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3.子ら

「義父さんって? あんたいつの間に養子になったの? しかも女みたいな恰好をして」


 墓石を見下ろしながら問う。マートルの持って来た花束と並べて、自分の持って来たしょぼい花束を墓石に供えながら、タイムは呆れた様子でマートルを見上げた。

 マートルは肩眉だけ顰めた器用な表情で、呆れとも苛立ちともつかないため息を吐く。


「僕は元々女だ。お前人の事なんだと思ってんだよ。結婚したんだよ」


 マートルは言うが、昔から妙に闊達で自分よりもよほど男らしい男の子のような姿しか思い出せず、タイムは本気で理解できないと首をかしげる。

 自分よりも腕力自体は非力だったはずのマートルに、タイムは一度たりとも勝てた覚えが無かった。誰よりも率先して野に駆けだし、木に登るのも川を泳ぐのも一番、二番を争っている少女だったのだ。


「……女らしい所なかったじゃん」


 四年前の自分を思い出して見ろよとタイムに言われ、マートルは少し黙った。立ち上がってさらにじいっと覗うタイムの顔面を、掌で押しのける。


「うるさいな。良いんだよ、それでも貰ってくれるアホがいるんだから」


「自分の旦那だろ?」


 結婚したという物好きは、タイムにも心当たりがあった。セイボリーの歳が行ってからようやくできた一人息子だろう。かなりやんちゃが激しく、セイボリーが躾のためと言っては施設に連れて来て、施設の清貧な生活を体験させていたこともあった。マートルと一番、二番を争っていたのはそのセイボリーの息子であることが多かったか。


 アホと言われれば、確かに、地頭は悪くはないだろうと思わせる言動は多かったが、その根本は何処までも楽天的で悪戯好き。好奇心の塊のような少年で、至らない事をやらかしては、タイム達がその尻拭いをさせられたことが何度かあったのを思い出す。

 屋根の上に登って瓦を踏み割り怒られた時などは、タイムは何も関わっていないにもかかわらず、一緒に頭を下げさせられたのだった。


「まあ確かにあの人はかなりアホの部類だったとは思うけど」


 でもとても良い人だった。父親に似て、全ての人間には可能性と価値があると信じて疑って無い人だった。あの人がセイボリーの後を継いでいたなら、間違いなく施設の運営に必要な金を、今も寄付し続けていただろうに。

 若いからか、それともただの一時的な物なのか、セイボリーの後を継いだのはその人ではなかったのだけど。


「だろ……僕なんかを嫁にしたいって言い出して、そのせいで立場無くしてるんだ、アホとしか言いようがないよ」


 タイムの考えを察してだろうか、マートルが俯き声を低くする。


 孤児であるマートルには地位も財産も後ろ盾と言えるようなものは何もない。それどころか自分の種族すら分かっていないので、将来的に子供などにも不安が出てくる。

 混ざり者の出生の不明な者を配偶者にするということは、社会的な信用を失う可能性もある行為だということを、混ざり物の子供が多い孤児と接してきて、分からなかったはずはないだろう。


 セイボリーの息子は、それでもマートルを選び、結婚したいと思ったのだとしたら、それは何とも感動的な純愛だが、社会的地位のある人間からしてみれば、何とも愚かな行為だと取られる。

 愚かな当主は要らないと、ソレル家は判断したのだろう。


「施設のこと……」


 言葉を探してタイムは空を見る。もし言葉選びを間違えたら、マートルとセイボリーの息子が結婚なんかしたから、施設は今窮状を迎えているのだと捉えられかねないと思った。

 二人が施設をないがしろにして、二人だけの自己満足のために結婚なんかするはずがない。

 マートルは弟であるタイムに対して横暴ではあるが、タイムが風邪を引けば寝ずの看病だって引き受けるし、セイボリーの息子は木登りから落ちたタイムを背負って医者に駆け込むような人柄だった。他人を犠牲にできる性格ではないのを知っている。


「ああ、あれは元々セイボリーさんがいないんだったら、あいつが継いでも金を出させはしない、って一族郎党で結託してたみたいだ。そっちは関係ない……もっとも、口実にはされてる可能性はあるが」


 言いかけた言葉に気が付いたか、自分のためと言うよりも、旦那の名誉のためだろう。それでも結局嘘は吐けない性格の所為か、上手いフォローにはなっていない。

 自分でもそう思ったか、言ってマートルは顔をしかめる。以前のマートルなら、ここでさらにそのセイボリーの息子を差し置いて、そんな重大な事を決めた一族郎党とやらに毒を吐きそうなものだったが、しかしマートルは苦い物を飲み込むかのように言葉を飲み込むだけ。


