表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
4/60

1.伝説の始まり(4)

 金曜日の学校は休みを控えているせいか、いつもより少しだけ騒がしい。

「……これで、連絡事項は終わりです。みなさん、また来週」

 やや年配の、担任の女性教師がそう言って去れば、騒がしさは一層増す。

 それを上の空で聞きながら、雅は窓の外を眺めていた。

「雅ー? ……ぼけーっとしてんの、珍しいな。大丈夫か?」

 そう話しかけてきたのは、神代家の斜向かいの家に住む、幼馴染の古賀裕幸だった。

「……裕幸」

「……まじで反応遅いし。何、具合悪いの?」

 裕幸の家も両親が共働きしており、さらに彼は一人っ子だ。親同士も仲が良く、幼い頃から優也を含め三人で遊ぶことが多かったため、裕幸も兄妹同然の存在だ。その為、裕幸も雅があまり弱音を口にしないことを知っている。

 雅は小さく苦笑して、首を横に振った。

「大丈夫。何でもないよ」

 ただ、今朝見た夢を引きずっているだけだ。

 朝、外に出た瞬間感じた違和感が未だに付きまとって離れない。ただ、それだけ。

「……本当だろうな? 無茶してたら優兄に言うぞ?」

「平気だってば! 熱ないし! 頭も喉もお腹も痛くないし!」

「そっか。……なら、遠慮なく」

 雅の言葉にそう言って満面の笑みを浮かべる裕幸。雅はその笑顔に何か不穏なものを感じた。

「……何?」

「今日さ、俺とお前日直じゃん?」

「……そうね」

 雅の苗字は神代。裕幸の苗字は古賀。出席番号順で男女一名ずつ日直が割り振られるため、同じクラスである二人は、必然的に一緒に日直をこなすことが多い。

「俺さ、今日の夜九時からのドラマ、結構好きなんだけど……先週見逃してさ。けど、その再放送が夕方からあるんだよね。……けど、それの録画予約忘れちゃってさー」

 やましい気持ちはあるのだろう。視線を明後日の方向に向けつつすらすらとしゃべる裕幸の言葉に、雅の目がだんだんと細くなっていく。

「へぇぇぇぇ……。……で?」

「うん。……だからな、要約すると……」

 瞬間。裕幸は電光石火の速さで鞄を掴むと、ぐるりと踵を返す。

「サボります! 後は任せたっ!」

「あああ!? こらぁっ! 裕幸っ!」

 雅が立ち上がった時には、すでに裕幸は教室を出て廊下を爆走している。学年でも上位の足の速さを誇る裕幸が本気で走っているなら、追いつくことは不可能だ。

 行動は大体予見できていたのに止められなかった自分も悪いと、雅は大きく息を吐いて席についた。

「……今度、うちにご飯食べに来た時は、一人だけ粉ふきいもオンリーにしてやる……!」

 力強く拳を握り締め心に誓う雅の耳に、小さな笑い声が聞こえる。

「相変わらず、仲いいよね。二人って」

「どこが~!?」

 雅はむっと唇を尖らせながら、声の方向に顔を向けると、中学からの親友の早瀬智花がからからと笑っている。

「仲良しにしか見えないから。……付き合っちゃえば?」

 智花の言葉に、雅は物凄く嫌そうな顔をした。

「……そんな顔しなくても。あれで古賀君、結構人気あるの知ってる?」

「知ってるよ。何度か彼女じゃないの? って確認されたことあるし。でも、あたし的にはないわね、絶対。あいつもその気ないと思う」

 妙にきっぱりと言い切る雅に、智花は不思議そうに首を傾げる。

「何で?」

「あたしには手のかかる弟にしか思えないもん。裕幸のほうが誕生日先だけど。裕幸もそうでしょ」

「古賀君にとっては雅はしっかりもののお姉ちゃんかぁ。……むしろお母さんっぽい気もするけど。所帯じみてるし」

 一概に否定もできなくて、雅は黙り込む。

 以前裕幸に俺のお袋の味って雅の料理かも、と言われたことは事実だ。

「悪かったわね、所帯じみてて! どーせ、中学の卒業文集に好きなものは節約って書いたよ!」

「あはは、あれは笑ったわ。で、嫌いな言葉が他力本願、だっけ? 本当、たくましいよね。雅って」

「よく言われます~」

 膨れつつも学級日誌を開く雅を、智花は覗き込んだ。

「手伝おうか?」

「いいよ。智花は違うクラスじゃない。それに、今日習い事の日でしょ?」

「うん。創作ダンス教室」

「……多趣味だよね。……日直終わったら、図書室で時間つぶしてそのままスーパーのタイムセール寄ってこうと思って。だから、先帰っていいよ」

 雅の言葉に、智花は苦笑を浮かべる。

「本当に主婦の鑑ね、雅は。将来、雅のとこで花嫁修業させてもらおっかな」

「あはは。じゃあ、友人価格で安くしとくよ」

「ありがと~、雅先生。じゃあ、お言葉に甘えて先に帰る。後でメールするね」

「うん。じゃあね~」

 手を振る智花に、雅も笑顔で手を振り返す。

 シャーペンを手にした瞬間、裕幸や智花と会話している間は忘れていられた夢の残滓を思い出し、緩く首を横に振った。

 朝見た夢を、何でいつまでも気にしているのか。

 この時の雅は、そのことを考えてみようともしなかった。

 この時、この瞬間までは他愛ない日常の連続で。この後も同じような時間が続くのだと、疑ってもみなかったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