5.決戦前夜(5)
可愛らしい丸太小屋の簡素な食卓に、晄潤お手製の芋料理が並ぶ。晄潤が先程山のような芋を抱えていたのは、このためだったらしい。
料理を振舞えることが嬉しいのだろう。晄潤は満面の笑みを浮かべながら、全員にお茶を淹れている。
雅が一度手伝いを申し出たものの、私の楽しみを奪わないで下さいと断られたくらいだからよっぽどだ。
そんな晄潤を、慧と春蘭がぽかんと眺めている。多分、これから判明する事実は、彼らの表情をさらに間の抜けたものに変えるのだろうと思うと、雅としては笑いを抑えきれない。
雅は何となくそんなものなのだろうと受け入れてしまったが、晄潤が数百年単位で生きていることも真実の姿が神鳥だということも、多分衝撃的なことなのだろうから。
事実、晄潤の話が進むごとに慧と春蘭の表情は雅の想像通りのものへと変化し、最終的には雅が大爆笑してしまったというのは、また別の話だ。
* * *
夕食も終わり、雅は外に出て空を見上げた。雅の頭上には明るく輝く月と、宝石箱をひっくり返したような星空が広がっている。元々、星に詳しいわけではないが、これだけ星があると見知った星座を捜すことすら難しい。
どちらかと言えば悪い印象しかない天界だけれど、目にする光景はどれも綺麗だな、と素直に思う。
ふと、小屋の中から春蘭の興奮したような声が聞こえた気がして、雅は小さく微笑んだ。
今、春蘭と晄潤が雅が聞いてもさっぱり分からないような専門的な話で盛り上がっているのだ。全く話についていけない雅は、気分転換をしてくると断って、こうして外にいるのだ。
「……寒くないか」
小屋の扉が開いて、慧が外に出てくる。雅は体ごと振り返った。
「まあ、冬だしね。……けど、平気」
「……一応、これ」
そう言って手渡されたのは、膝掛けサイズの布だった。
「ないよりはマシだろ。風邪引かれても困る」
「そうだね、ありがと」
今は平気でも、ずっと外にいれば身体は芯から凍えるだろう。雅は慧の厚意に甘えることにして、その布を肩に掛けた。
「やっぱぬくい~。ありがと、慧」
「ああ。……夕食の時に言ってた、伝説の真実についてだけど……」
「うん。あの時話したとおりだよ。伝説は真実だった。……けど、死ななくても何とかなるって。だから、何とかしてみようと思って」
そう言って雅は何てことのないように笑う。だが、横に並んだ慧の表情は険しい。
「……何とかするってことは、陰羅と戦うってことだよな? ……大丈夫なのか?」
「ううーん。力強くなってるらしいし、何とかなるんじゃない?」
意識して軽い調子と表情で返してみたが、慧は険しい表情のまま首を横に振った。
「そうじゃない。分かってるのか? 陰羅と戦うって事は……」
そこで言葉を濁した慧に、雅は軽い調子を収めると苦笑を浮かべた。
「……うん。殺すってこと、だよね?」
分かっている。陰羅の式である暗奈も黒李も人型をしていた。雅の夢に現れた光鈴と思わしき者も、人と変わらない形をしていた。ならばきっと、陰羅も人の形をしている。しかも、式とは違い生きている存在だ。
分かっている、ちゃんと。
雅の言葉に、慧の表情はさらに険しくなった。
「なら、どうして……。黒李の時だって、一瞬躊躇ったんだ。……殺したくないんだろう?」
「やっぱり……あの時、あたしの名前を呼んだのは、あたしに黒李を倒させないため?」
その言葉に、慧はふいっとそっぽを向く。その反応に雅は小さく笑った。
確かにあの瞬間、躊躇った。黒李は式で、生き物ではない。けれど意思のある者に手を下すという意味では、殺すことと大差ない行為だと雅は思っていたから。
あの短い時間で、慧は雅のその葛藤に気付いた。だから雅が攻撃に移る前に制止して、自ら止めを刺したのだ。
「……慧、あたしに甘いよ。天界の運命が懸かってるのに、無茶ばっかりしてさ」
「雅に言われたくない。……黒李との戦いの時に、回復魔法かけたの、お前だろ? 自分だって重傷だったくせに」
その言葉に、雅は唇を尖らせる。
「その言葉そっくりお返ししますー。……あたしに転移魔法かけたのは、慧じゃない。回復魔法が慧じゃないなら、消去法で転移魔法が慧になるもんね? ……一番重傷だったくせに」
そんな風に守って来てくれたから雅はここでこうして生きていられるのだと、分かってはいるけれど。
「……うっ」
慧が言葉に詰まる。雅は小さく吹き出した。




