大魔王様、お目覚めです。
その男は気怠げに玉座に腰掛けていた。
長い真紅の髪が細い滝のように流れている。瞼は閉じられて俯きがちな顔は、人間の基準で言っても美しい。古風な言い方をすれば美男子、今風に言えばイケメンだ。
「あれが、大魔王……」
肌は緑じゃなかったんだ、と呟く私の声に反応したのか、視線の先にいる男がぴくりと身じろいだ。
ゆっくりと、瞳が開かれる。
覗いた色は、鮮やかな金色。人間と違うのは、その瞳孔が縦に長く、獣のそれと良く似ている事だった。
背後でリンゴの魔王がきゃーきゃー言っているが、それも金色の瞳がこちらに向けられるまでの事だった。
「……ほう。ようやく我の元に来たか、勇者よ」
唇の端が持ち上げられて、大魔王はにやりと笑った。
ひっくり返ったリンゴの魔王が、今度はきゅうきゅう言っている。
これどうしよう、と初めて見たイケメンよりリンゴの魔王を気にしていた私に隙があった事は認めよう。
しかしこの後の展開は明らかに人外の所行だった。
ばんっっ
突然、大きな音をたてて入って来た扉が音を立てて閉じられたのだ。
思わず振り返った私は、魔王たちがぽかんと扉を見上げている姿を見た。彼らは誰一匹関わっていなかったようだ。
あ、もう一匹いたな。そいつの仕業か? と考えた瞬間、私の体が凄い勢いで引っ張られた。
ぐんっ、と腰を引き寄せられたような感覚だ。
気がつけば、直ぐ傍に大魔王の麗しい顔があった。
説明するとこうだ。私は大魔王の座る玉座に片膝をのせて、腰に腕を回した彼に抱き寄せられていた。
「うわっ」
倒れそうな体を支える為に咄嗟に伸ばした手は、大魔王の肩に置かざるを得なかった。
そうなると、どうなのコレって言いたくなる体勢の出来上がり。
リンゴの魔王のブーイングを効果音に、大魔王はニヒルに笑い、私の顎に指をかけた。
「さて、これで我にかけられた……」
「いやああああああああああああああああああ!」
大魔王の御言葉を、絹というか、木綿を引き裂く様な野太い悲鳴がぶっちぎった。
言わずもがな、リンゴの魔王である。
「やめてー、やめて下さいっ、大魔王様ぁ! そんな小娘とキッスなんてぇ!!」
一瞬動きを止めた大魔王だったが、気を取り直して台詞の続きを言おうと試みた。
「我にかけられた封印を解くことが……」
「いやああああああああああ! 駄目ですぅーっ。そんなくっついちゃいやあああああ!」
またしても彼は動きを止めた。そして、叫び続けるリンゴの魔王に視線を移して、目を細める。
ああ、うん。考えてる事はよくわかるよ。
「うるさい。黙れ」
ひらりと、彼が左手を振るうと、ピタリとリンゴの魔王の叫び声が止まった。
うわ、口が無くなった!
それでもめげないリンゴの魔王は、周囲の魔王たちに取り押さえられてもがいていた。
無言でもめる魔王たちから視線を移した大魔王は、しげしげと私を見つめて来た。
それから、こう言った。
「……本当に女なんだな」
その表情の、何とも言えない人間臭さに、私は思わず脱力してしまった。
「はあ、まあ、一応……」
間の抜けた返答に対して、深紅の大魔王は唸りながらも再び口を開いた。
「勇者の家系は一体どうなっているんだ。男系にも程があろう」
「はい?」
男系がどうしたってー?
……ん? そう言えばそんな話をじいちゃんがしていたような。
古い記憶を引っ張り出してみる。
「そうだそうだ。私が生まれた時父方のじいちゃんが、『念願の孫娘だー!』って喜んだって話があったあった!」
その後も、誕生日の度に人形だのままごとセットだのをせっせと貢がれていた気がする。私はそれらを部屋に置き去りにして外に遊びに行ったけれど。
さもありなん、と目の前の男は首を縦に振った。
「我がここに封印されて二千と二十二年。その間、勇者の家系には男児しか生まれなかった」
二千と二十二年ってどんな確率だよ……。
「んん? って事は、あんた、ここに二千と二十二年もいた訳?」
私の至極真っ当な質問に、大魔王は不愉快そうに顔を歪ませた。
「そうだ。初代勇者は我の魔力を奪い、この洞窟のこの椅子に、我を封印したのだ。……ある条件を、封印を解く鍵としてな」
ほほーう。条件付きで封印するなんて、結構優しいじゃ無いか、ご先祖様。
「して、その条件とは?」
世の中にはこんな絶望的な表情というものがあるのだ、と私は初めて知った。
眉をしかめて、大魔王は言う。
「………………………………勇者とキスをする事だ」
「……………………」
前言撤回。封印解除の条件を取り付けたのは、優しさじゃ無い事はわかった。
ある意味勇者の自己犠牲(?)と見えない事も無いけど、この大魔王の表情を見る限り、彼はノーマルだ。男とキスする事に抵抗を覚えるどころか、絶対拒否を示すタイプだ。
「あやつ、『俺とお前がキスするなんて、ありえないだろ!』と笑って去って行きおったわ!」
ぎりぎりと歯ぎしりの音がした。
ああ、ああ。わかるような、わかんないような。
同情に似たものを胸に抱いていると、そこで、大魔王はシニカルに唇の端を引き上げて笑った。
「そこで、ようやく其方の登場だ」
つまり、あれですか。女勇者の誕生をずっと待っていた訳ですか。
「ようするに女なら誰だっていいって事か、こんちきしょー!」
私は全力で両腕を突っ張って、彼から距離を取ろうと試みる。
大魔王は、本気で、全身全霊の力を込めて、叫んだ。
「男より断然マシだろう! ! ! ! ! !」
男勇者 × (大)魔王。
普通にいくと王道の構図だけど、キスシーンとなれば、出来れば想像でも見たくなーいー!
同意してやるよ、こんちくしょー!
二千と二十二年。
大魔王は頑張ったと思います……。




