気がした。そしてそれは恐らく、気のせいではない。

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