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6.優しき猛牛

 昼食を終え、カレンは午後の仕事があるからと別れた。

やめると決めても強すぐにとはいかないので、これから調節していくという。具体的なスケジュールも決められたのは、マートル自身がカレンと同じ仕事を体験していたからだ。

人の事を言えないなと言うタイムに、カレン程毎日働いてはいなかったさとマートルは返した。

タイムのいない四年の間に、彼女達がどれほど大変だったのか、僅かだが察することができた。


「それにしても、さすがだな」


 カレンの仕事のことだろう。


「別に……カレンは言えば聞く奴だよ」


 カレンはただ駄目だと言うだけでは言うことを聞かない事がある。根本が同じところにあるタイムだから、カレンの感情がどう動いているのか分かり感情を誘導できた。

カレンに言っていた言葉の大部分は、タイムが自分自身に向かって言った言葉だった。


「で、この後あんたはどうするの?」


 墓参りも昼食も済んだ。タイムとしては色々見て回りたいところはあったが、久々の姉との会話も嫌ではなかった。

もし時間があるのなら、気になっている他の施設出身者に挨拶に付きあってもらえないかと言うつもりだったのだが。


「さてどうしようか。家に帰ってもきっとグチグチ文句を言われるだけなんだよな」


 マートルは時間は作れると答えるが、その作った時間の分後で文句を言われると渋い顔。


「兄貴は守ってくれないわけ?」


「目の届かない所で言われるのさ。行儀見習いも満足にできてない、どこの馬の骨かとね。まあでも言われても仕方ないとは思ってるんだ……実際淑女らしくするよりも走り回って仕事してた方が楽だったしな」


 髪を掻きながらぼやくマートル。

育ちが悪いと言われる事にはもう慣れているのだろう。実際マートルは同じ生活をしていたタイムやカレンよりもずっと乱暴な性格だった。

すぐに手が出るところや、勝ち気で喧嘩腰になりやすいのは変わらないように見えた。


「まあいい、言いたいやつには言わせておくか」


 今もこう。嫌味を言われたからと言って泣き寝入りする姉ではとないタイムは苦笑する。


「何処の骨かは分かったからね」


 まあねと答えるマートルの実に愉快そうな顔。その笑顔のままマートルはタイムの宿泊先を自分達の家にするといいと提案する。


「タイム、今日は家へおいでよ」


「考えとく。一度施設に戻る」


「僕らの家、場所は分かる?」


 家の場所と聞かれて思い出すのは、マートルのギフとなった商人の屋敷。町の南の方の、大雨が降っても水害の少ない高台にある。


「セイボリーさんの家じゃないわけ?」


「あっちは現当主が住んでるよ。旦那が別宅を借りて、僕らはそっちだ」


 追い出されたということだろう。

元々セイボリーが先々代と共に立ち上げた事業によって、ソレル家の家業を興したと聞いていた。

セイボリー自身が幼い時に苦労をしたからこそ、人には誰だって可能性があり、環境さえ与えてやればそれを発揮できると考えるようになったのだ。だというのに、そうしてセイボリーが苦労して得てきた物を、横からひょこりとかっさらって行っただろう、現ソレル家当主、セイボリーの甥に、タイムは少なからず苛立ちを覚えた。


