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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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3.伝説の真実(3)

「……煌輝って、一体何者なの?」

 苦い笑みを収めて、雅は疑問を口にする。光鈴や陰羅のことは聞いていたが、よく考えれば煌輝は初めて聞く名前だ。

「光鈴の側近だな。物凄い剣の使い手で……剣聖って呼ばれる方が一般的、かな」

 複雑そうな表情を崩さないままの慧の説明に、春蘭はひとつ頷き言葉を継いだ。

「はい。煌輝は常に光鈴の傍に仕えていたといいます。彼が、光鈴の傍を離れたのは、一度きり。――光鈴が、陰羅を封印した時のみ、だそうです」

「陰羅封印の時、だけ? ……何で?」

 そんなに大事な場面なら、側近はむしろ傍にいるのが普通なような気がするのだが。

 そう思って何となく慧に視線を向けてみれば、慧は呆れたような視線を雅に向けてくる。

「いや。俺に聞かれても。……光鈴の命令だったって考えるのが妥当じゃないか?」

 そんな風に言われてしまうと、雅は何だか申し訳ない気分になる。

 雅は、未だ自分が光鈴の生まれ変わりだと言うことを受け入れられていない。そんな雅を慧は一度も神扱いしないでくれたのに。

 今、雅が慧に向けた視線は、雅だったら不快に感じる類のものだ。

「……ごめん」

「そんな気にしなくてもいいけど」

 項垂れてしまった雅を見て、慧は苦笑を浮かべる。

「でも、あたしは光鈴扱いされるの、嫌だったから……」

 自己嫌悪に陥りそうな雅の額を、慧はぽんぽんとと叩いた。

「だから、気にすんなって。びっくりしただけで、それほど嫌なわけでもない」

 その言葉に雅が顔を上げれば、大人びた笑みを口元に乗せた慧の姿があった。

「……嫌じゃないんだ?」

「まあな。今は力が必要だし」

 そんな考え方に行き着くのは、育った環境が違うからだろうか。ずっと剣を握って戦ってきた慧にとっては、確かに必要な力なのかもしれない。

 戦いに無縁だった雅としてはこんな力不要なものでしかないのだが。

 同い年で、同じ言葉をしゃべって、同じ空の下にいるのに、何かが遠い気がして、雅はふと寂しさに似た感情を覚えた。

「……雅ちゃん?」

「っ何でもない! ……そういえば、この本書いたの、誰なんだろ……」

 ふとそんなことを考え、本の表紙を見る。ここまで詳細に神器のひとつと言われる剣を描けるなんて、実物を見たことがあるようにしか思えない。

「ええっと……晄、潤? 何か、聞き覚えが……」

 誰だっけと首を傾げるのと、春蘭がガタリと椅子を鳴らして立ち上がったのはほぼ同時だった。

「こ、晄潤様!? 本当に!?」

 その興奮具合に、昨日ここに入った時にテンションが上がっていた春蘭が口走った名前の一つだと思い当たった。

「えーと。うん。……ほら、ここ」

 本の表紙の署名を指し示せば、春蘭の顔がぱあっと輝いた。ちなみに、この本は上下巻の上巻だ。

「……誰?」

「伝説にも名を残す賢者、だな。歴史にも何度も名前が出てる。今は中央神殿の相談役に就いてるんじゃなかったかな」

「え? 伝説って、歴史に何度もって……天界の平均寿命って何歳よ!? 五百年くらい軽く生きられるとか? 慧も春蘭もこう見えて実はめちゃめちゃご老人とか?」

「いやいやいや。……平均寿命は知らないけど、胡蓮の長老は確か七十六歳だったと思うぞ」

 なら、寿命は地界とほぼ同じと考えてもよさそうだ。

「……じゃあ、何で……」

 伝説に名を残すくらいだし、そもそも手に取っていた本も相当に年季の入ったものだ。なのに現在も生きているような口ぶりで話す慧に違和感を感じれば、慧は苦笑を浮かべた。

「正直、謎の多い人なんで、詳しいことは俺も分からない。晄潤っていうのは、ある一族の長の名前で代々継がれているとか役職名なんだって説もあるし。ともかく、物凄い神力を持った人で……」

 そこで言葉を切って、慧は春蘭を見つめる。春蘭は顔を輝かせたまま、本を凝視し続けていた。

 雅も苦笑を漏らす。

「……春蘭が物凄いファンなわけね」

 ファンという言葉に、慧は一瞬だけ眉をしかめたが、ニュアンスで大体の意味を察したらしい。淡い苦笑を浮かべて頷く。

「そういうことだ」

「……さすが晄潤様! こんな緻密な文章が書けるなんて……! まるで本物を見たみたいですっ」

 そう言って、春蘭はゆっくりとページを捲る。

 その手が、ぴたりと止まったのは、しばらく時間がたって、もうそろそろお昼ご飯を食べようかと雅と慧が話し始めた頃の事だった。

「え……?」

 呆けたようなその声に、雅と慧は同時に春蘭を見た。

「春蘭?」

「どうした?」

 雅と慧に声をかけられて、春蘭はゆっくりと顔を上げる。その手には、晄潤が書いた本の下巻があった。

「ここに……伝説の真実っていう章があるんです。光鈴の伝説の真実を語るって。……神力で封印されていて、解除しないと読めません」

 わざわざ封印を施されたという本。よほど一般には知られたくない内容が書かれているに違いない。

 何だか酷く嫌な予感が、した。

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