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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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5.決戦前夜(3)

「……そこまで言うのならば……」

 黒李の纏う気配が、変わる。場の空気も同時に張り詰めたものに変化していた。雅はゆっくりと腕を下ろすと、黒李を睨みつけた。

 昨日のように恐怖は感じない。だから、昨日のように負けることはないだろう。けれど、よく考えなくても雅は戦闘に関しては素人なわけで。恐怖で固まって動けないということはなくても、役に立たないという事実は変わらない気もする。

 考えてることが若干場の緊張感にそぐわない自覚はあるが、いや大事なことだよね、と思い直す。

 助けに来たつもりが足手まといになってしまっては、本末転倒だ。

「……ったく、会った時から思ってたけど雅って無茶するよな。……吹っ切れすぎ」

 雅に背を向けたまま、慧が小さく呟く。その表情は雅からは見えないけれど、声だけで苦笑しているのが分かった。

 呆れ気味の慧のその声音に、雅は苦笑する。自分でもそう思うのだから、慧の言葉はもっともだ。

「あははー……ごめん、ごめん。……でも、黒李をこのまま放って置くわけにもいかないでしょ?」

「それはそうですけど……。勝てるでしょうか……?」

 やや不安そうに首を傾げる春蘭に、雅は黒李から目を離すと、笑って見せた。

「負けるつもりで来るわけないでしょ? それに、あいつを晄潤さんのとこに連れて行くわけにもいかないしねー」

「こ、晄潤様……!」

 アコガレの人の名に、春蘭の目の色が変わる。

「そ、そうですね! ここで負けるわけにはいきません!」

 そうそう、と雅は苦笑とともに頷く。そう、ここで負けられない。そして、昨日のような思いもしたくない。だから。

「……勝つよ」

 その言葉と同時に、黒李が地面を蹴った。

「雅、下がれ!」

 慧の言葉に、雅は反射的に従う。接近戦になれば、雅が出る幕などないことは明らかだ。他力本願は嫌いだが、人には向き不向きというものがある。

 接近してきた黒李の重たい一撃を、慧が剣で受けた。鈍い金属音が森に響く。

「えーっと、援護援護……」

 雅は呟きつつ、眉をしかめた。ここで突っ立ってるわけにもいかない。何かをしなければと思うのだが、いかんせん二人の動きを目で追うのがやっとだ。いや、やっとどころかついていくのすら難しい。

 その間も、金属音が鳴り止むことはない。隙を突いて神力で攻撃しようとしているのだろう。札を構えた春蘭が、目を細めた。

「……黒李、素早いですね」

 春蘭は二人の動きをきちんと追えているらしい。その春蘭の表情が冴えないところを見ると、少なくとも黒李の方がスピードは上らしい。

 ならば。雅は使いたい魔法の内容を頭に思い描く。そうすればいいのだと、不思議と分かった。

「……神速の風を纏え! スピード!」

 そうして頭に閃いた言葉を、そのまま放つ。慧の周囲に風が流れたかと思うと、雅でもそうと分かるほどに素早さが増した。

「お、おおう。……あたし、やるじゃん」

「み、雅ちゃん、凄い!」

 一瞬目を見張った慧だったが、唇を引き結ぶとそのまま黒李に切りかかる。黒李の表情が変わった。慧のスピードに動揺している。

 その僅かな動揺が、大きな隙へと繋がった。慧が黒李の剣を押し返し、黒李が間合いを取ろうと後ろに跳んだ、瞬間。

「――雷神!」

 いつの間に唱えていたのか、春蘭が札を放った。そこから生まれる白い雷光が、黒李を貫く。苦悶の悲鳴を上げる黒李に、雅は小さく息を呑んで目を細めた。

 あれは生き物ではない。分かっている。それでもまだ、人の形をしたものに攻撃を加えるのに、躊躇する気持ちがある。

 けれど、それではだめなのだ。雅は戦うことを選んだのだから。

 雅はきゅっと唇を噛んだ。一瞬だけ何かを耐えるような顔をして、それから口を開こうとした。

「……雅っ!」

 強く、慧に名前を呼ばれる。その声に含まれた制止の色に、雅は思わず口を閉じた。

「慧、くん?」

 春蘭にもその意図が分からなかったのだろう。雅の横で小さく首を傾げる。だが、制止の声を上げた本人はその疑問に応えることなく黒李との間合いを詰めながら、呪文の詠唱を開始する。

「出よ、紅蓮の炎! 破壊の力、地獄の業火よ! 我が意思によりここに具現し、その力を解き放て!」

 慧の渾身の一撃が、それをうけようとした黒李の手から剣を弾き飛ばす。そうしてそのまま、剣で黒李の胸を貫き、呪文を完成させた。

「烈火陣!!」

 黒李の足元に具現した魔法陣から炎の柱が生まれる。

 それは、一瞬で黒李を飲み込み、塵すら残さずに消滅させた。それを見届けた慧が小さく息をついて、剣を消す。

 雅と春蘭も同時に肩の力を抜いた。

 昨日の苦戦具合から見ればあっけないとすら言える、黒李の最後だった。

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