表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
19/60

2.目覚めの時(6)

「雅!?」

 どこか怪我でもしたのかと、慧は慌てて駆け寄り雅の顔を覗き込む。だが、雅の目はどこも見ていなかった。

「あた、あたし……人をっ……殺し……!」

 その言葉に、慧ははっと息を呑んだ。今まで争いのない世界で生きていた少女が、命のやり取りをすることなどあったはずがない。

 それが、間近に死を感じるような体験をして、そして人の形をしたものに対して、死に繋がる様な攻撃行動をとった。衝撃を受けないはずがなかった。

 慧は雅の様子に、表情を曇らせた。

「雅……」

「あたし、あたし……殺し、ちゃった……!」

「違う、雅……」

 慧の声も、今の雅には届かない。どこか虚ろな目で、ただ肩を震わせるだけだ。

「あたし……!」

「雅! 聞けって!」

 慧は、震える雅の肩を抱き寄せた。雅の頭が慧の胸の辺りに当たって止まる。耳から伝わる慧の心音に、雅は目を見開いた。衝撃に、混乱が吹き飛ぶ。

「見てただろ。暗奈に止めを刺したのは、俺だ。殺したのは俺。お前の魔法じゃない」

「で、も……。あの炎、致命傷、だったでしょ? ……ほっといても、暗奈は……」

「それでもお前は、殺してない」

 慧の胸に押し付けられた耳から彼の心音と、声が響く。

「……あいつ、式だったんだ。生きてるものじゃない」

「……しき?」

「ああ。……そうだよな? 春蘭」

 慧の言葉に、春蘭が頷いた気配がした。

「はい。あれだけの力を持っていましたから、恐らく陰羅の身体の一部……髪とか爪を媒介に作られた、操り人形のようなものです。……その証拠に、あの人、風に溶けて消えてしまいましたから……」

 慧は雅の背中をぽんぽんと叩いた。落ち着かせるように。あやす様に。

「な? ……だから、大丈夫だ」

 その声は、ひどく優しい。胸に押し当てた部分から響く声と規則正しい心音に、雅はひどく安堵し――それから、自分の状態に気付いて、別の意味で慌てた。

 抱きしめられている。男の人に。

 そんな状況が起こるとは思えないけれど、これが優也とか裕幸な、変な悲鳴でも上げればそれですむかもしれない。

 というか、あの二人相手なら、こんな風にどぎまぎしないか、と思いかけ、自分の思考にさらに混乱する。

 自慢じゃないが、主婦業でいっぱいいっぱいの雅は、彼氏がいたことなんてないし、あまり欲しいとも思っていなかった。つまり、免疫がない。

 そんな雅の別の意味の混乱を感じ取ったのか、慧が小さく息を呑む音が聞こえた。

「……悪い」

 そう言って、引き離される。雅は小さく首を横に振った。

「……ううん」

 動揺していた心はひとまず落ち着きを取り戻していたが、気恥ずかしくて慧の顔を見ることが出来ない。何となく視線を横に滑らせた雅は、慧の右手に握られた剣に目を丸くした。

「……慧。その剣……」

「ああ……」

 慧は改めて、右手の剣に視線を落とす。刀身が淡く輝く剣を持ち上げ、首を傾げた。

「何だろうな? この剣。何か右手が熱くなったと思ったら……握ってた」

「握ってた、って。……何でもありなの? この世界」

「いや、俺だってこんなのは初めてだけど……」

 戸惑ったような表情をした慧だったが、その剣を注視するような視線を感じて顔を上げると、春蘭が妙に緊張した面持ちで、輝く刀身を見つめていた。

「……春蘭?」

 その呼びかけに、春蘭ははっと我に返った。

「あ、す、すみません。……何だかその剣から凄い力を感じて……驚いてしまいました。慧君……その剣を使って、何ともありませんか?」

 そう問われて、慧は剣に視線を落とした。

「ああ、大丈夫だ。……むしろ、凄く手に馴染んでる」

 初めて握った、正体不明の剣だ。だが、ずっと前からこの剣を使っていたような、不思議な感覚がある。

 そう告げる慧の手の中で、剣がふわりと光を帯びる。そして、いきなりその場から消えた。

「……え?」

「えええええ!?」

 慧と雅が目を丸くする。慧も驚いているから、これは剣と魔法の世界でも不可思議な現象らしい。春蘭だけが驚いた後、ひどく複雑な感情を押し殺すような表情をしていたが、雅と慧はそのことに気付かなかった。

「……消えたよ?」

「……消えたな」

「……どこいったのよ」

「……さあ?」

 慧も途方に暮れたような顔をしている。雅はびっと人差し指をたてた。

「出てこーい! って念じてみるとかどう?」

「ええ!? ……えーっと……」

 慧は試しに目を閉じてみる。すると。

「……出てきた」

「うわぁ、何か気持ち悪ーい」

「気持ち悪いって、お前……」

 そう呟く慧に、雅はごめんと小さく笑った。

 若干空元気気味ではあるものの、笑えたことに内心安堵した。

「まあ……自分でも変な感じではあるけど」

 そう言いながら、慧は再び剣をいずこかへ消す。どうやら自由自在に出現させることが出来るらしい。それから音もなく立ち上がると、慧は雅に手を差し出した。

 数度瞬いてその手を見つめた雅は、ゆっくりと慧の手を取った。

「……ありがとう、慧」

 たくさんのことがありすぎて、何に対する礼なのか分からない。だから、色々な意味と感情を込めて呟いた、その言葉に。慧は小さく笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