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26.神の眼

 時計の機械部分がある部屋の上へ行くには、階段状になった梯子を使わなくてはいけない。

 部屋の構造上、スペースが足りず壁に直接階段を作る事ができなかったためだろう。

 梯子はやたらと重く作られていたが、一度上に登る時にヤロウが立てかけて行ったままだったのですんなり上る事が出来た。タイムは鐘を鳴らすための仕掛けを見上げる。

 天井からは光が漏れてきている。外の鐘と繋がっているからだろう。

 うまく動かない鐘を手動で鳴らすためにわざわざ括りつけたのだろう縄が一本だけ屋根の隙間から垂れてきている。

 隠れる場所はなさそうだ。


 振り返れば後ろには外へと繋がっていそうな木の扉。

 その上に神様をかたどった胸像が置かれているのが目に入る。

 神様と目が合った気がした。キラリと光る何かが、その像の目玉の部分にはめ込まれている。それも片方だけ。


「……嘘だろ? まさか!」


 タイムはその神様の像に腕を伸ばし掴む。

 壁のニッチに置かれているだけの像は、案外と簡単に取り出せた。

 木製で中は空洞にし軽くしてあるらしい。

 胸像の下から中に手を入れ、輝く眼玉を押すと、浮くようにずれてそのままころりと転がり落ちる。

 胸像を丁寧に床の端に置き、取れた目玉を拾い上げる。

 真冬の水のように冷たいそれは、タイムの手の中で金色に輝いた。


「っはは、マジか」


 失われたギフトがまさか本当にまだこの町にあるなんて。

 タイムは自分が手にしたそれを食い入るように見つめる。

 人の眼球ほどの大きさで、硝子で出来た珠の中に、真っ赤に燃える炎を内包しているようにも見えるし、真冬の晴れた日の月のようにも見える。

 かと思えば途端曇って雨雲を固めたような重い灰色になり、そしてまたどこまでも澄んで透明な水の塊のようになる。

 その不思議な球をタイムはこっそりとジャケットの内側に隠した、奴らに見つからないように持ち出さなくてはいけない。これをタイムが持っていると知られたら、きっと奴らはタイムの命を狙ってくることだろう。


