可愛い童謡どころじゃない!
「はい。そこを右に進んで下さい」
肩に乗った山ぶどうの魔王のナビを頼りに、私は山道を進んでいた。もちろん腰には聖剣がある。
「はいはいはいはい、はーいはい」
全くいい加減な返事を私はした。
だって、何処に向かっているのかさっぱりわからないんだから、しょうがないよね。やけくそになったってさあ。
山ぶどうの魔王が「右に行け」といったその道は、昨日親父が進んだ方の道だ。じゃりじゃりと音をたてる小石が敷き詰められただけの手抜きの道である。
ああ、空が青い。
そんな風に思いながらしばらく進むと、足元を歩いていたリンゴの魔王がてててて、と駆け出した。
私の肩の上で足をぶらぶらさせている山ぶどうの魔王と違って、彼女(あえて彼女で)は細い足を高速で動かして一緒に歩いていたのだ。
リンゴの魔王が足を止めたのは、大きな栗の木の下だった。
……言っておきますが、歌ったりしませんよ。
そこで、赤い果実は腰に手を当てて、くねっと腰を捻った。
腰って……。う〜ん。もう突っ込むの止めて良いかなあ。
「ちょっとぉ。このアタシがわざわざ来てやったんだから、さっさと出てらっしゃいよぅ!」
その野太い大声に反応が返って来たのは、一、二、三拍くらい後だった。
がさり……、と大きな栗の木の下の草むらで音がしたのだ。
私の手は、聖剣にかざされる前に緩く拳を作っていた。
……習慣なんだよー。持ち慣れてないものに咄嗟に手は伸びないし。
そして、もぞもぞとした動きを繰り返す草むらから覗いたのは、トゲだった。細く長いトゲだ。
何あれ。
そこに、陽気な山ぶどうの魔王の声が響いた。
「ややっ。お元気でしたかな〜。栗の魔王殿!」
果たして、茂みの中から完全に姿を現したのは、見事なイガ栗だった。全体的に黒に近い焦げ茶色をしている。
普通、木から落ちたばかりのイガ栗は黄緑と茶色が混ざったような色をしているから、その風体は異様と言えば異様だった。
でも、本当に異様だったのは、そこでは無い。
山ぶどうの魔王に『栗の魔王』と呼ばれたそいつには、裂け目があった。イガ栗の裂け目からは、大抵栗の実が見えるだろう。渋皮を剥く前のあれだ。
しかし、こいつの裂け目から見えるのは、漆黒の闇としょぼしょぼした目だ。
わかり易く言えば、イガ栗の着ぐるみを着た物体X状態だ。
え、わかり易くない? ……ほっといてくれ。
「…………………………………………元気で、すみません。ホント、すみません」
陰気な声が聞こえた。
どうやら、栗の魔王が山ぶどうの魔王に返事をしたらしい。
「いやいや、そんな。元気で何よりですぞ〜」
「…………………………………………いや、ホント、自分、生きててすみません」
暗雲が垂れ込める様な、ずどーんと暗い声で栗の魔王は繰り返す。
私の足はじりじりと持ち上がっていた。
なんかムカつかない、この生き物?!
ヤツを踏みつぶさんと足を振り上げる私に気がついた山ぶどうの魔王が焦った声を上げた。
「おおおおおおおおおおおお、お待ち下さい。勇者様ぁ!」
「こんなムカつくヤツ初めて見た! つ、潰させろぉっ!」
早くもイライラが極地に行ってしまった私の襟にしがみついて、山ぶどうの魔王は「お止め下さい〜」と叫ぶ。
「…………………………………………あ、もう、いいんです。栗生に別れを告げるんで。すみません」
諦めの早い栗の魔王は視線を斜め下に流してぶつぶつと呟く。
今度は私の手は聖剣に伸びていた。
余計に苛立ちが増していた私は、「もういいよね? もう殺っちゃっていよね?」と得物を持つ両手をぶるぶる震わせた。
普通に潰しても駄目なら、聖剣で黙らせるしか無いじゃないかっ。
「ん、もう。殺るなら早くやっちゃってよ〜」
汗を噴き出す山ぶどうの魔王とは正反対に、リンゴの魔王は小石の上に腰掛けて、どうでも良さそうに片手を振った。
「だだだだだだだだだだだだ、駄目ですよ! 彼しか大魔王様の御座所を知らないんですから〜!」
「「……………………」」
その瞬間、私とリンゴの魔王の動きが止まった。
「は? 大魔王って……」
緑の肌のあれか? と聞こうとした私の台詞を遮って、リンゴの魔王が叫んだ。
「いっやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん! だ、い、ま、お、う、様!」
両手を頬(?)の辺りに添えて、腰をくねくねとする。
多分、頬は赤く染まっているのだろう。元から赤いからわかんないけど。
「えーと。……大魔王って、何」
すっとんだハイテンションで、「ちょっと忘れかけてたけ、ど。今、貴方のリンゴの魔王がお傍に参りますぅ〜」と叫ぶ赤い果実と距離を取りながら、私は山ぶどうの魔王に聞いた。
先程までの苛立ちも何処かへと飛んで行って、聖剣も再び鞘に納める。
「はあ。勇者様にお会い頂きたい、我ら魔王たちの頂点におわす御方です」
まあ、大魔王だそうですしね。大ボスかラスボスってヤツか。
「そんで、来てもらいたい場所って、その大魔王がいるところ?」
「そうなんです。その場所を知っているのが、あの、栗の魔王殿だけなんですよ」
当の栗の魔王はというと、大きな栗の木の下で、しゃがみ込んで『の』の字を書いていた。
「あ、あれはいじけているのではなくて、彼のデフォルトの行動だそうです」
どうでもいい情報をありがとう。
「でも、なんであいつしか大魔王の居場所を知らないわけ?」
私が聞くと、山ぶどうの魔王は至極当然、といった顔をして答えた。
「だって、ほいほいラスボスのところに来られちゃ困るじゃないですか〜」
ほいほい私をそこへ連れて行こうとしているあんたらは何だ?
続けられた言葉に、私は驚愕した。
「それに、彼はもう五百年も生きて、その秘密を守り続けているんですよっ」
「ご、五百年!?」
「数多いる魔王の中でも、最高齢です!」
誇らしげに山ぶどうの魔王が胸を張る横で、私は戦いた。
視線を感じたのか、しゃがみ込んでいた栗の魔王が、ちらりとしょぼついた目をこちらに向けてくる。イガ栗の裂け目の奥にはやはり漆黒の闇しか見当たらない。
あの中身は、五百年の間に一体どんな変化を遂げたというのだろうか……。
栗の魔王が登場です。
少なくとも、こいつは食べられないと、私はそう思います。