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蒼穹の狭間で  作者: 藍原ソラ
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1.伝説の始まり(1)

 まるで春の暖かな日差しを切り取ったかのような柔らかな明るい金髪に深く澄んだ碧眼の女が、白で塗られた石造りの広間の中央に佇んでいた。

 女はふと視線を動かし、窓の外を見る。すでに日は落ち、夜の帳が辺りを包み込んでいる。

 星明かりしかないため、外がいつもよりも暗く感じるのは致し方がないことだろう。

 今日は月の光の守護は望めない日。つまり、新月だ。

 光を己が力とし、光の守護を受ける彼女が力を行使するには、とてもではないが好条件とはいえない。だが。

「……もう、時間がない」

 鈴を震わせるような美しく静かな声が、女の形の良い唇から漏れる。感情の色が見えない淡々としたその言葉に、彼女の前にかしずいていた男性が顔を上げた。

 彼女よりもやや薄い色の金髪に水色の瞳のその男は、女の言葉に表情を曇らせる。その反応に、女の口元にようやく苦笑と言う感情の色が見えた。

「……そんな顔をするな。分かっていたことだろう?」

 可憐な風貌とは似つかわしくない口調で話す女性は、そう言って自分の手のひらを見下ろした。

 今日のために、準備を整えてきた。最盛期と比較すれば格段に落ちた力を高める努力もしてきた。

 条件として良いとはいえない今日という日を選んだのも、計画のひとつ。この計画の成功の為には、相手に油断してもらっていたほうが好都合だからだ。

 敵の力は、彼女と相反して今日は最高潮に高まっているはず。そこに漬け込む手はずだった。

 卑怯だと罵る者もいるだろう。だが、この機を逃せば世界に明日はない。形振りなど構っていられなかった。

 計画を成功させる為に万全に万全を期した。それでも、衰えたと感じる自分自身の力に女は自嘲の笑みを浮かべる。

 もっと力があれば、と幾度思ったことだろうか。力があれば、こんな手を使わずに済んだ。

 この計画を無事に遂行できれば、世界に平和が訪れるだろう。だが、その代償は大きい。

「三日、精進潔斎してもこのザマだ。今日を逃せば、もう手はない。……だが、そなたには辛い思いをさせるな。……すまない」

 女の謝罪と労わる声音に、男は小さく首を横に振ると、頭を下げた。

「私はあなたにお仕えする為に生まれた存在です。あなた自身をお守りすること、そしてあなたの意志をお守りすることが私の使命。気遣いは無用です。……そのお言葉だけで十分です」

「……ありがとう。そなたの存在は、本当に心強い」

 女は小さく笑うと一度だけ目を閉じて、踵を返す。広間の奥にある祭壇には、彼女の瞳と同じ色の勾玉と鏡が掲げられている。それらを手に取ると、女の力に反応するかのように一瞬だけ強い光を放った。

 満足げに頷き、女は勾玉と鏡を祭壇に戻すと、男性に視線を向ける。

「……時間だ。計画の最終段階に入る。私はあの地に向かう。……後は頼む」

 この場のことだけでなく遥か先を見越した言葉に、男は再度深く頭を垂れる。

「御意。拝受したこの剣にかけて、必ず」

 そう言う男の前には光り輝く刀身を持つ剣が抜き身のまま置かれていた。

「……さらばだ」

 一瞬だけ鮮やかな笑みを浮かべて。女は広間を後にする。

 その気配が完全に消えた後、顔を上げた男の顔は苦しげに、悔しげに歪んでいた。

 男は彼女を守るために生まれた。その言葉に嘘偽りなどなく、彼女を守ることこそ男の存在意義と言っても過言ではない。だが、これから彼は彼女の意志を守るために動くことになり、彼女自身を守るためには動けない。

 彼女が死地に赴くと知っていても。

 それが彼女の命でなければ、何を振り切ってでも何を犠牲にしてでも絶対に彼女の傍らを離れたりはしないのに。

 分かっているのだ。未来は彼女と、そしてこれからの自分の行動に懸かっているのだと理解している。

 それでも、最期の瞬間まで彼女の傍にいることが出来ないのが苦しいし、悔しい。

 命を賭した彼女の計画。この計画が真に達成されるのがいつになるのかは、男にもそして計画を実行する彼女にも分からない。

 それでも、彼らには最早これしか取る手段がなかった。

 彼女の計画が――願いが叶う日までは重く、悲しい運命が繰り返されるのだと分かっていても。

 だかこそ、願わずにはいられない。身に過ぎた願いだと分かっていても。

 どうか。

 彼女の望む世界が早く訪れますように、と。

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