「やな奴らだな、その新しい奴」


「……仕方ないさ」


 憤るタイムの口元に、マートルが手を掲げる。それ以上の悪口は無しだと言うように。

以前のマートルだったら自分以上に腹を立てまくし立てていたろうにと、タイムは姉の代わり様に違和感すら覚える。消沈。失望。諦観……さてどれが正しいだろうか。

 それとも、やはり自分とディルの婚姻が原因で、ディルの立場が一族内で弱くなっていることを気にしているのかもしれない。

タイムは昔から強気だった姉が、時折熱っぽくディルを見つめていたことを思い出す。口にこそ出さないものの惚れているのだ、この人は。


「あのさ、兄貴が次の当主になる事ってできそう?」


 施設のためと言うよりも、マートルのために出来ることは無いかとタイムは考える。

 マートルは直接できるとは明言しないまでも、可能性が全くないわけではないと言葉を濁す。ただし、その条件はあまりよくないと。


「現当主には今は奥方はいないが愛人がいる。そっちに子供がいるようなら、分からない」


「いるか分からないって事は、いたとしてもまだ人前に出るほどの年齢じゃないんだろ?」


「わからん、愛人は四十近い歳に見える」


 もし子供がいたとしたら、その子供に事業をつがせる前に復権をするべきだろうとタイムは考える。

それまでにタイムができるとは何だろうか。


「じゃあ、五年の内に、兄貴が復権することは?」


 仮定を一旦保留にし時間だけを訊ねれば、マートルはこれは分かると首を横に振る。


「無理だろう……ただ、可能性としては、リコリスが術師として大成できれば、施設に再び金を出してもいいと思ってもらえる、というのはあるんだ」


 ディルの地位をどうにかして、ソレル家にもう一度施設のパトロンとなって貰えるようにするには、すぐには難しいがそれ以外は可能性が無いわけではないとマートルは答える。


「リコリスか……メリットがあるなら孤児も養ってやるってこと? 性格悪」


「損得勘定も出来ないんじゃ、商人失格だから」


 ふいにマートルの言葉が途切れる。


「何?」


 タイムの背後、少し上へと視線を向けるマートル。一体何を見て言葉を失ってるのかと、タイムもその視線を追う。

黒い煙がもうもうと巻き上がって空へと延びていた。


「火事だ……」


 風向きが違うからだろう、匂いは届いてこない。気になるのはその煙が立ち上がる方向が、先ほどカレンと別れて来た場所の近くに見えること。

確かカレンは午後からは、工場の作業員用食堂の夜間営業の仕込みの仕事をしていると言っていた。


「戻ろう」


 マートルの言葉にタイムは無言で頷き踵を返した。


「嫌な予感がするな」


「それってカレンに何かってこと?」


「いや……多分カレンは無事だ。そうじゃない。これはただの火事ではないということだ」


 カレンは無事だときっぱりと言い切る割に、マートルの表情は硬い。

 マートルは服装のせいで走ることはできなかったが、それでもめいいっぱいに速く足を動かす。

焦る様な足の運びにタイムは何か慌てる理由でもあるのかと内心首をかしげる。

 火事には野次馬がつきものだが、煙の上がる場所まで向かう道すがら、人が増えていくのを感じる。

ただ普通の火事と違うのは、火事の現場以外の場所へと走る人が多く見れることだった。


「何これ……」


「……最近多いんだ……故意に火事を起こして、その近辺で窃盗や強盗をするのが」


「何それ? 計画的な放火なわけ? よくやるね」


 つまり走る者達は自分の店なり家の財産を守るために慌てて帰っているということか。

昼の休憩も終わり、気の緩んでいる時間を狙っての犯行だとすると、そうとう性質が悪い。


 窃盗も犯罪としては軽い物ではないが、それ以上に人命と財産両方に損害を与え、延焼の恐れにより、町全体に危険が及ぶ可能性がある放火は重罪だ。

罪が重複するだけでも罰は重くなるというのに、更にそれが重大な犯罪だと言うのだから、ただの金品目的の窃盗にしては、あまりにもリスクとリターンのつり合いが取れていないように見える。


