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4.居てもいい場所

 マートルが向かったのは、町北にある工業地帯の端。従業員の居住地が密集している辺りだった。案内された建物にかかっている吊り看板を見れば、ウォッシュという文字と、服を簡略したような絵が描かれている。洗濯屋だ。

 タイムは施設に居た時は一度も利用したことは無かったが、当時も一人身の労働者はよく世話になる施設だと聞いたことがあったし、ベラムを飛び出してからは何回か利用したこともあったので、すぐに合点がいった。


「ここだよ。たぶん今の時間だったらここ」


「結構湯気出てんな」


 タイムは突き出る煙突を見て洗濯屋なのにと首をかしげる。朝夕は涼しいとはいえ、この時期は日中の陽のある時間はまだ温かい。わざわざ燃料費をかけてまで湯を沸かして使う理由が分からなかった。

 不思議そうに首をかしげるタイムに、マートルは苦笑しながら建物の中へと案内する。作業台が並ぶ広い部屋手前には、一応受付のような場所があったが、そこには工場の名前と数字の書かれた書類が束で放り出されているだけだった。


「強い汚れは煮て洗ってるんだ。冬はいいけど夏は暑苦しくて地獄だぞ」


「へえ……」


 建物の間口は広く開け放たれているが人の気配はない。手前の建物はどうやら受付のためだけらしく、奥へと続く扉が有った。


「時間からして、午前と午後の入れ替え時だったかも。そこの鐘打って待ってれば来るよ。それよりも、リコリスはお前の代わりに学校に行くことになったんだぞ? もっと言うことあるんじゃないか?」


「俺の代わり?」


 人が来るまではたわいもない会話。マートルは言葉を止める気はないらしい。


「セイボリーさんはお前に一番期待してたんだ」


「あー……そんな気はしてた」


「なんで飛び出した?」


「種族的本能、だと思う、多分」


 目を合わせずにタイムは答える。知りたいと思う気持ちが人より強いのも、感情に自制が利きにくいのも、自分のもう片親の血が産んだ衝動だったとタイムは答える。


「自分の種族が分かったのか?」


 角は無いとはいえ、巻き毛や垂れた長い耳と一部眠り羊の血が外見に出ている以上、外見からの判断は難しかった。しかしタイムは運に恵まれたのだ。


「同じ種族の血を引く人と出会った。師匠になってもらって色々教わったんだ」

 タイムは思い出し目を細める。自分と変わらぬ歳だというのに、自分よりもよほど物を知っている人だった。


「何という種族?」


「師匠は吼え馬のはぐれ者。俺と同じ血を引いてる方の片親が天眼火の鳥族だった」


「聞いたことが無い」


 だろうねと苦笑し、師から教わったことをそのまま口に出す。


「ずっと南の地方の種族で、寒さに極端に弱いから、雪の降る地域には滅多に来ないって。多分俺の親父と師匠の母親は親戚関係にあったんだろうってさ。師匠の母親は、希少な人種で、しかも特異な能力を持っていたから、誘拐されて人買に売られそうになってこの地域まで来たって話だった。父親は人を探してこの町へ来たってのは、母親の知り合いだった人に聞いた。そして冬に風邪からの肺炎で亡くなってる。母親は過労」


 人買の話を聞いて、随分と数奇なものだと驚くタイムに、師はそういう理由でもなければこんな所にいるはずもなかったのだと答え、だからこそ自分もタイムもそれまで暮らしていた場所を飛び出したのは必然だったのだろうと言った。


「ちなみに、あんたはたぶんマロウスの回廊の守護者、飛び猫族の血を強く引いてるよ。母親の方は眠り羊族の混ざり者だったんだろうけど、マートル自身はほぼ飛び猫族の特徴」


「マロウス……随分と、はは……近いな」


 先ほど墓地の傍で切り上げ、保留にしていた話を掘り返したタイム。ほんの数日で辿りつける場所に自分のルーツがあると知り、マートルは驚き苦笑する。


「好奇心が強くて人の言うことを聞かない性格と、俺達にはおいそれと真似できない身軽な身体能力。でもスタミナや平均以上の腕力ってのは無いだろ? 眠り羊にある角も無いしあと、目。マートルみたいな暗闇で物を見通せる種族って滅多にいないんだよ」