 ギフトは神様が人に残した最後の恩恵。

 ギフトは神様の意志を反映し、所有者を選ぶ。

 タイムはその所有者ではないものの、所有者を守る存在だとギフトに認識されたからこそ、こうしてギフトを手に取る事が出来ているのだと今は確信が持てている。

 だからこそ、タイムを害する者には、ギフトの恩恵は与えられない。

 もしかすれば、その昔に一度失われた時と同じように、人々の前からこのギフトは姿を消してしまうかもしれない。

 奴らがタイムの死を隠蔽することによって。


「それだけは避けないとな……」


 雨は激しさを増していく。

 ギリギリと軋む歯車の音以外は、自分の呟きさえも聞こえないほどの豪雨だ。

 耳を澄ませても、階段を昇ってくる音は聞こえない。

 せめてマートル程の地獄耳があればなと苦笑する。


 タイムは戦うという行為をしたことが無い。

 逃げることはあっても、誰かと喧嘩をする事など兄弟以外とはほとんどなかった。

 大人しく、地味な少年と評されるばかりの自分が、今更嫌になる。

 何せ相手は確実に暴力に長けているのだ。

 住居への放火に窃盗、器物破損、一つ一つではそうならなくとも、合わせれば最高刑になるには十分すぎるだけの犯罪の積み重ねだ。

 特に火付け強盗が積みとして確定になれば、それだけで一発アウト。

 今更人を殺すことに躊躇は無いだろう。

 タイムは訳も無く笑いたくなるのを堪える。

 膝の震えを拳で殴りつけ止めながら、それでも足掻くように考える。

 もし死ぬのなら奴らに自分の死体を消されてはいけない。

 ディルの時のように、物取りに見せかけ身ぐるみを剥がされるのもだ。


 隠し場所を考えなくては。


 元の場所に戻したのではすぐには見つけてはもらえないかも知れない。この後ここに来るカレン達に、自分が持っていることを伝えなくてはいけない。

 タイムはジャケットの上からギフトを押さえる。

 自分には確かにそこに有ると感じるが、今階段を上ってきている二人にはこれは見えもしなければ触れられることも無い。

 ならば自分さえ見つからなければ、取り上げられる可能性も無い。

 タイムはできる限り此処は時間を稼ぐべきだと考える。

 バリケードなどは無意味だろう。

 時間もないしタイムの力で動く物であれば、波馬の力ならばもっと簡単に動く。

 先ほど登った梯子を外し上へ引き上げることにする。

 梯子さえなければすぐにはここに来ることはできないだろうと、タイムは重い梯子を掴む。


 ギシリと、木の板が軋むような音が聞こえた。

 階段は石造りだが室内の床には板が貼ってある。

 覗き込めば、見覚えのある男と目が合った。

 しまったと思うよりも早く、男がタイムの掴んでいた木の梯子に向かって突進してきた。

 タイムは人よりはある腕力で梯子を引き上げようとするも、波馬族が使うことを前提としてあったのだろう梯子は重く、上手く支えることも出来ずに取り落としてしまった。

 せめて重い梯子を男の方に倒そうと手を伸ばし突き飛ばせば、爪が割れたか鋭い痛みが走ったが、思った通り男に被さるように倒れた。


 梯子を腕で受け止めた男が舌打ちをしよろめく。

 濡れた靴がほこりまみれの床を滑り尻餅をつくところまで見届け、タイムは天井に身を隠す。

 時間稼ぎはできたがそれも長くはもたないだろう。

 どうにかして次の手を考えなくては。


 割れた爪から血が出ていた。

 血はポタポタと床に滴るほどに多く流れている。

 それでも細い血管の多い指先だ、布でも巻いていればその内血は止まるだろう。

 以前身だしなみにと貰った綿のハンカチを取り出し、歯で噛んで割く。

 ふと、そのハンカチにギフトを巻き込み手にし縛り付けてみた。ハンカチの布の皺にギフトのふくらみを隠すようにするが多少目立つか。

 仕方が無いので血の付いたハンカチの片割れを、それを包んだまま、血で汚れた床の上に置く。

 血の付いた破れたハンカチなど、きっと相手は見向きもしないだろう。

 様子を探ろうと耳を傾ければ、男と女は下で何かを言い争っているようだ。


「この愚図! あんたは本当に役にあいつに似て立たないわね! 速くあいつを捕まえるんだカマイ!」


「け、けどカーミレ、これ重くて持ち上がんないよ」


 男の名はカマイ、女の名はカーミレと言うらしいことと、カーミレがカマイに命じていることから主従関係のような間柄だと分かったが、どうやらカマイはカーミレの息子なのかどうか怪しいようだ。

 よく聞けば母と呼ばずカーミレと女を呼ぶカマイの声には、酷い怯えが混じっているように聞こえた。


「重い? 重いだってふざけるな!」


 ギャッと短い悲鳴が聞こえた。

 どうやらカーミレがカマイを殴ったらしい。

 仲互いをしているなら好都合なのだが、あまりにも二人の男女の関係が歪に感じ、タイムはつい耳をそばだてる。


「いいからあの男を捕まえて! ヤロウへの人質くらいには使えるはずだわ!」


「ヤロウなの? ディルの嫁じゃないの?」


「あんな小娘あんた以上に使えないに決まってる。必要なのはヤロウとあいつの血だけだ」


 ぺらぺらとよくもまあ喋ってくれるものだと感心する反面、嫌な事を聞いてしまったことに気が付く。

 タイムはこのまま捕まってしまえば、ヤロウ相手に人質として使われるらしい。

 何故ヤロウ相手なのかは分からないが、ギフトがここにあるとは分かっていなくても、ヤロウがここには信頼する人間しか入れないのを知っている。

 そして先ほどマートルがこの塔から出て行ったところもこの二人は見ていたのだろう。

タイムをヤロウの人質にして何をしたいのかまでは分からなかったが、とりあえずこのまま捕まるわけにはいかない。

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