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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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2.目覚めの時(3)

 幾度か魔物との戦闘を繰り返し。雅たちが彩斗という町にたどり着いたのは、夕方近くになってのことだった。

 彩斗を見れば胡蓮は本当に辺境の村だったのだと分かる。胡蓮よりの遥かに多い人と建物が視界に入った瞬間、雅はほっと胸をなでおろしていた。

 危惧していた賊との戦闘に遭遇することなく人のいる場所に来ることが出来たことに、心から安堵していた。魔物との戦闘だって、見ていて気持ちのいいものではないのだ。その上、慧が人に剣を向けるところなど見たくもない。

 改めて、自分は平和な国から来たのだと実感する。

 日本にいる限りは、こんな心配などする必要がなかった。それは、雅にとっては当たり前のことだったけれど、実は幸せなことだったのかもしれない、などと思う。

 異様に疲れを感じるのは、慣れない土地であることや、一日中歩き通しだったことだけが原因ではないだろう。

「疲れてるな……。大丈夫か?」

 意外と人を見ている慧の言葉に、雅は咄嗟に笑みを取り繕った。珍しく心が弱っている自覚があるから、それを悟らせないように、ことさら明るく振舞う。

 裕幸曰く、雅の悪い癖だ。

「大丈夫。やっぱ、旅慣れてないから、だめだねぇ」

 雅の表情に、もしかしたら何かを感じ取ったのかもしれない。慧は一瞬だけ眉をしかめて雅の顔を覗き込んだが、やがて小さく息をついた。

「……きついなら言えよ?」

 それは旅に対してなのか、それとも精神的なことなのか。どっちにも受け取れる言葉だ。心のうちを見透かされてるような気がするから、そんな風に受け取ってしまうのかもしれないけれど。

「……ありがと」

 そう言えば、慧が小さく微笑む。

「……雅ちゃん! 慧君! 宿、取れましたよ~」

 先行して宿を取りに走っていた春蘭が、笑顔で戻ってくる。

「ありがと、春蘭。お疲れ様」

「いえいえ。雅ちゃん、お疲れでしょう? 行きましょう!」

 そう言って、春蘭が雅の手を取る。神様扱いされていた昨日を思えば、随分と打ち解けたと思う。そのまま、春蘭にぐいぐいと引っ張られ、後に苦笑を浮かべた慧が続き、一行は宿屋に入ったのだった。


* * *


 薄暗い広間。闇が漂うその部屋の中央にぽつりと置かれた台座に腰掛けた男は、閉じていた瞳をすっと開けると、楽しそうに笑った。

「……どうやら、無事に旅立ったようだな……」

 静かな広間に、男の声はよく響く。楽しそうな声音なのに、どこか冷たさを感じさせる。そんな声だ。

 そして、遥か遠くを見透かすようなその瞳の色は、金。彼は己の長い黒髪を片手でいじりながら、冷笑を浮かべる。

「さあ、楽しい旅の始まりだ。ここまで、来れるかな? ……光鈴」

 その名を呼んだ瞬間、男の瞳が一層の酷薄さを帯びる。男は髪をいじる手を止めると、そのうちの一本を引き抜いた。

 そうして、その髪を手のひらに乗せ、ふっと息を吹きかける。彼の手から離れた髪は、宙を舞い床に落ちる。それと同時に、髪からどろりとした黒いものが生まれ、瞬きの間に人型を取った。

 男と同じ黒髪に金の瞳の、女だ。妖艶な雰囲気を持つ女は、不思議そうな顔で周囲を見回している。

「……お前に名を与えよう。……暗奈」

 暗奈と呼ばれた女は、男に目を留め、嬉しそうに顔を輝かせると床に膝をついた。暗奈に男は低い声で告げる。

「……光鈴が、この地に来た」

 その言葉に、暗奈は小さく目を見開く。その反応を気にすることもなく、男は淡々と言葉を続ける。

「遊んで来い」

 短い命令に、女は嬉しそうに目を細め艶然と笑うと、すっと頭を垂れた。

「仰せのままに。我が主――陰羅様」

 邪神の名で呼ばれた男は、にやりと小さく笑ったのだった。


* * *


 不意に背筋に悪寒を感じて、雅ははっと目を開けた。

 ベッドに横になったまま、窓の外を見ると東の空が白むような時刻だと分かる。冬とはいえ、暖炉に火は入っているし、布団の中はそれなりに暖かい。だというのに感じる寒気に、雅は眉をしかめた。

「……なんだろ。……嫌な感じ」

 無意識に出していた声に、雅ははっとして口をつぐみ、隣のベッドで寝ている春蘭の様子を窺う。

 小さく聞こえる寝息に、起こしてしまってはいなかったことを知って、ほっと息をついた。

 それから、布団を頭まで被る。それで、寒気が消えてしまえばいいと思うのだが、まといつく嫌な感覚はなかなか去ってはくれなかった。

 寒さのせいではないだろう悪寒は、一昨日にはじめて魔物たちと相対した時に感じた恐怖に似ている気がする。しかも、その時よりも嫌な感覚は強い。そう思い至って、雅は眉をしかめた。

 考えれば考えるほど、寒気と嫌な予感が募っていく気がする。

 最悪な寝起きに、雅は布団の中で小さくため息をついた。こもっているせいで周りの空気は暖かいけれど、それでまどろむ事も出来ないほどに緊張している自分がいる。

 この嫌な感覚が、気のせいであって欲しいと、そう思った。

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