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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
13/60

1.伝説の始まり(13)

 本意はともかく戦うことを決めた雅だったが、その日はすでに日も落ちており、旅立ちは翌朝と言うことになった。

 雅の今晩の宿は、稜の家だ。

「……じゃあ、また明日ね」

 雅は稜の家の玄関で、自宅に戻るという慧を見送る。春蘭はどうしたのかと言えば、彼女は彼女で中央神殿への報告やら何やらで忙しいらしい。慌しく、村の反対側にある神殿に戻った後だ。

「ああ。……ゆっくり休めよ」

「うん」

 言われなくても、今日は布団に入れば五分と経たずに眠れるに違いない。それくらい、疲れていた。

 そう思いながらこくんと頷く雅に、慧は小さく笑うと、軽く片手をあげる。

「じゃあな」

 そうして立ち去ろうとする慧の背に、雅は少しだけ慌てて声をかけた。

「あ……っ慧!」

「ん?」

 振り返った慧が、不思議そうな顔をする。

 呼び止めたからには言わなくてはならない。雅は小さく息を吸うと、意を決して口を開いた。

「あのっ……ありがとう! 今日、助けに来てくれて!」

 タイミングを逃してから言い辛くなっていた言葉。今日中に言わなければ、きっとずっと言えない気がしてそう口にすれば、慧は数度瞬いた後、可笑しそうに微笑む。

 本日何度目かの大人びた笑顔に、雅は落ち着かない気分になる。そんな顔をされると、反応に困るのだ。

 気にするな、とでも言うように手をぱたぱたと振ってから、慧は特に何も言わずに雅に背を向けて村の中心の方に歩いていく。

 雅は、その背が見えなくなるまで見送ると、小さく息をついて空を見上げた。

 飛行機よりも高い高度にある大地から見る月は、心なしかいつもより大きい気がする。ただ、地界よりも格段に空気が綺麗なのだろう。星も綺麗に見えているから、月が大きいように感じるのもいつもより明るく輝いているように見えるせいかもしれない。

「……心配、してないわけないよね……」

 雅がここに来る直前、確かに裕幸と智花がいた。彼らが雅の家族に事の真相を伝えているなら、警察沙汰にはなっていないだろうとは思うけれど。

 それでも、心配をかけている事実は変わらないわけで。

 家族や友人達は、雅よりも困惑して不安であるに違いない。それを思うと辛いけれど。

「……ごめん。まだ、帰れないみたい……」

 届かないと分かっていても空に向かって呟いてしまうのは、この空が地界と共有する唯一のものだからだろうか。

 同じ空の下にいるのに、こんなにも存在が遠い。

「帰るからね……。絶対」

 静かな声音だが強い決意に満ちた言葉が、夜の闇に響いた。


* * *


「……二人とも、もう帰りなさい」

 重苦しい雰囲気が漂う神代家の居間でそう言ったのは、仕事を早めに切り上げて帰宅した彰彦だった。

「そうね。……ご両親が心配するわ。特に、智花ちゃんは女の子だもの。気付かなくて、ごめんなさい。……優也、送ってあげて?」

「分かった」

 遥の言葉にあっさり頷いて立ち上がろうとする優也に、智花は慌てて両手を振った。

「だ、大丈夫です! 習い事の帰りとか、いつもこのくらいの時間ですから」

「優兄、何だったら、俺が送るから」

「ああ……。悪いな、裕幸」

 裕幸の言葉に、優也は小さく笑う。まるで、裕幸達を安心させるかのように。彰彦や遥だってそうだ。雅のことが心配で堪らないだろう。それでも裕幸や智花の荒唐無稽に思われても仕方がない話に耳を傾けて、さらには二人への気遣いまでしてくれる。

 それが、裕幸には辛い。

 神代家の家族と幼い頃から付き合いがある裕幸は、よく分かっていた。この家の人間は皆、何だかんだ言っていても面倒見がよくて、我より他人精神が強い。自分に無頓着すぎると思う時すらあるほどに。他人を気遣って自分達の感情を隠そうとするほどなのだから、裕幸がそんな感想を抱くのも、おかしくはない。

 特に、その傾向が強いのが、雅だ。彼女は大抵のことは一人で出来てしまうため、基本的に他人に頼ることをしない。一人で片付けようと、抱え込んでしまう性質だ。甘え下手なのだと思う。だからだろう。雅はめったなことでは弱音を吐かない。

 それを知っているから、裕幸は思う。

 何が起こっているのか分からないこの現状で、それでも雅が何かを一人で抱え込むような事態になっていなければいいと思う。

 何だか、嫌な予感がするのだ。


 計らずも、裕幸の予感は的中する。

 十六の少女の肩には、世界の運命という重すぎる荷物が載せられていた。

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