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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
10/60

1.伝説の始まり(10)

 雅は制服にローファーという、運動には不適切極まりないんじゃないかという格好で、未舗装で足場の悪いでこぼこした道を全力で爆走していた。

 幼馴染の無駄な俊足がうらやましいと、今ほど切実に思ったことはない。

 背後に付きまとう嫌な気配に、一瞬だけ振り返れば、魔物たちの大半が雅を追って来ていた。追って来なかった魔物達は、雅の突然の行動に思考が追いつかなかったせいだろうと思う。

 思考能力は高くないと言っていたし、混乱はさせるという目的は達せられたに違いない。

 それにしても、ここまで見事に魔物達が雅を追いかけているこの現状に、雅は乾いた笑いを浮かべた。怒りのメーターはとっくに振り切ってしまっていて、最早笑うしかない、といった心境だ。

 破壊を好む魔物が一人の人間を追ってくる理由は、つまり。その人間が標的だからだ。

 雅の予想通りだ。だが、しかし。

「こんなん当たっても全っ然嬉しくないぃぃぃぃっ!!」

 思わず叫んだ。魔物達は足は速いほうではないらしく、すぐに追いつかれるような様子はない。だが、雅の体力にだって限界はあるのだ。いつまでもこうして走っていられるわけではない。けれど、立ち止まればそこで雅の人生は終わりを告げる。それは確実で。

 そして、残念なことに雅にこの後の方策はなにもなかった。

 囲まれていて膠着状態ならば、それを崩せばいいという単純な考えと、怒りに任せての行動だ。自分でも短慮だったと思う。後悔しても遅いのだが。

「もぉぉ~! 嫌! 最っ悪!」

 思わず泣き言を漏らす。運がよければ撒けるんじゃないか、何て考えは甘かった。

 何とかしてよ、神様! と心の中で毒づきかけ、そもそも自分がその神様の生まれ変わりらしくてこの現状に陥っているということに思い当たり、苦虫を噛んだような顔になる。

 認めたわけではもちろんないが、神頼みをしようにも自分が神様らしいのではどうしようもない。

 そろそろ、足がやばいかもしれないと思った時だった。

「はぁっ!」

 裂帛の気合と魔物の断末魔の悲鳴に、雅は反射的に振り返ると、魔物を越える速さで駆けて来る少年の姿が見えた。雅はほっと息を吐く。

 慧の手には抜き身の剣が握られている。先程の魔物の悲鳴はその剣によるものだと想像がついた。

「無事か!?」

 あっさりと雅に追いついた慧は、ほとんど呼吸も乱さずに問いかける。その姿に安堵しつつも、雅は頷いた。まだ、足を止めることは出来ない。

「な、何とかね!」

「よし、片付けるぞ!」

 慧はひとつ頷くと、いきなり足を止め、魔物達を振り返った。急激な動作にも、彼の身体は全くバランスを崩さない。雅も遅れてややよろめきながら数歩先で足を止める。

 右手をかざして、慧は息を吸うと、一気に呪文を紡いだ。

「出よ、紅蓮の炎! 破壊の力、地獄の業火よ! 我が意思によりここに具現し、その力を解き放て! ――烈火陣!」

 慧の言葉に応じるように、魔物の群れの足元に赤い魔法陣が出現する。そこから具現した天をも焦がすほどの赤い火柱が、一瞬で魔物達を飲み込む。そして、炎が収まった後には、塵一つ残らない。

「……すごーい……」

 想像を絶する力に雅は呆然と呟く。慧は雅の元に駆けつけるまでに地道に魔物を倒しながら来たらしい。残っていた魔物は五匹ほどだった。少なくなったとはいえその数を一瞬で消滅させるなど、地界の人間の雅からしたら、ただごとではない。

「……魔法、よね?」

 慧は辺りを警戒しながらも剣を鞘に収める。ひとまず危機は去ったようだ。

「そうだ。……さっき、炎を弾いたのもな」

「へぇ~。すっごい……これぞ剣と魔法のファンタジーよね。王道! ってかんじ?」

「……何だそれは」

 慧からすれば雅の発言は意味が分からない。眉をしかめた後、ふーっと息を吐き、雅に向き直る。

「……ちょっといいか?」

「へ? ……うん。何?」

 首を傾げる雅に、慧はこほんっと咳払いをした。そして、すっと息を吸い。

「魔物の群れに突っ込む奴があるか! 俺が来なかったらどうなってたと思ってるんだ! この馬鹿!!」

 勢いよく怒鳴りつけられる。

「で、でも! あいつらの狙い、あたしだった!」

 剣幕に押されつつも反射的に返せば、慧は言葉を詰まらせて頬を掻いた。

「……それは、分かってる。あのままじゃ埒があかなかったことも。……でもな、無茶しすぎだ。自分の身を守る手段、ないだろう?」

「それは……そう、だけど」

 慧の言葉はもっともで、雅には反論の余地がない。

「本当に危険だったんだぞ。……もう、するな」

 慧の口調は先程よりもずっと穏やかなものだった。けれど、それが怒鳴られるよりも、責められるよりも堪えるのは、慧の言葉が真実だからだ。

 彼が駆けつけてくれなければ、雅は遅かれ早かれ死んでいただろう。撒けるかもしれない、なんて本当に素人考えの甘い希望論だった。

「……ごめんなさい」

 深々と頭を下げると、そこにぽんと手を乗せられ、離れる。

「……無事だったから、いい」

 穏やかな声音に誘われて顔を上げれば、彼は小さく苦笑を浮かべていた。その表情も雰囲気も、雅が知る同年代の少年達よりも随分と大人びたものだった。

 といっても雅がよく知る同年代の男子なんて、寝起きが物凄く悪い兄とサボり癖のある俊足幼馴染という比較するには何ともいえない感じがしなくもない二人なのだが。

「……戻るか。寒いだろ」

「あ……うん」

 走っている間は感じなかった冷気に、雅はぶるりと体を震わせる。走って、汗をかいた後だけに尚更寒い。慧の言葉に異論はないので、雅は頷く。そうして、慧の後ろについて、元来た道を歩き出した。

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