「あんたらしくないな」


 勢いがない。もっと後先考えず喋る様な感じだったじゃないか? と暗に問えば、マートルは肩を竦める。

 セイボリーの墓石に背を向けるマートル。もう墓参りはお終いらしい。


「大人になったんだよ」


 後先を考えるようになったのなら、確かにそうなのだろう。


「やっぱりらしくない……」


 歩き出したマートルを追いタイムも墓を後にする。振り返っても何かしら発見があるわけでもなく、ただそこには石と花束があるだけ。感傷に浸れるほどの何かも無い。

 まだ施設の方が、セイボリーとの思い出があると、タイムはぼんやりと考える。


 小高い丘にある墓地からは、ベラムの町が良く見渡せた。褐色の屋根瓦が並んでいる。

 建物の間には大小の運河が蜘蛛の巣のように流れているのが見える。船も大きい運河には大きい船が、小さい運河には小さい船が浮かんでいる。

 雨の多い時期がある為屋根は尖った形をしている。水の傍だからか土地が低いからか、冬場は湿気を含み酷く冷えるため、室内暖房の煙突がたくさん並んでいる。

 遠くに他の建物よりも高く飛び出した時計塔が見える。時計の針は正確に動くが、何故か不規則に時刻を告げる鐘の音はやたらとひび割れて悲鳴のように聞こえることから、お化け時計塔と呼ばれる時計塔だ。 

さらに向こうにには緑の深い公園のような場所。その中に白亜の建物群が見える。あれは中央学院と呼ばれるベラムの町営の学校。

 角度は違えどどれもよく見た光景だった。


 四年前まではこれが当たり前の光景だった。

 他所の土地ではこれは当たり前ではないと知った。

 セイボリーはタイムに、何時か見聞を広めるために町を出るのもいいかもしれないと話したこともあった。まさか勝手に一人で施設を出ていくとは思ってもみなかっただろうが、その言葉が有ったからこそ、タイムはベラムを出て外に自分のルーツを探しに行こうと思ったのかもしれない。

 タイムが過去の記憶を見ていると、マートルが振り返る。


「お前だってさ、お前らしくないよ。お前、そんなに自信なさげな奴だったか? 口が少ない時は有っても、話しを振られれば自信持って何でも喋ってたろ」


「自信は落してきた」


 ふっと、またあの笑顔が思い出される。


「何だそれ……なあ、カレンにはもう会った?」


 マートルも同じ物を見て育ったのだから、思い出す人物も同じだったのだろう。

 懐かしい名前にタイムは少し口の端を持ち上げる。マートルならばきっと妹の居場所を知っているのだろう。

 タイムは期待を込めて答える。


「いや、今日の昼前にこっちに着いたばっかだし」


「そう。だったらおいで、会わせてあげる」


 やはりだ。タイムは迷いなく歩くマートルに素直について行く。

 マートルが向かうのは先ほどタイムが帰った施設のある方角。町の北。


「あいつ今何してるの?」


「料理屋の手伝いとか、洗濯婦とか、掃除婦を掛け持ちしてる」


 聞けば毎日二つないし三つの仕事を掛け持ちしているらしい。場合によっては日雇いの別の仕事も入れることがあるのだとか。


「馬鹿だろ、いくら何でもやり過ぎ」


 体は小さいが体力も力もあった。ちょこまかよく動くし頼まれ事を断れない性格でもあった。誉められるというのが何よりも嬉しいらしく、施設の手伝いは率先してやっていた。

 仕事を掛け持ちしているというのは、カレンらしくもあったが、それでもろくに休みも無く日に三つの仕事は多すぎる。

 呆れるタイムにマートルは仕方がないと肩を竦める。


「そうでも無きゃ、施設に金を入れられないとね、止めても僕らの言うことは聞かない」


「リコリスは? カレンと一番仲良かっただろ?」


 カレンと同じ歳で、ほんのわずかに誕生月が遅いことから、自称カレンの妹を名乗っていた少女だ。頑張り屋のカレンに対して、とにかく寂しがり屋だが要領の良かったリコリスは、甘える反面カレンの至らない部分をフォローすることも多かった。


「リコリスは才能を認められて、今はベラム中央学院で見習い術師してる。カレンの事は心配してるみたいだけど、リコリスも学業があるからね。カレンが時間を作らない限り、直接会って話してる余裕はないと思う」


 マートルの返した意外な答えにタイムは素直に驚く。ベラム中央学院は、主に貴族や金のある家の子供らが所属するような学校だ。

 読み書き計算などの基本的なものではなく、歴史だったり自然科学のような学問の他、例外的に金もコネも地位も無くても、特別な才能のある者だけが使える技術である呪術を学ぶ事が出来る、ベラム唯一の機関でもある。


