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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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3.伝説の真実(4)

 そっと本を机の上に置き、春蘭は雅と慧を見た。視線を受けた二人は、同時に頷く。

「では……参ります」

 春蘭はそう言って右手を本にかざし、目を閉じた。

 ふわりと本が光を帯びる。同時に、春蘭自身も淡い光を纏った。

「我、ここに請い願う。……戒めよ。この場より去りたまえ……」

 小さく呟かれた言葉と共に、本からぱしりという小さな音が聞こえる。同時に、本から光が消えた。

「……これで、封印は解かれたはずです」

 目を開けて小さく息をつく春蘭に、雅は小さく頷いて、本に手を伸ばす。

 鏡なんてこの部屋にはないから、自分がどんな顔をしているのかなんて分からないけれど、多分表情は強張っているんだろう。

 雅は本に触れ、そっとページをめくった。封印されていたう伝説の真実という章。その章題が書かれたページには小さく光鈴の伝説の真実を語る、と書かれている。

 その言葉が、雅の不安感をあおる。怖い。だが、これはきっと雅が知らなければいけないことだ。そんな気がした。

 意を決してページをめくり、文章に目を通す。

「……各地に伝わる光鈴の伝説。光の神・光鈴が闇の神・陰羅を命を懸けて封じたが、やがてその封印は解けるであろうというもの」

 それは、この地に召喚された時に聞いた伝説だ。

 そして今、その伝説は現実になろうとしている。封印は解け、陰羅は復活してしまった。

 だから、不本意ではあるが雅はこの地にいるのだ。

「それは、確かに真実。いずれ封印は解け、陰羅の脅威は天界を脅かすだろう」

 慧と春蘭は言葉を挟むことなく、黙って聞いている。

「……だが、同時にこれは真実にあらず。なぜならば……」

 雅はそこで言葉を切った。文字を目で追う。

「……雅?」

 慧の呼びかけに、我に返った。緊張しているのか、唇が乾いて痛い。一度だけ唇を舐めて、雅は文章を読み進める。

「なぜ、ならば……この伝説は終わりなき伝説。幾度となく繰り返されてきた伝説だからだ。……光鈴の生まれ変わりは、既に幾度となくこの地に降り立っている……」

「……え?」

 春蘭が瞬いて、それから焦ったように、雅の手元の本を覗き込んだ。そして、小さく息を呑む。

「そう。この伝説に終わりはない。これがこの伝説の真実。……光鈴は己の命を賭して陰羅を封じた。されどその力は永久にあらず、限りある封印なり。数百年に一度、封印は綻びる。その度、光鈴の力を継ぐ者は召喚される」

 慧が表情を変える。雅はただ呆然と文字を追って、口にしていた。

「召喚された光鈴の生まれ変わりは、されど陰羅を倒すこと敵わず。……光鈴と同じく命を賭して陰羅を封印し、天界に偽りの平和が訪れ今日に至る。……この真実が、人々に伝わることはないだろう。だが、これこそが真の伝説なのだ」

 部屋の中に沈黙が落ちた。慧は険しい表情で雅を見つめ、春蘭は顔色を蒼白にしている。

 雅は、ぱしっと音をたてて本を閉じた。その音に、春蘭の肩が大きく震える。そのまま、雅はがんっと力任せに本を机に叩きつけた。

 八つ当たりだ。分かっている。でも。

「何よ……」

 そうでもしなければ、やっていられなかった。口元に皮肉げな笑みを浮かべる。

「何なのよ。この世界を救えって……あたしに死ねってこと?」

 どんな表情をすればいいのか、分からない。心の中がぐちゃぐちゃで、怒りを感じているのか悲しいのかも分からない。

 感情のやり場がなくて、雅は小さく吐き捨てる。

「……何なのよっ」

 何も考えられなかった。衝動のおもむくままに、慧と春蘭に背を向け、雅は駆け出していた。


* * *


「――っ雅!」

 我に返ったのは、春蘭よりも慧のほうが早かった。雅の名に春蘭は顔を上げる。泣きそうな顔で。

「慧、君……! ど、どうしましょう……! こんな、こんなのっ……」

 動揺しておろおろとする春蘭の肩を、慧はぽんぽんと叩く。

「落ち着け。……俺達が慌ててどうするんだ」

 慧のその言葉は、どちらかと言えば自分に言い聞かせるような響きを持っていた。だが、その言葉に春蘭は僅かに落ち着きを取り戻したようだ。すっと息を吸い、慧を見つめる。

「慧君、雅ちゃんを……!」

「ああ、分かってる」

 慧は頷くと、身をひるがえして部屋の外に出た。雅の姿は周囲にない。

 だが、慧は焦ることはなかった。

 雅は既に力に目覚めている。しかも、かなり強い力の持ち主だ。精神を集中させて大きな力を辿れば、雅に辿り着くはずだ。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そんな動作を繰り返したのは、やはり自分もまだ動揺したままだからだ。

 先程の伝説が正しいならば、雅に待ち受ける運命は死しかない。

 慧は微かに眉をしかめる。

 雅を追いかけて、彼女に会って。そこから先、何をすればいいのかなんて見当もつかない。どんな表情をして、どんな言葉をかければいいのかなんて分かるはずもない。

 ただ、雅を今一人にしてはダメだとそれだけを思い――。

 慧は雅の探索を開始したのだった。

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