「お前は笑えるくらい夜目が利かないからな」


「茶化さないでくれる? 天眼火の鳥族は太陽と共に生きる種族だから」


 茶々を挟むマートルに、タイムはむっと唇を尖らせ黙り込む。饒舌な言葉が途切れてしまったことに慌てて、マートルはすまなかったと何度か繰り返す。まだタイムから聞きたい事があったのだ。何度目かの謝罪をした後、不意にマートルが黙った。タイムが様子を覗うように横目に見れば、マートルは自分の爪先に視線を落して小さく口を開いた。


「……飛び猫族の血は強いか?」


 その一言が本当に聞きたい事だったのだろう。


「強い。元々族長種族だから」


「……そうか」


 自分が旦那の子供を産んだ時に、どういう種族で生まれてくるのか、自分と同じように混ざり者、はぐれ者として生まれるかもしれない不安が、マートルにはあるのだろう。


 族長種は特定の集落で族長として君臨する種族の総称だ。その血に影響された子供の生まれやすさゆえに、種族が絶えず、人数も多い。だからこそその中から集落を纏める長を輩出することができる。

 マロウスの族長種である飛び猫族は、町の人口の三分の一近い数を占める。

 他の種族と婚姻を結んでもその種で生まれてくることがほとんどだった。


 タイムの答にマートルは仕方ないのかと呟くと、片方の掌で顔を覆った。

 タイムにはその理由が十分に理解できた。だからこそ、あえてマートルに答えたのだ。

 まだ話は終わっていないとタイムは更に続ける。


「でも穴熊とは相性がいい。あんたは母親が誰だったか分かってる。父親が完全に飛び猫だったとしても、濃くても半分だろうから、複数産めばほぼ穴熊種で生まれてくる子は確保できる。運が悪くてもたぶん三人くらいだな」


 皆まで言わなくても、マートルが何を心配していたのか分かってるしと、タイムは意地悪く笑う。

 夫婦の悩みを見透かされる気恥ずかしさに、マートルは舌打ちをする。


「マロウスの飛び猫族の次に多い種族は、火の穴熊族。ベラムでは一番多い族長種だよ。ベラムでレンガを基礎に使った建物が多いのは、この火の穴熊がレンガ造りや建築に長けてるから。火難に遭い難くて土をいじるのが得意。火の穴熊がマロウスに定着してるのは、飛び猫と子供作ってもきっちり生まれるから。セイボリーさんは火の穴熊族だし」


 マートルが跡継ぎを産めない可能性があるが故に、その旦那の一族での地位が低く置かれている可能性もあるとタイムは考えた。そしてマートルの態度にほぼ確信もしていた。


「でもまあ、家業的に別に穴熊である必要は無いだろ。火の穴熊は火を使う仕事の安全のために望まれるもんだし」


 だから大丈夫とタイムは繰り返す。

 たとえマートルの夫の家族が火の穴熊ではないと忌避しても、仕事には関係ないと、自分が愛した女のここそが我が子であり、後継者だと言えるのが、マートルの夫だ。


 やけに悪戯好きでガキ大将気質ではあったが、セイボリーの息子は頭の作りは悪くなかったし、時には大人を軽々と出し抜いていた。度胸もあったのでセイボリーと一緒に商売の場に出ることもあると聞いていた。マートルの直接的な弟分として、良くも悪くも、タイムは随分と可愛がられたものだった。

