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7.幾つかの再会

 オリーブに勝手に決められたので、マートル達の家に世話になる事は決定してしまった。それなら仕方ないと一度施設に戻り、しばらくはマートルの家に居候する旨をマザー・フラックスに伝えることにした。


戻ってきたタイムと、それに同行するマートルを見て、マザー・フラックスは嬉しそうに顔をほころばせる。


「お帰りなさい二人とも」


「ただいまママ」


 マートルは時々帰ってきているので、マザー・フラックスは意外には思わなかったようだ。

マートルと一緒に手土産としていくつか買ってきた焼き菓子をマザー・フラックスに手渡すと、マザー・フラックスは少し困ったように笑った。


「俺が稼いで買ったやつ。せっかく帰ってきたんだし、贅沢も特別な日くらいいいでしょ」


 菓子は嗜好品だ。今の施設にそんな物を変える余裕があるはずもなく、自分達がいた時ほどろくに菓子も与えて貰えてないだろう施設の子供らの現状は分かっていた。それでもタイムはあえて甘い菓子を買って帰りたかった。


マザー・フラックスが大好物だったアーモンドの入った焼き菓子は、何時かタイムが就職した時に、マザー・フラックスに買ってやりたいと思っていた物の筆頭だったから。

 マザー・フラックスは困りながらも受け取り、子供らにきっちり人数分配った後、自分も一つだけ口にしてくれた。ほっと息を吐くタイムを、嬉しそうに目を細めて、マザー・フラックスは残りの菓子をしまい込んだ。


 タイム達は夕方まで施設で時間を過ごし、人手がある時にしかできないだろうことを少しだけ手伝った。今はマザー・フラックスと二人の元施設出身の姉達が住み込みで、施設の子供ら全ての面倒を見ているらしい。


「大変じゃないの?」


「大変だけど、やりがいはあるわよ」


 姉達は笑って返したが、タイムにはそれが強がりに聞こえた。

そして少し人手の必要な事を頼まれたが、壊れた納戸の戸は、タイムよりもマートルの方が器用に修理したので、結局タイムができることはあまりなかった。


 そろそろ帰る時刻になった頃、タイムは自分の不甲斐なさに溜息を吐いた。

役に立たなかっただけでなく、施設の子供らは、殆ど記憶にないタイムの事を物珍し気に、そして遠巻きにしていた。

帰りには手を振って見送る程にはなったが、まだマートル程は馴染んでいないようだ。

いつか絶対尊敬させてやる、と、ひそかに思ったのはマートルには内緒だ。


 その何時かが来るには、その何時かまでこの施設が残っている必要がある。


「やっぱり俺、この施設に残って欲しい」


「僕もだ」


 声が聞こえないほど離れても、手を振る姿はまだ見える。

ほんの半日にも満たない時間だったが、幼い施設の子らとの交流で生まれたのは、ただ自分の感傷だけでなく、幼い子供達が安心していられる場所を無くしたくないという思い。


「俺は……どうしたらいいのかな?」


 頼るようにタイムが問えば、マートルは少し考えて、分からないと首を振る。

マートルも既に考えて、考えて、今に至っているのだ。

 直接施設の存続にかかわる何かをすることはできない。それでも出来ることがあるならと、こっそり家を抜け出しては施設の手伝いに来ている。それが今マートルがしていることだ。

今日帰って来たばかりのタイムが、一体何をできるのか、そのスペックも心境も分からないのに、何ができるか分かるはずもないとマートルは答える。


「……ねえ、お前は何時から僕って言わなくなった?」


「……師匠に会ってから」


「そう」


 その問いに何の意味があったのか、タイムには分からない。

タイムが僕と言わなくなったのは、自分が自分であるために必要だと思ったからだ。


 自称に僕を使うよう教えられたのは、それがベラムの町での労働階級の人間の敬語に当たる一人称だったから。

誰かに雇われる人間が、自分を謙って指す言葉だと教わった。

何時か働くようになった時に困らない様、施設の子供達は皆僕と一人称を決めていた。


 タイムはいつしかその教えとは違う言葉を使うことを選ぶようになっていた。

師と慕うことになった女性は、淑女のように自分を私と呼び、自信のあるふるまいをしていた。それが理想と言うわけではなかったが、誰かに使われるのではなく、自分で考えて動く人間と言うのは、こういう感じなのだろうというモデルにはなっていたように思う。


 タイムは考える。自分の力で出来ること、カレンのようにただがむしゃらになるだけではなく、またマートルのように自分の立場に縛られ出来ることが無くならないように。


「……やっぱ、この町である程度の地位とか必要か? だったら」


 ぶつぶつと音に出して呟くタイムに、マートルが苦言を呈する。


「そういう話はいい。今はせっかく帰ってきたんだから、この町を懐かしむくらいしろ」


 悩みを聞かされ続けても気分が悪いだけだと、もっと明るい話をしようと話題を変える。


「じゃ確認、今日は家に来るんだろ? しばらく滞在もするってママには言ったよな?」


「オリーブに言われたし……カレンも来るって言うし……しばらくはゆっくり滞在もしたいし、世話になるつもりだよ」


 マートルはタイムがまたいなくなってしまうのではと思ったのかもしれない。信用が無いというわけではないだろうが、自業自得かとタイムは苦く笑った。


 マートルとディルの家に着いたのは、もう陽が落ちて、空の端にその名残が残る程度の時間だった。二人の家は別宅と言っていたが、夫婦二人で住むにはかなり大きな家だった。

広い前庭もあり、玄関の脇には使用人の控えの部屋もある。

 帰ってきたマートルを迎えたのは、きっちりと制服を着こなした初老の使用人で、まるでお小言でも言おうと待ち構えていたようだったが、マートルが背後に連れたタイムを見るや、苦々しい顔で何も言わずに口を閉じた。


