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8.それぞれの対話

 リコリスが何故いるのかと言えば、わざわざオリーブがディルの家を訪ねるよう言いに来たからだそうだ。

 何故そんな事を伝えられたのかリコリスには分からなかったが、オリーブがわざわざ時間を取れと言っているのだから何かしら意味はあるのだろうと、リコリスは言われた通りディルを訪ねた。

 ディルの方もオリーブから、今晩伺うのでもてなしくらい用意しておけと言われ、仕事を途中で切り上げて帰ってきたほどだ。


「けどまさかその理由がお前だったなんてな」


「オリーブ姉さんって時々わざとか天然か、肝心な事を伝えてくれない時があるよね」


 四年ぶりのタイムとの再会に、二人はとても喜んだが、しかしそれはそれとしてオリーブの物の伝え方が悪かったと口を揃える。話を聞いて、マートルはさもありなんと頷く。


「あの人は自分の中で完結したことは、うっかり他人も同じだと考えてる節があるから」


「ああ確かに」


 タイムも頷き、だから苦手なんだよと付け加える。

 そんな話をしていると、先ほどの初老の女性が、来客だと告げに来た。噂をすれば影が差すとはよく言ったものだ。

 揃って玄関まで迎えに出ればやはり来客はオリーブとカレンだった。


「リコリス! 良かった伝言は届いていたようだな!」


 オリーブはリコリスの姿を見て無事話は伝わっていたなと満足気。

「今晩はオリーブ姉さん! カレン姉さん!」


「リコー!」


 リコリスがカレンへと飛びつくと、カレンは細い体で危なげなくリコリスを受け止める。

 特に仲の良かった二人は、互いの体温を確かめるように頬を擦り合わせ、鼻先を付けてお互いを見つめ合う。

 仲の良い妹達の様子に、ほのぼのとした空気が生まれる。


「いやあなごむわあ」


 ディルの言葉に、先ほどの事もあってか、冷たい目を向けるマートルとリコリス。

 リコリスはさりげなくカレンをディルから遠ざける。そしていやらしい目で見られやしないかとカレンの姿を確認し、顔をしかめた。


「カレン姉さんまた痩せた? 駄目だよ、せっかく姉さん可愛いのに」


「えへへへへ、ごめんね?」


 カレンは笑ってごまかそうとするが、リコリスは笑わないでとくぎを刺す。


「ごめん……あの、でもね、僕本当に大丈夫だよ」


 カレン自身は無茶をしてるつもりはなかった、けれどタイムの説得を受けてその考えを改めていたカレンは、もう無茶はしないと約束する。


「はあ、ま……タイム兄さんも帰って来たし、そうなのかもね」


「うん!」


 納得してくれたリコリスに、カレンは心底嬉しそうに笑った。




 オリーブがディルの家に呼んだのは、リコリスとカレンだけだったようで、六人そろったのだからとすぐに食事になった。

 食事中は四年の間にベラムの町で何が起こったのか、タイムが何を知りたくて施設を飛び出したのかを話た。ベラムで起きていたことは、それまでにタイムが調べた事とほとんど変わりは無く、新しい話は聞けないかと思っていた。

