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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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3.伝説の真実(5)

「……っ」

 どこぞの家の塀に手をついて、雅は深く息を吐き出した。

 何度も何度も肩で息を繰り返す。走り続けたせいで乱れた息は、しばらくは治まってくれそうにない。

 ちなみに無我夢中で走ったせいで、ここがどこだかも分からないけれど。

 それでもずっと走り続けたのは、身体を動かすことに全霊を傾けていれば、何も考えずにすんだからだ。

 現実逃避だと、分かっている。雅の体力にだって限界はある。立ち止まって現実に向き合わなければいけないんだと頭の片隅で声がする。

「……っ!」

 けれど、渦巻く感情は複雑で。整理なんて何もつかない。

 自分が死んでこの世界が救われるだなんて、そんなこと思いもしなかった。この世界を救えばあの平和な場所に帰れるのだと信じて疑わなかった。

「……馬鹿みたい……」

 地上にいる大事な人達が自分のせいで傷つくところを見たくなくて、救世の使命を受け入れた。見ず知らずの世界のためになんて戦えないけれど、大切な家族や友人達のためなら、受け入れることが出来た。

 けれど、そうして進んだ先に待っているのは己の死で、世界が救われても、雅の大切な人達は行方知らずの雅を案じたまま、時を重ねていくのだろう。

 そんなの、本末転倒だ。

「本当に、馬鹿みたいっ……」

 雅は俯いた。いっそ泣くことが出来れば楽なのかもしれないが、混乱しすぎて涙が出てくる気配は一向にない。

 その時。雅の背後で足音が止まる。

「……雅」

 そうして呼びかけられた声に、雅はきつく唇をかんだ。激情を、瞳を閉じてやり過ごす。

「……あっちいって。……今、何言うか分からないから……」

 掠れる様な小さな声しか出なかったが、慧には伝わったはずだ。だが、背後の気配が動き出す様子はない。

「行って! 八つ当たり、したくないのっ……!」

 慧も春蘭も、何も知らなかった。それどころか伝説は、恐らく中央神殿の手によって故意的に湾曲され伝わっていた。

 それでも雅が直接感情をぶつけられる天界の人間はというと、慧と春蘭しかいない。

 けれど、それはいくらなんでも理不尽だと雅に残った冷静な部分が訴えるし、事実そうだと思う。

 だから早く立ち去って欲しかった。雅が冷静でいられるうちに。感情をぶつける前に、どうか。

 そう思って叫んだのに、慧は立ち去ろうとはしなかった。それどころか。

「……帰っていいと思うぞ」

 慧の言葉は雅の意表を突くもので。雅は思わず瞬きを繰り返す。

 今、何て言ったのだろう。そんな雅の心の中を読んだかのように、慧はもう一度言葉を繰り返す。

「……帰っていい。……地界に」

「……は?」

 慧の予想もしなかった言葉に、一瞬激情も何もかもを忘れて。雅は思わず振り返っていた。

 雅が視線を向けた先には、真摯な表情の慧がいた。

「……春蘭なら、地界に帰す事も出来るはずだ。……今ならきっと、反対しない」

 そう言って雅を安心させるように薄く笑みを浮かべる。その笑みがあまりに儚い気がして、雅は小さく息を呑んだ。

 あっさり頷いてしまえばいい。そうすれば、雅は全てから開放される。なのに、何故か頷くことを躊躇してしまう。

「で、も……。それじゃあ、陰羅は……」

「元々、天界の危機なんだ。天界に住む俺達が何とかすべき問題で、お前は巻き込まれただけだろ。……気にしなくていい。俺達が何とかする」

 その声音の優しさに、雅は泣きそうになる。

 慧の言うとおり、ここは本来雅とは関係のない土地で、光鈴の生まれ変わり云々はともかく、雅は巻き込まれただけだ。

 相変わらず、他力本願は嫌いだし。雅にはこの世界に対して義理も何もない。むしろこの世界へ抱く感情は嫌悪に近いものもある。

 雅にこの世界のために戦う理由なんてないのだから、慧の申し出は喜ぶべきなのだろう。

 けれど。

「……嫌だ」

 小さく首を横に振り、囁くように言う雅に、慧が小さく首を傾げる。声が届かなかったらしい。

「……雅?」

「そんな、あたしだけ逃げるとか……出来ないよ、慧……」

 雅は泣きそうになりながら、笑う。慧が戸惑ったように眉をしかめた。

「何で……関係ないはずだろ、お前には!」

「そうだよ! こんな世界、あたしには関係ない! 嫌い! でも……」

 そう、雅には全く関係のない世界だった。……そのはず、だった。

 雅は目の前の人物を見つめる。短いこの期間で何回も雅を守ってくれた人を。

「慧と春蘭がいるじゃない!!」

 その言葉に。慧は驚きに目を見張ったのだった。

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