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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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7.蒼穹の狭間で(9)

 その風を、雅は知っていた。一週間ほど前に地界から天界へと雅を運んだ風とまったく同じものだ。

 雅を中心に風はどんどんと勢いを増していく。二度目ともなれば、雅も慌てることはなかった。

「雅ちゃん!!」

 春蘭の声が風の向こうから聞こえる。風が強くて姿はほとんど見えないのに、声ははっきりと届くから不思議だ。やはり、魔法の風だからだろうか。

 そんな感想を抱きながら、雅は声を張り上げる。

「春蘭!! 何!?」

「さようなら! 雅ちゃんの幸せ、お祈りしますね!!」

 雅は一瞬だけ声を詰まらせた。これで本当にお別れなのだと、急に強く実感した。

「……うん! ありがと、春蘭!! さよなら!」

「雅!!」

 慧が強く雅の名前を呼ぶ。そうして風の向こうで慧らしき人影が何かを投げるような動きをするのを、雅は見た。

 その動作につられて、思わず視線を上に向ける。何かが空中で放物線を描いて落ちてくる。日の光を受けて青く輝くそれを見て、雅は小さく息を呑むと慌てて手をだし、それを受け止めた。

「慧!?」

 手の中できらきらと輝く勾玉を見つめて、雅は弾かれたように顔を上げた。風越しで影しか分からない。けれど、雅には慧が微笑んだのが分かった。

 いつものあの、大人びた笑顔で。

「――忘れるなよ!」

 その言葉に、先程の雅の葛藤が慧にはお見通しだったのだと気付いて、雅は俯くとほんのりと頬を染めた。

 急に色々な感情がこみあげてきて息が詰まりそうになる。けれど、伝えなくてはいけないことがあるから。

 雅は力いっぱい息を吸って、渾身の声で応えた。

「――忘れないよ!!」

 この旅の中で体験したこと、感じたこと。伝説の理不尽さに苦悩し、涙したこと。戦いの中で思い悩んだこと。そして何よりも慧と春蘭との出会いと別れ。この蒼穹の狭間で体験した全てを、忘れられるはずがない。

 雅はぎゅっと手の中に勾玉を握りこむ。頬に一筋、涙が伝った。

 最後の最後でこれはずるいよ、と雅は小さく呟いた。気付かずに隠しておきたかった感情に、最後の最後で気付かされてしまった。

「……最悪。この局面で好きとか思わせるなんて……」

 自分の呟きの内容に、雅は小さく笑ってしまった。

 この気持ちも、勾玉も。この世界で得た大切なものだ。悲しさも切なさも後悔することなんて、ひとつもない。雅は頬の涙を拭うと、顔を上げた。

 向こうからも雅の表情は見えない。それでもお別れは笑顔がいい。そう思うから、満面の笑みを浮かべる。

「――じゃあね! 慧! 春蘭!!」

 そう叫んだ瞬間、風が一層勢いを増して。雅は反射的に瞳を閉じていた。


* * *


 風が収まったその後に、地界の少女の姿はない。

 春蘭はそれを見届けると肩で息をついた。頬は涙に濡れたままだが、その表情は晴れやかだ。その肩を、慧が労うようにぽんと叩く。

「お疲れ、春蘭」

「ありがとうございます。……良かったんですか? 勾玉……」

「光鈴の力を守り引き出す勾玉だろう? 雅が持ってるのが一番じゃないか? 中央神殿には陰羅を倒した時に消滅したとか言えばいいだろ」

 巫女としての立場からすると、今の慧の行動と発言は問題視すべきなのだろうけれど、春蘭個人としては慧を支持したい。何も見なかったし聞かなかったことにしておこうと決めた。

 そして、あまりにも投げやりな慧の言い方に、春蘭は小さく笑うと涙を拭った。

「そう、ですね。……良かったんですか? 慧君」

 主語をはっきりさせない春蘭の物言いに、慧は首を傾げる。

「何がだ?」

「何がだ? じゃないです! 雅ちゃんのことですよぅ。好きだったんでしょう?」

 春蘭の言葉に、慧が目を剥く。

「はぁっ!? おま、何言って……!」

 珍しく目に見えて慌てる慧の様子に、春蘭が小さく吹きだした。

 冷たいが穏やかな風が、夕暮れの草原を駆け抜けていった。

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