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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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3.伝説の真実(6)

「雅……」

 慧は、小さく雅の名を呼んだきり、黙り込んでしまった。

「……こんな世界、正直どうなったっていいって思う。けど、慧と春蘭の生きてる世界でしょ? ……二人がどうなってもいいなんて……思えないよ」

 雅はそう言って笑みを浮かべた。正直、かなり情けない笑みだったのではないかと思う。

 けれど言葉にしたら、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 雅がこの世界に召喚されてから、まだ三日しかたっていない。それでも二人の存在は、雅の中では無視できるような軽い存在ではなくなっている。

 理不尽な使命も、自分自身と大切な人達の身の安全のためならば受け入れられた。そして、目の前にいるこの人と、国立図書館で雅と慧の帰りを泣きそうな表情で待っているだろう巫女も、雅にとっては大切な人達だ。

「……気にしなくていいって言ってるのに」

 動揺しているのだろう。何度か口ごもった末の慧の言葉が、それだった。雅は小さく息をつく。

「気にせずにいられたら苦労しないわよ。無茶言わないで」

 結局、それが本心なのだ。怖いし死にたくないし逃げ出したい。けれど放っておけない。複雑で、どうすればいいのか分からない。

「でも、ここにいたら……お前、死ぬ運命なんだぞ」

「……うん」

「なら、帰れ! お前が、命を懸ける必要なんてないんだ!」

 慧の口調はいつもよりも荒い。慧の怒るような声を聞くのは二度目だが、最初よりもずいぶんときつい声だ。それだけ、雅の身を案じてくれているのだ。

「それで、地界に帰って、あんた達がどうなったかずっとやきもきしてろって言うの? きっついよ、それ」

 雅はそう言ってから、空を仰ぎ見た。特に意味はないのだが、この空が地界からも見えるのだと思うと、つい見上げてしまう。

「……伝説通りなら、あたしは命と引き換えに、陰羅を封じる。……そうだよね?」

 慧は眉をしかめつつ、頷く。

「……ずっと、繰り返されてきたんだもん。今まで召喚されてきた子達も、もしかしたら一緒に旅してたかもしれない煌輝の生まれ変わりの人達も……それを受け入れてたってこと、だよね」

 静かにそう言えば、慧の顔が険しさを増す。

「……お前も、受け入れるのか?」

 雅は小さく苦笑した。

「……まさか。そもそも封印の仕方とやらもさっぱりなのに」

 その返答に、慧は数度瞬いた。

「正直、自分でもどうしたいのか分からない。……死にたくないし、死ぬの怖いし。でも、慧達に全部押し付けて逃げるのも何か違うって思う。……だから、もう少し旅を続けてみたいの。……会わなきゃいけない人もいるみたいだし」

「……晄潤、か?」

 慧の問いに雅は小さく頷いた。

「まあ、あの本書いた当人なわけはないだろうけど。あんな本に書き記すくらいだから、後世にちゃんと伝えてるんじゃないかと思うんだよね。……ちゃんと、話を聞いてみたい。……あの本に書かれていたことは真実だと思うから」

 そう言えば、あの文章を疑ったことは一度もなかった、と雅は思い返す。厳重に封印されていたせいもあるが、何となくこれは真実だと思った。根拠のない直感だ。

「あの伝説にも疑問があるし。……そもそも、何で封印しか出来ないのか、とか」

 そもそもの始まりは、光鈴が陰羅を倒さずに封印したことが始まりだ。けれど、光鈴は創世の神だ。たぶん、この世界では頂点に君臨する神。そんな人が何故、陰羅を倒さなかったのか。倒せなかったのか。

 何故、わざわざ後世に悲しみの種を蒔くようなことをしたのか。

 伝説の真実を知っているくらいなのだから、もしかしたら晄潤は、その辺りの話も知っているかもしれない。

「……それに、話を聞いてみたら意外に解決方法が見つかるかもしれないじゃない?」

 雅が死なずにすんで、陰羅を何とかする。そんな方法が。

 そう言うと、慧は小さく息をついた。そして、微苦笑を浮かべる。

「……分かった。そこまではちゃんと守る」

 その言葉に、雅は急に気恥ずかしくなる。状況が状況なのだが、やはり普段言われなれない言葉と言うのは、何だかくすぐったい。

「けど、もし方法が見つからなかったら……帰れよ?」

 その言葉も声も、どこまでも穏やかで優しい。

「……けど、何で……? この世界の危機、何でしょ? 何で、そこまで……」

 中央神殿のやり口は嫌いだが、ある意味分かりやすくはあるのだ。

 この世界の全ての命と地界の少女一人のの命を天秤にかければ、天界に住まう人間としては、天界の命運に針が傾くのは当然のような気もする。

 なのに、慧はこの世界を放って逃げろ、と言うのだ。

 慧は困ったように笑った。

「まあ、天界の人間としては、かなりまずいことを言ってるんだろうけどな。……さっき、雅が言っただろう? 天界はどうでもいいけど、俺達をどうでもいいなんて思えないって」

 雅は小さく頷いた。

「……考え方は、ほとんど同じだと思う。この世界のためなら、雅の命がどうなってもいいだなんて思えない。……他にも色々思うことはあるんだけど……そう言うことなんだと思う」

 そう言って、慧は小さく笑った。

「……複雑だね」

「本当にな」

 慧はそう言って苦笑すると、さて、と小さく呟いた。

「……戻るか? 春蘭が、待ってる」

「うん。……そうだね」

 ひとまずは、戻って春蘭を安心させてあげなければ。

 感情を吐露したことで、ひとまず落ち着きを取り戻した雅は、そう言って頷いたのだった。

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