「ほらね」


 とマートルは苦笑する。よほどこの女性は口煩いのだろう。

マートルは女性に、簡単な物で良いので来客用の食事を三人分、客室も同じだけ部屋を用意するように伝える。

突然の来客は困ると言わんばかりの様子だったが、それでも使用人としての立場をわきまえてはいるのか、彼女は了解をして深々と頭を下げた。妙に息苦しい。

タイムでさえそう感じるのだから、それこそ毎日この家に帰ってくるマートルはいかほどか。

 リビング兼談話室だと言ってマートルが案内した部屋には、すでに先客がいた。


「ただいま」


 部屋の中に向け言葉をかければ、すぐに返されるのは浮かれたような聞覚えのある声。


「お帰り俺のマートル」


 大きく両手を広げてマートルを抱きしめに来るその相手を、マートルは屈んで横に避ける。そのせいで勢いあまってタイムに抱きついてしまう。


「うげ、誰これー」


 自分から抱きついておきながら、男は気の抜けた声で驚く。


「うるさいよ、ほら珍しい客だよ」


「誰?」


 自分より頭一つ背の低いタイムを、思い切り抱き締めたまま、男、ディルがきょとんと瞬きをする。誰? と問いながらも手を離す気はないらしい。


「……誰だろうね」


 スキンシップは以前から激しかったので、特に問題は無いのだけど、流石に体格差も縮まった今では、随分と暑苦しく感じる。

呆れたようなタイムの態度に覚えがあったのか、ディルの顔が分かりやすく嬉しそうな笑顔に変わる。


「あタイムじゃないか! 久しぶりだな生きてたのか!」


「あんたほんとそういう所がさつだよな」


 元気だったか、何処に行っていたではなく、生きていたのかという言葉を選んでしまうそのデリカシーの無さは、以前と何ら変わらぬそのままで、懐かしさと呆れが口を吐く。


「そう? むしろ俺としてはお前の方がちょっとお行儀良すぎる気がするんだけど?」


 タイムはお行儀が良いと評された自分の行動を振り返りつつ、ディルの腕を解く。解いてもそのまま片腕は肩に乗せられてしまう。


「行儀良い? 自覚無かったんだけど」


「タイム兄さんは僕達のお兄ちゃんだからね、規範になってはくれてたよ」


 かけられた声は、マートルのものでもディルの物でもなかった。見ればリビングの手前のソファに腰かけた少女の姿があった。マートルが破顔する。


「リコリス、こんばんは、来てたのか」


 リコリスは花の様と称されるはかなげな笑顔を浮かべて立ち上がると、ディルと同じようにマートルに向かい腕を広げて飛びついた。

マートルはディルの時とは違い、小さな少女の体を受け止める。


 リコリスは小鳥のような少女だ。ふわふわとした亜麻色の髪に、長い睫毛が影を落とす象牙色の血の気の薄い頬。瞳はマートルの物よりも輝きの強い金で、襟足の鳥の尾羽によく似た縞模様の、長い羽が数本生えている。


「こんばんは姉さん、兄さん久しぶりだね」


「久しぶり、元気にしていた?」


 マートルはリコリスの頬に手を当て顔色を確認するように覗き込む。

きっとカレンの事があってだろうと、タイムは小さくため息を吐く。マートルは特に親しかった妹達の事が心配でたまらないらしい。

大丈夫だよと笑ってリコリスは頷く。そしてタイムへと視線を向け、そちらは何か言うことは無いかと視線で促す。

挨拶だけでは許してくれないらしい。視線の中に責める様な色を見て取り、どうやって誤魔化そうかとタイムは後ろ頭を掻く。


「久しぶり……でかくは、なってないな。でも少し大きくなってるか。栄養足りてるか?」


 リコリスはカレン同様昔から小柄な少女だったが、二、三歳は幼く見える華奢な体躯だ。

種族的なものかもしれないと、タイムはその体を観察する。


「気になるのはそこなの? もう……」


「いや、金の目雷鳥族は身長が特別低い種族でもなかったから」


 金の目と襟足の羽という特徴から、リコリスの片親が金の目雷鳥族であるのは確実だったが、さてもう片方は何だろうかと考えるタイムに、リコリスが呆れて溜息を吐く。


「あっそ、でももうちょっと、女らしくなったねとか、ドレス似合ってるよとか言いなよ、朴念仁。何で四年ぶりにかけられるのが、でかくなってないって言葉なんだよ」


 ぷくりと頬を膨らませるリコリスは、あざといが可愛らしく、タイムは苦笑しながらそんなリコリスの頭を撫でる。


「誤魔化さないでよ。もう」


 ディルはチラッとそんな様子を覗い、ついでにマートルの方も覗う。

その視線が向いているのは、気のせいでなければ鎖骨の下のなだらかな膨らみ。


「いやあ、でもさ、マートルもだけどお前も大きくはなってないもんな、仕方なくない?」


 視線に気が付き二人がディルから距離を取る。


「下衆」


「さいてー」


「デリカシーは無いな」

本日はここまで。

不定期更新なので、明日は幾つか?自分でも不明です。

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