 食事後、ディルが男同士の話がしたいと書斎に呼ばれ、タイムはそれに従った。


「安心した……よく帰って来てくれた、タイム」


 二人きりになったことを確認して開口一番、ディルはそう言ってもう一度タイムを抱きしめた。

 二人きりになりタイムは自分がこの人にしてしまった不義の事を思い出す。


「……ごめん、セイボリーさんのこと……あと、学校」


「いいさ、あれはマザーが自分の所為だって言ってたから」


「ママが?」


「お前に言わなかったの、わざとだったってさ」


 それはマートルと共に予想していた事と同じだったが、それでもタイムは嬉しいような腹立たしいような気持ちに、ぐしゃりと顔を歪める。


「あの人だって普通の人だ。万能じゃないし、一晩じゃ決められない事もある」


「別に……責めてないよ。おかげで……俺はベラムから出て自分が誰なのか分かったんだ」


 セイボリーやディルに迷惑をかけた事は酷く悔しく悲しかったが、それでも、ベラムをあのタイミングで出なければ、タイムが師匠に出会える可能性は少なかっただろう。

 自分と同じ血を引く師匠との出会いが無ければ、セイボリーが病に倒れたと聞いても、すぐには帰ろうとは思わなかったかもしれない。

 師匠とはベラムと近い町、マロウスの手前で別れた。最後まで付いて来てくれるつもりだったらしいが、タイムはそれを固辞した。


 タイムにとって師匠の助力は間違いなく有力なものになっていただろうが、出来るなら自分の力でどうにかしたいなどと、不遜な事を思っていたから。今は少し後悔している。

 南を目指すと言っていた彼女はそのうちベラムに来る思うが、それでも、彼女がそうだと知らない限り、ベラムの町で会えていたかは分からない。


 後悔してもしなくても、マザー・フラックスがタイムに話さずにいてくれたのは、施設を飛び出すタイミングからして良かったのだ。

 問題なのは今直面している施設の問題に、タイムが今更口を挟めないと言う事。

 それが悔しい。もしタイムが自分の学力で中央学院に入学していたら、もしかしたら施設の評価はもっと上がっていたのかもしれない。


「……施設は、もうどうにもならないかな?」


 新しいパトロンになってくれる相手を探そうと考えていたが、ディルがまだあの施設への想い入れを無くしていないなら、もしかしてと思い問う。


「いや……マートルが俺に頼ってくれるなら、俺は何でもするつもりだよ」


 すぐは無理だけど俺頑張るよと、キシシと笑うディル。タイム無理でしょと首を振る。


「マートルは自分からは言わないだろうし」


 ディルに頼るくらいなら自分で何とかしてやると張り切り、空回るのがマートルだと、タイムは過去を思い出し首を振る。その返事に溜息を深々と吐くディル。


「だよなああああああああああああああ」


「頼って欲しいんだ?」


 つくづくと言った様子で吐き出し切ると、ディルは深く椅子に腰かける。

 ふてくされたように突き出した唇が、望と現実が違うことへの不満を表しているようだ。


「あったりまえだろ! 十年だぞ十年、十年間一途にアタックし続けて、ようやく手に入れたってのに、結局あいつ俺のことぜんっぜん好きになってくれないんだぜ? まだ俺努力足りない? こんなに頑張ってんのにさあ」


 十年前と言えば、ディルが学校に通いながらも、頻繁に施設を訪問しに来ていたころで、確か屋根瓦踏み抜き事件もこの頃だった屋根瓦踏み抜き事件の時、ディルはマートルを追い屋根に上ったのを思い出す。

 あれは悪戯の延長だと思っていたが、好きな女の尻を追いかけまわしていた結果なのかと、タイムは納得する。


「いや、あんたのやり方回りくどいし分かり難いし、下手したらいじめだったろ」


「そんなつもりなかったんだけど」


 あの時マートルは日記か何かを書いていて、それを読ませろとしつこく絡んだディルから逃げていたはずだった。

 思い返せば確かに、ディルはマートルを意識してそんな行動に出たのだろうが、それにしてもあれは酷い。

 マートルが飛び猫の性質で屋根に上りたがることや、その頃からディルに対してほのかに好意を抱いていなかったら、それなりに心の傷になっていたかもしれない。


「絡み方鬱陶しいし」


「あー、それマートルにも言われたあ」


 だろうなと肯定し、タイムは呆れの溜息を吐く。

 言われて納得するということは、自覚があったと考えていいのだろうか。だとしたらなかなかに図太い神経だ。


「まあ……好きな人に頼って欲しいってのは、分かる」


 タイム自身もマザー・フラックスに頼って欲しいと思っている。ディルにはタイムの気持ちが分かったのだろう。まるで兄貴ぶってタイムの髪をかき混ぜるように撫でて笑う。


「だろ? マートルだけじゃなくてさ、マザーや親父にももっと頼って欲しかったよ」


 返された言葉にタイムの気持ちも、ディル自身の気持ちもすべて含まれているようだった。

 自分達が青二才だということは重々承知でそれでも何かしらできることがあったのではないか、頼って貰えないのは相手の傲慢ではないかという拗ねた気持ちと、自分達の力不足への悔しさ。情けなさ。


「せめて今あいつらが笑ってられる場所くらいはな」


「うん……」


 頼って欲しい。共有できる思いがある事に、タイムは安心した。変な所でデリカシーないくせに、なぜこういう所は何処までも包み込むように受け止めてくれるのだろうか。

 などとしんみりした空気を、デリカシーの無いディルが理解するわけも無かった。


「ってなわけで! 俺からちょっとご相談が有るんだけど、いい?」


 にやあっと、いつも悪戯をするときに浮かべていた、懐かしいが恋しくは無かった笑顔を浮かべ、ディルはタイムの肩を掴む。


「嫌な予感しかしない」


 逃げられない状況に、タイムは心底げんなりと息を吐く。


「キシシシ」


 実に楽しそうな、歯の隙間から溢すような笑い声で、ディルはタイムの耳に口を寄せた。

お暇なら読んでいただけたら嬉しいな。

少しでも面白ければ★★★★★を押していただけたらと思います。

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