勇者、大魔王を釣る
「あんの〜」
訛りが目一杯入ったその声に、私と大魔王は顔を見合わせてから、その出所を探した。
すると、声の主は教えてくれた。
「ここだべ〜。天井だべ〜」
二人で天井を振り仰ぐと、ほんの少し空いた隙間の奥に、動くものが見えた。
思わず目を細めて見てしまう。
「やんだべ〜。おら、恥ずかしがりだがら、あんまり見んでけろ〜」
さっとその影は隙間の影に隠れてしまった。
「……柘榴の魔王か」
おお。照れ屋と評判のあれか!
すると、彼の魔王は再び顔を覗かせた。と言っても、良く見えないんだけれど。
「ちょっとタイミングば逃しちまって〜。おらも他の魔王さんらと一緒に魔力をお渡しした方がよがっぺか〜?」
先程他の魔王たちが魔力を奪われた時にいなかった事を指しているようだ。
しかし幾らタイミングを逃したからって、あの微妙な沈黙を破って出て来るとは、随分神経の太い照れ屋だ……。
同じ様に考えていたのか、胡乱げな視線を天井に投げ掛けていた大魔王だったが、やがて彼はぼそりと言った。
「全く。なんだって魔王どもはこんな珍妙なものになるんだ」
変な言い方だな、と私は思った。
「自分が作ってるでんしょ? 性格とかも操ってるんじゃないの?」
すると彼は面倒そうな表情を浮かべた。
「勝手にああなるんだ」
何故だかさっぱりわからん、と続く。
この人、本気で天然だ。っつーか、間抜けだ。
うーん。丸め込み易そう。私は心の中で悪い笑みを浮かべた。
「……あのさあ」
話しかけると、大魔王はやさぐれた様に斜め下に送っていた視線をこちらに向けて来た。
「言っとくけど、『人間を滅ぼす』なんて言ってる間は、私はあんたを解放しないよ?」
ぴりっと大魔王の視線に冷たさが混じる。
「まあ聞きなよ。人間に害を与えないって誓ったら、それなりの対応を考えてみてもいいよ」
大魔王は怪訝そうに顔を歪めるが、その美貌が損なわれる訳では無い。
にっこりと笑ってやると、彼は首を傾げた。
「何を考えている?」
そこで私はようやく聖剣を取りだした。
すらりと鞘から抜くと、大魔王の顔色が変わる。
「何をする気だ!」
その声に反応して、成り行きを見守っていたらしい柘榴の魔王も天井から叫んだ。
「だ、大魔王様になんばすっと〜!!」
その後、ぽろり、と変な音がした。
私と大魔王がそちらに視線を送ると、赤い丸いものが一つ床に転がっていた。
それは、手足を生やし、つぶらな丸い目を持っている。
「あんだあ〜! 落ちてしまったが〜」
細い両手を天井に差し上げて、それは更に叫ぶ。
「そ、そっちに戻してけれぇ〜」
すると天井からも声がした。
「おめ、自分で上ってこいや〜」
「無理だべ〜。下りて来てくんろ〜!」
「だんれもここから出とうないわ〜!」
というやりとりを、ひたすらやっている。
天井と床に交互に視線を走らせていた私だったが、疑問に思って大魔王に聞いた。
「あれ、どうなってるの? 一種類の植物に、魔王は一匹なんじゃないの?」
「……知るか」
完全に脱力して、大魔王は言う。
残っていた肘掛けに乗せた肘の先の手の平を広げて、その上に額を置いて項垂れている。
そして、盛大な溜め息を吐いた。
「……気が削がれた」
そう言った。
「はあ?」
私が聞き返すと、彼は顔を上げる。
「おい、勇者」
「……なに、大魔王」
「お前、その聖剣で何をする気だ」
そう言われて、私ははたと自分の手に握った聖剣の存在を思い出した。
「ああ。……首輪にしようと思って」
「……………………首輪だと?」
聖剣を横向きにして、左手の平にぺしぺしと叩き付けながら私は微笑んだ。
私の意思に従って、聖剣は徐々に小さく姿を変える。
「だってさ。ご先祖様にもご大層な封印が出来たんだから、私にも出来るかなーって」
ひくひく、と大魔王の頬が引きつる。
そんな彼の左手を掴んで広げさせる。
「大丈夫、大丈夫。……ちゃんと幸せにしてあげるから、ね」
まあ、幸せの形は人それぞれですけど。とりあえず、指輪の形はしてるかな。
ごくり、と大魔王の喉が鳴る。
背後ではまだ柘榴の魔王が騒いでいるが、気にしたりはしませんよ。
ぬるーい野望でもって二千と飛んで二十二年を過ごして来た目の前の大魔王の間抜けさは、程良く私好み。別に母さんみたいに『自分より強い男』派では無いし。
つまりこうだ。私は『海老で鯛を釣る』、ならぬ、『聖剣で大魔王を釣る』のだ。
その後、私は幾つかの噂話を人伝てに聞いた。
曰く、センティス国『最後の鉄槌』の家に娘(つまり私)のお婿さん候補という美青年が住む様になったとか……。
曰く、一人増えただけのはずなのに、やけに話し声が多くなったとか……。
まあ、我が家が大所帯になったことは事実かな。
超照れ屋、柘榴の魔王が最後に登場です。
訛りは色んなところ方言がまぜこぜなので、あんまり気にしないで頂けると嬉しいです。
結局、聖剣は本来の使われ方なんかされません。
そういう話なんです……。笑。