5.馬車馬のように働けど
昼の仕事は終わったのだから、次の仕事までの間、どこかに食事に行こうとマートルに誘われ、タイム達は洗濯屋から少しばかり離れた場所で店を探す。
町の北側の店では、マートルの着ている喪服が目立ちすぎるとタイムが嫌がったからだ。
「気にするな、僕がこの格好で出歩いているのは、もうすっかり定着しているから」
「いや気にするだろ。……何で?」
「ん、まあ、旦那の家に対する当てつけだ」
何かしら婚家との間に確執があるらしいが、マートルはお前が心配する事じゃないとタイムの頭に手を置く。今ではすっかり自分の方が背も高いはずなのに、マートはタイムを変わらず弟扱する。
「心配位させて……」
「そっくりそのままお前に返すよ」
マートルの言葉にカレンまで頷くので、タイムはこれ以上聞くことができなかった。
「近くに居なかった奴には頼れもしないって? まあ妥当か……そういやカレンは今はオリーブのとこに世話んなってるって?」
「そう! オリーブ姉さん優しいよ! ご飯も美味しい」
大食らいのオリーブは、ただ食べるだけではなく、食べるなら美味しく食べるがもっとうだったため、施設でもずっと食事作りの仕事を任されていた。施設を出る年齢になっても、通いで食事を作りに来てくれていたことを思い出し、タイムはそうだろうなと頷く。
「食ってる?」
「いっぱい!」
「ならいい」
「えへへへへへへ」
嬉しそうにタイムに返すカレンだったが、タイムはそんなカレンの目の下に薄く隈ができてることに気が付く。
元々小柄であるがそれだけでなく体も細い。女性らしい体つきになっていてもおかしくなさそうな年齢だったが、カレンの体は少年のように細い。
食での栄養が足りているのなら、問題は睡眠時間や疲労だろうとタイムは考える。
マートルを覗えば、小さく頷きを返される。カレンがその体に見合わず、過剰に働き過ぎているだろうことは、すでに聞いていた。
「しっかり休む時は休めよ?」
「うん!」
打てば響くような素直ないい返事だ。だから言い方を変えてみる。
「働き過ぎてるようなら怒るから」
「それはやだ!」
カレンが慌てて首を振る。怒られたくないと慌ててタイムから距離を取り、マートルの後ろへ逃げ込むカレン。
悪いことをしたら分かりやすく逃げ込むのもカレンらしい。嘘が付けずに行動に感情が全て出てしまうような少女だ。そして人の感情に敏くもある。
タイムが何故カレンに対して怒ると言っているのかももう察しているだろう。隠れはするがマートルに助けを求めることは無い。
タイムは立ち止まり、やや睨むようにカレンを見れば、カレンは首を竦めつつも、その厳しい視線に向き合う。怒られる理由は分かっていても、自分にも主張をしたい事があるのだと、カレンは考えているのだ。
「働き過ぎてるって自覚があるんだな? カレン」
「……えっとね、少しだけだよ」
「駄目だろ、お前皆に心配かけてるじゃん」
「でも施設が」
カレンが何を言いたいのかは分かる。施設のために少しでも金を用立てたい。それはタイムも同じだ。しかしそれでカレン自身の健康が損なわれてしまうのでは意味が無いのだ。
「ママがそうしろって言った?」
「……言ってない」
「うん、だったらするな」
「でも」
「するな。逆に迷惑」
請われてもいないのに、する事ではないと厳しく諭せばカレンはそこまで言われる筋合いの事なのかと、潤む瞳をマートルに向ける。
「タイムの言う通りだな」
「何で?」
厳しい言葉にカレンの唇がわなわなと震える。それでも泣き言はぐっと我慢し飲み込む姿に、タイムもマートルも胸が痛まないわけではなかったが、ここで折れては元の木阿弥。
マートルはタイムに頼むと視線で続きを促す。
「働き過ぎてるってことは、お前が苦労してるってことで、ママはお前が苦労しないようにしっかり育てて来たのに、そのママの努力を台無しにする馬鹿な事だから」
「台無しじゃないよ」
「台無しだろ。ママはお前を潰すような真似してまで施設を存続させるつもりはない」
言いつつタイムは気が付く。それはタイム自身にも言えた事なのだ。マザー・フラックスが、どうしてもタイムに帳簿を見せなかった理由。血は繋がらずとも兄と妹として長く一緒に居たカレンが、自分自身をないがしろにしてまで金を稼ぐ姿を見ていれば、兄であるタイムも同じような事をしかねないと思ったのだろう。