「……分からないけど、多分……」


 言いかけるマートの声を、聞き覚えのある声が遮った。


「マートル!」


 頭が痛くなりそうな大きな声。振り返れば厚い布を重ねた、ヘンプの制服を着た町兵がいた。

大柄な体格で周囲よりも頭一つは高くすぐに目に飛び込んでくる。

 声を聞き確認するまでも無かったが、それでも姿をしっかりあらため、タイムは呻く。


「出た……」


「オリーブ、お前どうして」


 タイムとマートルにとっては同じ施設で育った姉、オリーブだった。

オリーブは人混みをその体格で押しのけるようにして道を作ると、真っ直ぐにタイム達へと向かってくる。

圧が恐いとタイムはさりげなくマートルを盾にする。


「どうしても何も、警邏だ、火事が起きたら現場周辺に急行するように言われている」


 仕事中だと言うオリーブ。怪しい人物を見なかったかと、職務も一応は果たす。

マートルは今の所窃盗に警戒する者達しか見ていないと返し、オリーブは納得する。

 相変らずな姉を前に、タイムは何も言う事なく黙って見ている。

一通りの質疑が終わってか、ようやくオリーブの目がマートルだけでなくタイムをとらえる。


「タイムか?」


 四年の間に身長も伸びたし顔つきも精悍になったと思っていたが、それでも会う人会う人、皆疑うことなくタイムだと気が付いた。こんな風に聞かれることはこれが初めてだ。


「……人違い」


 白を切る。しかしオリーブは納得しない。

大きな手が思い切りタイムの頭を撫でまわす。


「ぎゃ!」


 頭を揺さぶるように撫でられ、思わず悲鳴を上げるタイム。

オリーブは愉快そうに笑う。


「その悲鳴はタイムじゃないか! はは、まさか帰ってくるとは思っても無かったぞ!」


 そういう見分け方なのかと舌打ちし、タイムはオリーブの手を払いのける。


「チッ……はいはい、久しぶりオリーブ。で、仕事、放っておいていいの?」


 タイムの言葉にそうだったと、オリーブはすぐに顔を引き締める。


「ああいけない、すまないマートル! タイムはマートルの家に泊まるのか? だったら今夜訊ねる! カレンも一緒だ。それじゃあ僕は仕事に戻る! また後で!」


 仕事に戻らなければと言いながらあっとい間に駆け出して行ってしまうオリーブ。向かうは煙の立つ建物周辺。

不審な動きの野次馬がいないか探すのだろう。勝手にまくしたてるだけまくし立てて、タイム達の返事はろくに聞いて行かなかった。


 暑苦しすぎて疲れると、タイムはその場にしゃがみ込み溜息を吐く。


「あの押しつけがましさ、無理……何かもう泊まる先勝手に決められてるし」


「それは仕方ないだろ。良いじゃないか、家に来いよ」


 弟の言うことを聞いてくれないのはこの人も同じだったと、タイムは重ねて溜息を吐く。


「嫌だよ……まだ新婚なんだろ?」


「いや、流石に結婚して四年だ、新婚じゃない」


 四年と聞いてタイムは驚き顔を上げると、マートルは恥ずかしそうに視線を逸らす。

自分が出て行ってすぐなのかと視線で問うタイムに、マートルは頷き、仕方ないだろと返す。


「だから色々あったんだ。お前があの時一番の施設での希望だったのに、勝手に出ていくもんだから、その穴埋めのために義父さんやディルは奔走したんだぞ。あの時お前を中央学院に行かせる話すら出ていたって言うのに」


「それ初耳なんだけど?」


 学校には行きたいと、ディルやセイボリーに言った記憶はあったが、入学金や教科書を買う金はおろか、試験を受ける金も無いとタイムは分かっていたので、セイボリーが施設に寄付をしてくれた本と、ディルから聞く話の繋ぎあわせで独学で勉強をしていた。そんな自分が、まさか学校へ行ける可能性があったとは思ってもみなかった。

