4.真実を知るもの(7)
出された食事は、薬膳粥だった。いや、病人じゃなくて怪我人です。しかも完治してるし、と突っ込みを入れたい気もしたが、晄潤があまりににこにこしているので何となく言い辛くて、いただきますと手を合わせてからお粥を口に運ぶ。
「どうですか?」
「……もっと癖のある味かと思ってました。美味しいです」
薬膳というからには、もっと苦味があるかと思ったのだが。けれど、先程の薬湯といいこのお粥といい、とても食べやすい。
丸一日寝ていただけあって、お腹は空いていたらしい。あっという間に器を空にした雅を見て、晄潤は嬉しそうに笑った。
「お口に合ったのならよかったです。何せ、他の人に料理を作るなんて、数十年ぶりでして……」
照れたように笑う晄潤だが、雅は他の言葉が気になった。
「……数十年? 十数年ぶりじゃなくて?」
少なくとも、晄潤は数十年という単位を使うような年齢の外見をしていない。していないのだが。
雅のそ言葉に、晄潤は微笑む。
「ええ。私は光鈴に仕えていたので。見た目よりも年寄りなんですよ~」
朗らかにそう言われて、雅は数度瞬く。慧の話では天界の平均寿命は地界と同程度との話だが、ここは剣と魔法のファンタジーな世界なのだ。魔物がいたり神様がいたりする世界なのだ。寿命が規格外の存在がいたっておかしくない。
そんな風に納得出来てしまったのは、ここがやはり雅にとっては異世界だからだろう。魔法がありなのだから、何でもありなのだとわりと簡単に納得できてしまうのだ。
慧や春蘭がこの場にいたら、反応は違うのだろうけれど。
「……なるほど。お若く見えますね」
そう頷くと、晄潤が目を丸くした。
「おや? 驚きませんね?」
「この世界に来てから驚きっぱなしですので。もうこれくらいじゃ驚きません。……それより」
目の前にいる、この存在に聞きたいことはたくさんあった。でも、今一番に聞きたいことは。
「私が、ここに着いた時の状況を教えて下さい。……何が、どうなったんですか? 慧達は……!」
晄潤は軽く目を見張った後、柔らかく目を細めて笑った。雅を安心させるかのように。
「慧達、とは……煌輝の生まれ変わりと、巫女のことですね?」
「は、はい! そうです!」
「彼らなら、大丈夫。力をちゃんと感じます。無事です。……こちらに向かっているようですよ」
「そう、ですか……」
雅は全身で息を吐き出した。この目でその無事を確認するまでは、心の底から安心することなんて出来ないだろうけれど。それでも、ずっとやきもきしているよりはマシだ。
「あたし……どうやって、ここに?」
二人の無事を確認してようやくその疑問を口にすると、晄潤は微かに考えるようなそぶりをした。
「……ふと、外で力の気配を感じまして。そうしたら、あなたがここにいきなり転移してきたんです。全身に怪我を負って、ね。何かから逃れるために、あなたが転移魔法を使ったのかと思いましたが……」
雅は、少し考えてから首を横に振った。
あの時、死ぬ可能性が高かったのに、逃げようという思考はまったく起きなかったのだ。願っていたのは、ひたすらに自分を助けてくれた二人のこと。だから、無意識下でも雅が転移魔法を使ったとは考えづらい。そうすると、該当する人物は一人しか見当たらなくて、雅は複雑そうに眉をしかめた。
守ると、そう言われた。彼は絶対に、約束を違えないのだ。けれど、あんな時くらいもっと自分を大切にしろと言いたい。彼が一番重傷だったのは間違いないのだから。
「……心当たりがあるんですね?」
「……はい。本人に会ったらお礼と……文句を言うことにします」
雅はそう言って小さく笑った。それから一度目を閉じ、雅は顔を上げる。晄潤に尋ねたいことがあった。慧と春蘭を待つべきかとも思ったが、最終的に選ぶのは自分なのだと思い直す。
話を聞いて、自分で選んで。そうして彼らと真正面から再会しよう、そう思った。
「……聞きたいことがあります」
晄潤は柔らかな笑みを消すと、真剣な眼差しで雅を見つめ返した。
「……はい。何なりと」
「光鈴の伝説について……真実を、聞かせてください」
その言葉に、晄潤は静かに頷いたのだった。




