試合に負けて、勝負に勝つ……
「よーし、野郎ども。秋だ!」
だんっ、と食卓テーブルに拳を叩きつけて放たれたこの台詞、断っておくが父親のものでは無い。我が母ミザリアの台詞だ。
すかさず家族からの反応が返る。
「サー! イエッス、サー!!」
揃えた手を額に当てて、父は立ち上がった。姿勢は背筋を伸ばした直立不動。
一方の私は、一応の反論を試みる。
「……野郎って、ウチには親父しか男はいないけど?」
因みに子どもも私一人だ。
「まあ、アイザ。私ちゃんといったわよ、野郎『ども』って」
その『ども』に私が含まれるらしい。
親父は親父で「全くその通り。ミザリア最高ー!」とでも言いたげに首を縦に振っている。
母はにっこりと微笑んで、私と親父に背負い籠を手渡した。
「この籠に溢れる程の山ぶどうをよろしくね。今年は暑かったから、甘くて上等な実がなっているはずよ。葡萄酒にして売り飛ばして、冬の蓄えにしなくっちゃ。……………………熊どもに盗られるんじゃねーぞ」
最後の台詞は地獄の使者の如き低い声で告げられ、私と親父は震え上がった。
流石はロイド村のみならず、このセンティス国『最後の鉄槌』と恐れられるだけの事はある。(恐れているのはロイド村の人間だけだろうが……)
またしても聖剣を腰にぶら下げて家の裏山に出掛ける事になった私は、親父と並んで歩きながら、ふとした疑問を口にした。
「ねえ、勇者の家系ってもしかして母さんの方の家系なの?」
すると親父は不思議そうに首を振った。
「いいや。父さんの家系だぞ。その聖剣だって父さんが親父から貰ったもんだしな。なんでだ?」
「……だって、どう考えたって母さんの方が強そうじゃん」
親父は、晴れた秋空を見上げて、アンニュイな溜め息を吐いた。
似合わん。
「母さん、……ミザリアは、若い頃から強くってなあ〜。告白した時も、自分より強い相手じゃないと嫌だって、真剣勝負をしたんだ」
「ふーん」
真剣勝負ってサイコロかトランプかな〜、と考えた私は甘かった。
「ミザリア VS サイガ。……あのゴングの音は今でも忘れられないぜ」
……肉弾戦!?
「ガチで勝負したの? なんか、賭け事とかじゃ無くて?!」
目を剥いて叫んだ私に、親父は胸を張った。
「そうだぞ。『ハンデくらいあげるわ』って聖剣を使う事を許してくれたミザリアの、あの笑みの美しさは半端無かった。天上の三女神なんか尻尾を巻いて逃げ出すくらいだ!」
頼むから両腕を体に巻き付けて身悶えするのは止めて欲しい。
その前に、聞き捨てならない言葉があった気がする。
「待って! 父さん、聖剣使ったの? 母さんは?」
親父は良い笑顔で、拳をぐっと握った。
はっきりした事は、母さんは素手だったということだ。
「しょ、勝敗は………………」
「父さんの負けだったぁ………………」
遠い、遠いところを見て親父は言った。
それ以上聞きたく無かった私は、分かれ道を良い事に左の道に駆け出した。
「じゃ、じゃあ、そっちは父さんに任せたから!」
ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ!
「百一回目の挑戦で母さん呆れて結婚してくれたんだ。なんだかんだ言って、父さんの粘り勝ちだからなー!」
なー! なー! なーーー………………!
私の背後で、親父の声がこだました。
とりあえず巨大な馬車の前には飛び出さないで済んだらしい。
センティス国『最後の鉄槌』は事実かも知れない……。