 驚くタイムに負けず劣らず、マートルも寝耳に水の様子だ。


「え? ママにはもう話は通してあったと聞いたんだが……」


「聞いてない」


 何故、そう考えてタイムは一つだけ思い当たる節があった。しかしそれはマートルに話していいことではないだろう。

タイムは話の矛先を逸らそうと、別の疑問を口にする。


「けどどうして俺が中央学院行かなかったこととマートルの結婚が関係あるわけ?」


 タイムの問いの何が問題だったのか、マートルの瞳孔が目に見えて鋭く細くなったかと思えば、今度は興奮に大きく開き、マートルは額まで真っ赤にして俯いた。


「それは……その、ディルが忙しいと僕と会えないから、その、一緒に暮らしてくれないかって言われて……籍も入れずに同棲は許さないって義父さんも言うし……」


「チッ……何だ惚気だった」


「お前が聞いたんだろ!」


 聞いたのは確かにタイムだったが、それでも人の惚気話なんてと更にわざとらしく耳の穴をほじる真似をする 。

わなわなと拳を握りしめ震えるマートル。

無事話の流れは変わったかと、タイムは話を少しだけ元に戻すことにする。まだ聞いておきたい事があった。


「で、リコリスは俺の穴埋め?」


「ああそうだよ、でもまさかお前に話が伝わってなかったなんてな……ああいや、手紙にはその事に触れていなかったし、もしかしたらとは思ったこともあったが」


 タイムはそれはもういいよともう一度話を逸らそうとする。


「単なる行き違いじゃない?」


「ああかもしれないね……ママは当時相当ショックを受けていたから」


 マートルの言葉は流すにはやや気になる物だった。

タイムがマザー・フラックスの元を離れることを、当時のマザー・フラックスは望んでいなかったのだろう。

今はもう頼ってすらくれないし、引き留めようともしないのにと、タイムは自分の胸に拗ねた気持ちがわき上がるのを感じた。

マートルの細い手が、タイムの頭に乗せられる。


「やはり唯一の肉親だしな、思う所は有ったのかも。あの人だって動揺することもあるさ」


 タイムは息を飲み、顔を強張らせる。

まさか知られていたとは思ってもみなかった。


「ディルから聞いた。僕らが聞かされていないのは、多分ママが僕らを慮ってだろうと。知ってるのはたぶん僕だけだ」


 マートルはタイムより先に答える。

その答えに安どし、タイムは飲み込んだ息を吐いた。


「そう、俺だけ血縁なんて、言えないでしょ」


「そうだな。今ならともかく、あの頃だったお前をうらやんでいじめてたかもしれないな」


「何する気だったんだわけ?」


「靴を屋根の上に隠すとか?」


「つくづく言わなくてよかった」


 軽口をかけてくるマートル。

その言葉はタイムを気遣っての物なのだろう。タイムは泣きそうに笑う。

マートルの言葉は軽口だったが、本当に起こり得たかもしれない事。

自分だけが特別だと思うことは、タイムにとって重荷だった。

 冗談だと後で付け足されても気まずい気持ちはすぐには消えず、タイムは自然とマートルから視線を外す。


視界の端で、妙に目に付く動きがあった。

 火事の煙を見て、自分の家を心配し帰る者はあらかたいなくなり、後は野次馬や通りがかりの者達ばかりだろうと思っていたが、その視界の端に映った人物は、火の手の上がる建物周りの「人」を観察するように見ていた。

火事の現場に居て、危険性のある火を見るでも、自分の住まう家を心配するでもなく、集まった見知らぬ野次馬を観察する者はあまりいないように思われる。だから、野次馬の群れの中に混じりながら、周囲を注視し、人を観察する様子が奇異に映った。

火事を見に来たわけではないのなら一体何で?


「そう言えばマートル……あんた何でこの火事を?」


 カレンは巻き込まれる心配はないと断言していたのだから、きっと他に何か理由があったのだろうとタイムが問えば、マートルは少し困ったように眉を寄せる。


「いや……ディルが気にしてるようだったから、つい」


「何だ、旦那のためか。お熱いね」


 明確な目的があったのではなく、旦那が気にしている火事について、少しでも情報が得られればと思ったのだろう。

やはりマートルは素直に言わないだけで、しっかりと旦那に惚れているのだ。

タイムは納得し、もう一度先ほどの怪しい動きをする事物に目をやる。


 目元に隈取りのような白い班が見える。髪の色もきっちりと白と黒と茶のストライプに別れた独特の色。穴熊族の特徴が一目でわかった。ごく一般的な人と言ったような、当たり障りのないシャツとジャケット姿。手首を細い帯でまとめているのは、何か手作業をする職業だからだろう。汚れてもいい灰染めのくすんだ作業用のジャケットとズボンだ。


 労働者……でもここは、北の工場地域じゃない。タイムにはそれが不思議に感じた。

 穴熊族の男はしばらく人混みを観察した後、一人の痩せ気味な羊族の男に目を止めていたかと思うと、それを最後にあっさりと火事を見物する野次馬の群れから離れてしまった。


「タイム、そんなに火事が気になるのか?」


 男を観察していたタイムに、マートルがそろそろ行かないかと声をかける。

タイムは男に感じた違和感を、上手く整理できないまま、仕方なく火事の傍を離れることに同意した。

元日にこの文章量を上げてるのって、暇だから?

いいえ、ずっと準備してたから。

おせちを家族に食わせる合間合間に投稿してます。

森野とといっしょにいると、三が日はフォアグラの鴨状態です。

常に何かを食べさせます。

森野はそういう生き物です。

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