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9.兄弟というもの

「仕事が決まった」


 翌日の夜。この日もディル達の家に前日と同じ顔ぶれが集まった。

食後に談話室でくつろぎ始めた頃、タイムは話を切り出した。

真っ先に反応したのはオリーブ。凄いじゃないかとタイムを誉めるが、タイムはその威圧感が半端ない声に不機嫌に耳を塞ぐ。

しかしオリーブはそんなことを気にもせず、タイムの背中をバシンバシンと遠慮なく叩く。


「速いな、流石はタイムだ。その無駄に行動力があるところ、もっといい方向に生かせればいいな!」


「余計なお世話」


 息を詰まらせながらそれだけを言うのが精いっぱいのタイムに、オリーブは楽し気に問う。

本当に弟の就職を祝っているのだろうが、タイムはもう少し穏やかに祝って欲しい。


「で、何をするんだ?」


「ディルの秘書? 予定ではあるけど、、実際は補助事務員みたいな感じらしい」


「うん?」


 問われて返した答えに、オリーブは首をかしげる。

具体的な仕事の内容が分からないと、視線を名前の出たディルへと向ける。


「ま、最初は仕事覚えるのが先決だから、何をするっていうか、それこそ雑用? みたいな感じね。力仕事はそこまでいらねえけど、数字のすり合わせとか計算とか頭使うしタイムが適任なんだよ。一応スケジュールの管理だったり会合の手配だったり、秘書らしいこともしてもらうぜ」


「色々手伝ってほしいって言われたから……」


 ディルとタイムが揃って答えると、なるほどと、納得しているのかいないのか分からない様子でオリーブは頷く。


「ディルが雇い主、というのは分かった。しかし、何故昨日の今日なんだ?」


 タイムが帰って来て、再会して一日でこれはさすがに話しが速すぎではないかと、先ほどの言葉とは矛盾するような問いをディルにする。


「もともとタイムはいずれ俺の所で雇うつもりだったしね、今から四年間分取り返してもらうつもり。しっかり見習い秘書頑張ってよ?」


「言われなくとも」


 オリーブに答えるついでにタイムに発破をかけるディル。

それに軽口で返してタイムはしっかりと頷く。その言葉の裏の意図もしっかりと汲んだうえで。

 知らない妹達はそんなタイムを凄いすごいと賞賛し、首根に飛びついてくる。スキンシップが多いのはマザー・フラックスの影響だろう。

さすがに兄弟認定していない者にはしていないだろうが、無邪気すぎる二人の妹に、タイムは少し心配を覚える。


「兄さんすっごいね!」


「ディル兄さんはタイム兄さんを信用してるって事だもんね、うん、タイム兄さん凄い」


「ん……」


 ぎゅうぎゅうと抱き締められ、二人分の体重にソファの上で潰れるタイム。

それを横目に見ながらマートルが心配げにディルに問う。


「いいのか? タイムは、その……」


 タイムは養護施設の出身、それも世話になっておきながら身勝手にも出奔するよう問題児だ。そんな人物を勝手に秘書に雇うというのは、ディルの立場的に失点になりはしないかとマートルは心配していた。


「問題ないって、マートルたちが頑張ってくれてるお陰で、親父が目をかけてた施設の出身者は使えるって評価を貰ってるんだから」


「そりゃ僕の出来る範囲では頑張らせてもらってるが、学校も出ずにいきなり秘書は」


 マートルは文字の読み書きも計算も、優秀な部類だったため、ディルの仕事の繁忙期には手伝うこともあった。その為に普段から仕事の内容をしっかりとディルにも聞いて、ディルが商人であるソレル家でどのような立ち位置にあるのかもよく知っていた。

 ディルがソレル家の家業で担っているのは、主に輸送用の船の管理や、その荷積みのスケジュール、そして荷積みなどの短期雇用の人間についてのこまごまとした雑務。実際の金勘定にはかかわる事があまりない、忙しいだけで実績も作れないような仕事だ。

 現場を知っている者の方がいい、そんな言葉で無理やり追いやられた、管理職ではあるが上に行くには足がかりの無い仕事。

しかしこの船や労働者の管理ができなければ、ベラムでは実質荷物の輸送が出来ない、手の抜けない重要な仕事でもある。


「だから見習いなんだって、な」


 輸送用の船の管理は、何も自分達が運び出す側だけとは限らない。

他所の町から商品を仕入れることもある。その場合船に乗ってくる船員は他所の町の人間で、またベラムで雇う短期雇用の労働者も、他所の町からやってきた者も少なくない。


「そ、学校で広く浅くじゃなくて、しばらく町を出た経験も生かして、専他所の町の事知ってるから都合がいいって。あと種族、俺が見てやれば少しは効率よく人を使えるんじゃないかってのを、昨日ちょっと話した」


