4.真実を知るもの(6)
声を聞いても容姿を見ても男か女か判別のつかないその人は、穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりとした歩みで雅に近付いて来た。
「目を覚ましたんですね。よかった。……気分はどうですか?」
柔らかい青色をした瞳が、穏やかに細められる。気遣うようなその人の態度に、雅は何だか毒気を抜かれてしまっていた。
何者かも分からないこの人を訝しむ気持ちはないわけではない。
けれど、何となくだがこの人は大丈夫なのだと感じている自分もいて。どういう態度をとればいいのか、自分でも分からない。なので、とりあえず聞かれた事には答えようと思った。
この人にどういう意図があるのかは分からないが、自分を助けてくれたらしいということは分かったから。
「……大丈夫、です」
やや間を置いてそう言うと、その人は心配げな面持ちを若干緩めた。
「ならば、よかった。……念の為に、これを飲んでくださいね」
そう言って手渡されたのは、ミントのような香りのするお茶だった。
「私が煎じた薬湯です」
雅は困ったように、湯飲みを見つめた。果たして、これは安全なのか。そんな思考をするようになってしまった自分が、ちょっとだけ悲しい。
「大丈夫、安全ですよ。……私は、あなたの味方ですから」
雅の思考を読んだようにそんな発言をするが、そんなことを言われても、雅としては困るしかない。
直感は大丈夫だと言っているけど、何でそんな風に思うのかが、雅には分からないのだ。――自分のことなのに。
雅のその様子に、その人は淡く笑った。
「そうか……。自己紹介がまだでしたね。私は晄潤。あなたが来るのを待っていました。……我が主の魂を宿す、地界の少女」
晄潤。それは雅が会いたいと思っていた人の名で。雅は数度、瞬いた。
「……え? じゃあ、ここ……命の山の麓?」
こんな形で出会うことになるとは思ってもみなかったから頭が上手く回らない。雅は本当にどうでもよさそうなことを聞いた。
「ええ。そうですよ」
晄潤は穏やかな笑みのまま、頷く。
ゆるゆると、雅の中で実感が湧いてきた。同時に、何故大丈夫だと思ったのか、その根拠に気付く。光に属する者の力を感じ取っていたのだろう、きっと。
「晄、潤……様?」
ふと春蘭の様子を思い出し、様付けをしてみたが、晄潤は苦笑と共に首を横に振った。
「様付けなど不要ですよ。あなたはあの方ではないけれど、あの方と同じ魂を持っている……ならば、あなたはやはり我が主なのですから」
そう言って、晄潤は目を細めた。
晄潤の言うあの方が光鈴を指すのだとは簡単に分かった。それにしても、晄潤の口ぶりと懐かしむような眼差しに、雅は違和感を覚える。
まるで、光鈴その人に会ったことのあるような、そんな口ぶりだ。
だが、晄潤はにっこりと微笑んで、その続きを話そうとはしなかった。
「……さあ、薬湯を飲んでください。それからご飯にしましょうか。お腹空いたでしょう? ……あなたは丸一日、眠っていたんですよ」
「……えっ!? 一日っ!?」
思わず目を丸くする雅に晄潤は笑いかけ、それからふと雅を見つめた。
「そうでした。……あなたの名前を教えていただけますか?」
そう言えば、自分も名乗ってなかったのだと、雅はようやく気付いた。思っている以上に動転しているらしい。
「雅、です。神代雅」
「では、雅。ちょっと待っていてくださいね。ご飯を作ってきます」
そうして出て行こうとする晄潤を、雅は引きとめた。
「待って下さい! 晄潤さん!」
「はい?」
「あの……私以外に、他に誰かいませんでした?」
必死な雅の様子に、雅の方に向き直った晄潤はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。……倒れていたのは、あなた一人でした」
「そう、ですか……」
もしかしたら、別の部屋にいるのではないかという期待があっさりと砕かれて、雅は肩を落とす。
「……ですが、大丈夫ですよ」
その言葉に顔を上げると、晄潤は優しい笑顔を浮かべていた。
「まずは、腹ごしらえをしてしまいましょう。……お話は、それから」
優しいが有無を言わさぬ声音に、雅は黙って頷くと、薬湯に口をつけた。薬湯というから苦いのを覚悟していたが、予想に反して爽やかな味がした。