実際タイムとカレンは、性格こそ真逆だったが、考え方の根本に根差すものは同じだった。施設に執着するのも、結局周囲の言葉よりも自分がやらなくてはという衝動に従ってしまう所も、それで人に心配をかけてしまうが、行動を改めることが苦手な所も。
「施設はもう閉園する。ママがそう決めた。だったらその金回りは全部ママが計算済みだ。お前が少し働き口増やしたくらいじゃ変わらない。無駄なことするな」
それはタイム自身が、マザー・フラックスに言外に言われた事。
「……無駄なの?」
カレンの目から堪えていた涙がこぼれる。
自分一人ではどうにもできないことは分かっていたが、それでも施設が無くなってほしくないと、どんなに足掻いて努力をしても、それを覆せない無力さを突きつけられて、たまらなくなってしまったのだろう。
タイムが苦い物を噛むように、顔をしかめ深く頷く。
「無駄。お前が苦労するならそれは無駄……お前が苦労じゃないって程度なら無駄じゃないけどね。金は……無くなるまでは結局必要だしさ、少しくらいはね」
それはタイム自身が言って欲しかった言葉でもあった。
頼りにならないと切り捨てられるのではなくて、少しくらいは役立っていると思って欲しかった。
「……苦労してない」
カレンは涙をぬぐいながら返すが、それが嘘の吐けないカレンの、下手な嘘だということはもうわかっている。自信のない言葉はとても小さく掠れている。
「働き過ぎなんだろ?」
「でも……」
「カレン、少しだけ仕事減らせ、そうしたら俺達も納得できるし、ママも心配しないで済む。お前のやってることも無駄じゃないって言える」
足掻きたい。無駄と分かっていても、一晩で見切りをつけるなんてやっぱり無理だ。
タイムはカレンの気持ちが痛いほどわかった。
「……お金」
「お前の稼いでる金は無駄じゃない、でもお前が苦労するとトータルでその苦労は無駄」
「分かんないよ」
「分からないのはお前がママの心を無視して、自分がやりたい事だけしてるから」
タイムがそうであるように。言葉の一つ一つが自分に跳ね返ってくるなと自覚しながらも、タイムはカレンの説得を続ける。
「僕……本当に苦労じゃないんだ」
「本当に?」
「うん」
苦労ではないと、カレンは繰り返す。気持ち的にはそうなのだろう。けれど同じ年頃の少女よりも痩せた体が、カレンの言葉を否定している。自分の姿が見えないほどに、カレンはただ一人で足掻いている。
「分かった、じゃあお前が苦労してないって思ってるのは認める。でも思ってるだけだと思うから、休むことを考えろ」
「働き過ぎ、怒んないの?」
「怒られる自覚はあるんだな?」
カレンは自分の返した言葉の意味を反芻するように、俯き拳を口に当てて考え込む。
「隈で来てる、前より痩せてる、手が痛そう、爪割れてるぞ……そんな姿、心配しないはずがない……だろ?」
一つ一つ挙げられた言葉に、カレンは自分の手を見る。水仕事や力仕事で罅や皸が出来、爪の割れた痛々しい手だ。
マートルが僕も心配だと続ける。顔を上げたカレンを、マートルが抱き締める。
「カレン……お願いだから、もっと自分を大事にしてくれ。施設の事も大事だけれど、お前が苦労をするのは、誰も望んでいないんだ」
「……ごめんなさい」
きっと今まで同じことをマートルは言ってきただろう。それでもカレンの耳には素直に届いていなかった。
タイムはそれがようやく届いたことに安どする。
「謝るんだったら本当に反省して、行いを正して、マートル達安心させろ。何をすればマートルは安心すると思う?」
タイムの問いにカレンは考える。
「うん……えっとね、今やってる仕事、一個辞める」
答えた言葉は、ずっとマートル達が引き出したかったものだ。
「うん……ありがとう」
マートルの言葉に、カレンは自分の行動がいかに自分勝手だったか気が付いたようで、また苦し気に瞳を潤ませた。
「姉さん、兄さんごめんなさい」
こちら、実は以前書いたやつの焼き直しなので、今月中に終わらせる予定。
お暇潰しにでもどうぞ。