 あの人が自分の意志でセイボリーの後を継がないはずもないと、そう確信できるくらいには親しかった。ふっと思い出す。


「そういえば旦那、名前なんだっけ?」


「お前なあ」


「俺あの人のこと兄貴ってずっと呼んでたから。ママもご子息としか言わなかったし……」


 言われてマートルも気が付く。セイボリーの息子は、殆ど名前を呼ばれることは無かった。施設でのみだったのか、普段もそうだったのかはタイムには分からなかったが。


「そう言えばそうだったな。ディルだよ」


「覚えた」


 と言うよりも、それを本人から聞いた記憶がタイムにはあった。


「思い出した、名前を呼ぶと駄目だって言われてた」


 記憶ではタイムの部屋で、部屋にマートルやカレンやオリーブと一緒に居る時に、こっそりとディル本人から聞いていた。確か一人で寂しいと泣くリコリスをあやしている時に、ディルが泣き止んだらとっておきの秘密を教えてやると言って話したのだった。


 結局それの何処がとっておきだったのかは分からないが、ただなんとなく、自分達六人だけの秘密ができた事が嬉しかったのを思い出す。


 ディルが名前を呼ばれないようにいていたのは、子供達との差別化を図るための物だったのだろう。同じ場所で過ごしても、ディルはやはり違う地位の人間だったから。

 しばらく話をしていると、ようやく仕事の引き継ぎが終わったか、奥の部屋から一人女が出て来た。マートルとも顔なじみだった初老の女性は、待たせちゃったわねと申し訳なさそうに謝るが寧ろこの時間だからこそ、マートルは待っていようと決めたのだ。


「カレンの仕事もう終わりですよね? 呼んで来ていただけますか?」


「ええ、すぐに」


 仕事の引継ぎをし帰る時間。女性が奥の部屋へと小走りに消える。建物の外がにわかに騒がしくなってきたのは、従業員用の通用口から、ちょうど仕事終わりの者達が出てきたからだろう。

 外で待つか、このまま室内で待つか二人が言葉を交わしあってると、女性の向かった奥の作業部屋から体重の軽い駆け足の音が聞こえて来た。


 騒がしい声でめいいっぱいにマートルを呼ぶ声が聞こえた。


「ねーさーん! マートル姉さん! 終わったよー! あああああああああああ!」


 喜びに弾んでいた声がにわかに悲鳴に変わる。声の主にタイムが振り返るよりも一瞬早く、少女の声がタイムの名前を絶叫した。


「タイム兄さん!」


 耳が痛くなるようなその声に、うんざりとタイムは耳を塞ぐ。

 両手の塞がったタイムの腰に、ドーンと軽いが強い衝撃が走った。


「久しぶり、相変わらず煩い」


「生きてた!」


 タイムの腰元に、前のめりに理に飛びついて来たのは、いっそオレンジにも見える明るいブランヘアーの頭。

 見下ろせばきっと睨むような目でタイムを見上げるカレン。

 カレンはちょっと小柄な体でめいいっぱいにタイムに抱き付き、ぎゅうぎゅうと締め上げてくる。


「そりゃあね……あと苦しい。痛い。ちょっと力強くなった?」


 タイムの苦情を聞いているのかいないのか、腕の力を緩めることなく、カレンは目を涙で濡らす。

 零れそうな目ん玉だなと、言いかけて飲み込む。多分茶化したら大泣きされる。


 カレンが大げさなのは今に始まった事じゃない。「よかったあ」と泣いて額を擦りつけてくるのも、懐かれて悪い気はしないけれど、ちょっと大げさだなとタイムは思ってしまう。


「泣くほどのこと?」


「ことだろ、お前自分が何しでかしたか分かってないの?」


 タイムは大げさだと思っていたが、どうやらそれはタイムだけの様で、マートルはカレンの方に賛同すると、呆れたように息を吐く。


「え、嘘そんなに?」


「そんなに」


 施設を飛び出したのは正直悪いとは思っていなかった。

 タイムとしては必然な事だと思っていたのに、その必然を肯定してもらえず、責められるとは思っていなかったのだ。


「僕凄く心配してたんだよ! 兄さんがいなくなったから、ママもセイボリーさんもすっごく心配してて、毎日大変だった」


 ぼろぼろと涙をこぼしタイムに縋るカレン。

 爪が白くなるほどにきつくシャツを握り締めるのは、そうしていないとまたタイムが何処かに行ってしまうと思っているかのようだ。


「書置きしてたろ」


 タイムは施設を出る時に、マザー・フラックスとカレンに当てて手紙を書いていた。

 必ず帰ってくるとは約束できないが、それでも探してる物が見つかったら報告をするつもりはあると、今思えばあまりにも無責任で抽象的な手紙だったが、それでも四年経ってもはっきりと文面を思い出せるほどに、悩み考え抜いて書いた手紙だった。