「あいつが術師?」


「そう。才能があるとは思っていたけどね」


 ふふと音に出してマートルは笑う。

 呪術を扱うことのできる術師という技術職は、殆どの場合一つの町に十人も居ない。それはその技術を習得するのに、呪術の源である「何か」を見る目や感じる何かしらの五感が必要になるからで、その目等は生まれ持っての才能だからだ。ベラムはそういった子供が他の町よりも生まれやすく、町営の中央学院は他の町に派遣できる人材の育成として、呪術者を目指す学生に無償の奨学金を出していた。


 昔からリコリスはタイム達には見えない何かを見ていたとマートルは言う。

 タイムが思い出してみれば、そう言えば昔からリコリスは時々怖いお化けがいると、夜にタイムとカレンの部屋に逃げ込んできていた。そしてカレンや隣接する部屋の姉達が慰めて夜まで一緒に居てやった。


「……じゃあ、オ、オリーブは?」


 そんな姉達の一人で、カレンやリコリスとも仲が良い一人を思い出し、タイムは彼女ならばどうだと問う。カレンが無茶をすると諌めることもよくあった姉だ。


「お前相変らずオリーブが苦手なんだな?」


「あいつはだって、無駄に自信過剰なんだよ……でかいし」


 タイムより頭三つは高かった大柄な姉。豪快で優しくはあるが、自分ができることは他人も出来ると思い込んでしまう節があり、出来ないと情けないと言われてしまうので、タイムはとにかく苦手だった。あの腕っぷしに敵うはずもないというのに。


「はは、オリーブはタフだしね。カレンの身元引受たのがオリーブだ。あいつはあいつらしく町の警備兵をしてるよ」


 並の男よりも腕っぷしの立つ姉の姿を思い出し、らしいなと思わず頷く。


「千嚇黒牛族だしな」


「何だって?」


 タイムの言葉に、今度はマートルが聞き返す。

 墓地の敷地を隔てる門をくぐりながら、タイムはチラリと警備員の姿を見やる。長く後ろに伸びた角、体格は細目、、揉み上げから続く髭の剃り跡、目を見れば瞳孔が横に長く、まとめた髪から垂れ下がった耳が零れている。

 タイムはゆっくりと息を吐き出すと、自分の脳味噌の中身を探るように軽く上を向く。思い出せることを一つひとつ口にする。


「種族名。ほら、あの警備のおっさんはたぶん鳴き山羊族。警笛みたいな大きな声で鳴いて、同種族、もしくは類似種族同士のコミュニケーション取るのが得意。警備を任せるなら彼ら、って言われる種族。主にシフレ山周辺に集落を持ってる。同種族か類似種族同士じゃないと子供は生まれない、血が弱いって言われる種族」


 マートルが言葉を失っているのが分かっていながら、更にタイムは続ける。


「センカククロウシ族。多分オリーブの種族。赤い角と黒い剛毛、女性でも大柄な体格に吼える様な声。身内意識が高くて敵に容赦しない。怪力と驚異的なスタミナを持つ種族……主な集落は、よく分からないけど、この辺りの種族じゃないのは確か。もう少し南の方の乾いた土地って聞いたかな。大食らいで大酒飲み。体格を維持するための食事を摂れないと衰弱するっていう、種族的な欠点があるらしい」


「お前それ……」


 ようやく絞り出した声でマートルが問う。

 先に進んだタイムに追いつきタイムの肩を掴む。

 タイムはしてやったりと口の端を持ち上げ笑う。自分がそうだったのだから、きっと同じような境遇であったマートル達もそうだと思っていた。

 自分が何者であるのかを知ること、それは得難い奇跡のように感じるほど、望焦がれていた事だった。


「俺が四年間で学んだこと。今ならあんたの種族も分かると思うよ」


 マートルの金緑の目が、限界まで開かれる。瞳孔が興奮で大きく広がる。


「……ほんと?」


 白い頬が一気に赤味を増す。期待と焦燥と、そして若干の恐怖がその目に見て取れる。


「結婚したんだったら気になってるでしょ? 子供作る時にネックになるもんね」


 キシシと噛んだ歯の隙間から漏らす笑い声に、興奮していたマートルの目がすっと細くなる。容赦なくタイムの頭上にチョップをかまし、呆れたと溜息を吐く。


「……そういうことを外で口にするな、馬鹿、無神経、デリカシーってものを考えろ」


 タイムは少しばかりおざなりな謝罪をする。


「お前は……あいつの真似をするな。でもよかった、少し調子戻って来たね」


「ん、あんたと話したらね……」


 自信を落してきたと返した時よりもすがすがしい顔で、タイムはマートルに返した。

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