「ほんと、それ大事なんだよな」


 人材の適材適所、それを担当できるようにタイムを育てるとディルは言う。


「最初はま、雑用からだけどな」


 ディルとタイムの口語の説明に、マートルは少し考え、仕方ないかと首を縦に振る。

タイムの観察で自分の種族に当たりが付いたのはまさに昨日の事だ。

ディルとの将来を考えることができたのも、その目が有ってこそ。それが仕事に役立つのなら、それもいいのかもしれないと自分を納得させる。


「……分かった、ディル、弟を頼むね」


「ばーか、俺にとっても弟だよ、こいつは」


 軽口を返すディルに、マートルは嬉しそうにそうだったと頷いた。




 今日もオリーブ達は泊まるためそれぞれ客室に引き上げた後、ディルはタイムと仕事の話があると、マートルを先に寝室に返した。

二人きりになって先に口を開いたのはタイム。


「下手くそ」


「何が?」


 閉まった入り口のドアを見ながら、ディルが問う。


「あそこでお前のためにもって、もっと言ってやればマートルも感激したんじゃない?」


「柄じゃないでしょ、それに、そんなことくらいじゃマートルは感激しねえって」


 先ほど出て行ったばかりの相手を話題に出せば、ディルはタイムを見ずに唇を尖らせる。


「何で?」


 返して問うタイムに、ディルは大きく息を吐き首を振る。


「お前らにも言えるけど、基本的に自己評価低すぎなんだよ。今日軽く読んだお前のまとめたレポートだけどさ、一日であれってできすぎよほんと」


 それは今日の昼間、タイムがディルに言われてまとめた物。

内容は種族ごとに特化した性質と、それをどのような仕事に当てるのがいいのかという簡単な考察だった。


 タイムは一日を使い覚えている限りを書き出そうとして、三十にもなる人間種族を紙に書き出した。

おかげで手が痛いと、擦ったインクで汚れた左手を振る。


「いや、できすぎと言うか……それ師匠に習ったことそのまま書いただけだし」


「それでもすごいって」


 もし凄いのだとしたら、タイムではなく師匠だというが、ディルはそれを覚えていられるタイムもそうとう凄いんじゃないか主張する。

人間種族の事だけではない、タイムは一度読んだ本の内容など、殆ど覚えているという。


人の言葉や読んだ文字列を覚えることのできるその人並み外れた記憶力こそが、タイムの種族としての特徴なのだろうと、ディルは確信する。

だとしたら、そのタイムが師匠と仰ぐ女性とやらはどれほどのものなのか。

ディルがワクワクと目を輝かせ頼む。


「その師匠紹介して、これなら十分新しい商売のきっかけにできるわ」


「あー、今どこで何してんのか知らない」


 期待して訊ねるディルに、タイムはしらっと答える。


「えええええええええええ、何それ師匠なのに?」


「元々行きずりだったんだよ、そんでセイボリーさんの訃報を知って、こっちに戻ってくる途中に別れて帰ってきたから」


 タイムがベラムの町に戻ってきたきっかけがセイボリーの事だというのを、ディルには言っていなかったことを思い出す。


「だからまあ……師匠から教えてもらってることもまだ中途半端だったんだよな」


「まじかあ……」


 まあそれならそれで仕方ないかとディルはあまり落ち込みもせずに納得する。

 タイムとしてもまだ教わりたい事が有ったので、ただ別れたわけではなかった。

タイムがベラムの町に戻り、そこである程度立場を作っているようなら、その時はまた会って今度は自分達のために何かしてほしいと師匠には言われていた。


 情けは人の為ならずなのです、と胸を張って言っていた師匠を思い出し、タイムはククッと喉を鳴らして笑った。

本当に自分を頼ってくるのかは分からなかったが、その言葉正直タイムには有り難い物だった。

頼りにされるためにも、ここはしっかり働いて、自分のベラムでの立場をしっかり作っておこうと思えた。


「とりあえず師匠はマロウスに行くって言ってたし、その後はいずれベラムにも行くからって言ってたし、時が来れば会えると思うよ。その時は紹介する。落ち合う場所は施設になってるから、無くなったら困る理由が増えたかもね」