「何処に行くとかはっきり書いてなかったもん! それに一晩で町出てっちゃうなんて行動力在り過ぎだよ!」


「準備したから」


 準備を始めたのは十二になってからだったので、一晩で施設どころか町からも出ていくことができたのは、数年がかりの準備の結果だ。寧ろ誇らしいとばかりに口の端を持ち上げるタイムに、マートルが呆れたと肩を落とす。


「そういうことにばっかり積極的だなお前」


「……そう?」


「自覚無しか」


「まあ自分がやりたい事にだけ積極的ってのは認める」


 自覚はある、しかし責められるとは思っていなかった。

 タイムは自分が他人の気持ちを蔑ろにしがちなのも分かっていた。孤児である自分は、自分の身の置き場所が分からなくなった際、自分の考え以外に頼れなかったからだとタイム自身は思っていた。

 きっとそれはマートルやカレンも同じだったはずなのに。


「兄さんは、施設嫌いだった?」


「嫌いじゃなかったけど、違うなって」


 カレンの問いに、上手く返せず言葉を濁す。

 嫌いならば帰っては来ないし、施設が無くなると聞いてそれを阻止したいとは思わない。それでも、施設が完全に自分の存在の肯定をしてくれる場所ではなかったなとタイムは苦く思う。

 きっとそれは、マザー・フラックスの血縁である自分だけが思うことなのだろう。

 マザー・フラックスが言っていた通り、本来なら彼女がタイムの個人的な後見人となるべきだった。しかし、彼女はタイム一人よりも、その他多くの孤児達を選び、タイムをその中の一人として扱った。

 恨んではいないけど、やっぱ自分だけの、自分のルーツが欲しかった。同じようで違う境遇の兄弟他達には説明しがたい心境だ。

 カレンが一層苦しそうに眉をしかめる。


「僕は兄さんのいない施設の方が違った」


「悪い」


 カレンはタイムに本当によく懐いていた。タイムも懐かれ頼りにされることに幸福を感じていた。自分を肯定してくれる存在として依存していたとすら思う。


 カレンがいたからこそ、マートルに自信をもって話していたと言われるタイムでいられた。その自覚はもちろんあったし、今もこうして泣き付かれていることに罪悪感以外の喜びも感じている。それを自分勝手に切り捨てたのだから、責められても仕方がない。

 謝れば、カレンはむうっと唇を突き出す。言葉だけの謝罪だと思われたのだろう。実際タイムは申し訳なく思いはしても、やはり本能の方が強かったのは仕方ないと感じていた。


「うん、悪いよね……あのね、僕もうこの仕事は終わりだけど、別の仕事あるから、まだゆっくり話せないけどね、でもね」


 タイムが素直に本心から謝る事が無いだろうことは、付き合いの長さからカレンにも分かっているようで、怒ってはいたが、これ以上責めるのは止めておこうと深呼吸をし、話題を変える。

 こうした諦めと切り替えの速さも相変らずカレンらしいと、タイムは少し安心して、自分のよりも小さな頭を撫でた。

 気持ちよさそうにカレンは目を細める。


「ん、時間ができるまで待つ。ずっとこの町にいるから、お前のやりたいようにやりな……終わったら、時間いっぱい作って、話しするから」


「うん!」


 満面の笑顔で答えるカレンとは対照的に、マートルが聞こえよがしな溜息を吐いた。

スマホで穴熊って打つと、穴熊の絵文字が出てくるので嬉しいです。

でもなろうには反映されません。

残念。

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