 何時かは何時になるかは分からないが、タイムは師匠に自分の育った施設の場所を説明していたので、ますます施設が必要でしょとディルに言えば、ディルは確かになと笑う。


「それにしてもさ、あの文章量結構なもんだったよな。お前って文字書くの好き?」


「嫌いじゃない、でも読む方が好きだ」


 話を戻すディルに、タイムは淡々と答えるが、正直文字を書いている時は悪い気分ではなかった。自分の知り得た事を文章に残すという行為が、気持ちいいとさえ思えた。


 天眼火の鳥族の種族的な特性が、知識欲だとタイムは教わっていた。

師匠は文字をあまり書けはしなかったが読むことは問題なくできていた。

師匠の母はほとんど文字を書くことのできない人だったと言っていた。

タイムの父親は何一つ文章を残していなかった。

文字を書くという行為に満足感を得るのはどうやらタイムだけらしい。


 自分が文章を書くことに向いているのなら、もしかしたらこれも何か役に立つのではないかとタイムには思えた。

ただディルにはもっと即物的な利用目的があったようで。


「ん、分かった、じゃあお前俺が読むの面倒な書類読んどいて」


「自分でやりなよ」


「めんどい」


「駄目な兄貴だ」


 文字とのにらめっこきらーいと、まるで子供の駄々のように言ってディルは笑う。

笑いながらディルは変わらぬ口調でさらに続ける。


「お前さ、ほんと、自分が有能だって理解しな? その能力使えば、もっと適切に施設のことどうにかできるぞ」


 それは意外な指摘で、自分が使えるのならとタイムは思わずディルとの距離を詰める。


「どういうこと?」


 何か画期的な仕事があるのか、それともすぐに状況を打開できる妙案があるのか。

しかしディルの示したのはそのどちらでもなかった。


「俺じゃなくて、ネトルに取り入るべきだってこと」


 それは誰だと知らない名前にタイムが戸惑えば、ディルは少し嫌そうに答える。


「現当主」


「……知らない」


 知らなかった。名前など初めて聞いた。

そもそもディルもセイボリーも、施設に来た時には自分達の親族の話など一切していなかったのだ。

ソレル家の仕事はほとんどセイボリーが一人で大きくして言った物なので、人の話にも他の親族らしき者達の名前が出て来ることは無かったようにタイムは記憶していた。


ただディルの表情を見るに、ネトルと言う人物はあまり好ましくない相手なのだろう。

そんな相手に取り入れ等とよく言う。自分よりもソレル家で実権を持っている相手に取り入れれば、その方が施設のためになると言いたいのだろう。

ディルの主張の意味を察し、タイムは呆れたと肩を竦める。


「兄貴こそ、自分の評価低くない?」


「そんなわけないでしょ、俺は誰よりも天才で有能なパーフェクトガイなんだから」


「ばーか」


 軽口を返せばディルは大きな口を叩いて胸を張る。

タイムはディルが少し落ち込んでいるのかと思ったが、実際はそうでなかったことを知る。

 兄弟だと言っておきながら試し行為をされることに、タイムは内心臍を噛む。


ディルはタイムが思っているよりも追い詰められているのかもしれない。

 仕事量ばかりが多い仕事を任せられ、一族内ではあまり重要視されない地位にいるディル。

顧客と直接やり取りをする現場から離されているディルは、任されている仕事で効率を上げる以外に仕事の成果をあげることはできない。

見限られる事を恐れているのか、それとも身内すら今は敵になっている状態で、簡単に信頼してはいけないと自分を律しているのか。

タイムはもう一度しっかりと答える。


「知らない人の下で働きたいなんて思わないよ」


「何でよ?」


「俺敬語苦手だし」


 今も全く使えていないでしょと言えば、ディルは確かになと納得するふりをする。


「マートルもそうだもんな、時々気取ってるけど」


「でしょ? 堅苦しい話を強要されるの嫌い。っていうか、あんたを裏切ってまでだっれかの下に居たいと思わないんだけど」


 馬鹿にするなよとタイムが半眼で睨み据えれば、少し笑いかけ、ディルは視線を逸らす。


「いいんだよ、俺は兄弟の役に立ちたいんだから」

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