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25.風雲急を告げる

 お化け時計塔の中には四つの空部屋が有り、更にその上に時計塔としての役割を果たすための機械部分と鐘楼があった。

 時計はヤロウの祖父が整備し、動いているのだそうだ。

 しかし年老いた体では、時計部までは整備できても、すっかり老朽化が進んだ鐘楼部までは手が出せず、時計と連動して動くはずの鐘は、その機械部分が錆び朽ちて、時々思い出したようにしか動かないのだと言う。

 今日はどうやらよく動く日の様で、時折時計塔の中に悲鳴のような鐘の音が響いていた。


「湿度の高い日はどうも動きやすいらしい」


 オリーブが耳を押さえながら苦笑する。

 きっと緩んでいた木材の部品が、湿気を吸って膨張し噛み合うのだろう。

 まだ降りだしてはいないが、昨日からずっと重苦しく湿った空気が満ちていた。


 今日は非番だと言うことで、大量の文章の中からギフトの記述を探す作業を手伝ってもらっていた。

 オリーブの言葉に、タイムは採光用の大きな窓から外を見る。


「すっげえ曇り空……あー、ずいぶん遠くまで曇ってんな」


 オリーブも作業を中断し、タイムの横から空を見上げる。


「嫌な空だ……三年前を思い出す」


「どういうこと?」


「三年前、中の三の川が氾濫した時も、こんな風に遠くまで雲が続いていて、遠くに雨が降っているのが見えたんだ」


 オリーブは折々思い出したように三年前の中の川の氾濫を口にする。当時は警邏に就職したばかりで、しょっぱかなら見舞われた災害に苦労したのだろう。

 採光のための窓から吹き込む空気は雨の匂いがしている。


「ふうん……時期的には、まあそうかもね。今年はシフレの雪解け水も多いらしいし、川の水嵩多めだから、ちょっと危険じゃない?」


 師匠の受け売りの知識で、タイムは今年も反乱の可能性はあると言い切る。

 と言うよりも、タイムの師匠が別れる時に、今年は雪解けが多いので、絶対に雨の日に川に近付いてはいけないと警告をしていた。

 ベラムが川の多い町である以上に、師匠が水に敏感な吼え馬だったからそう言ったのだろう。


 シフレは火山だが万年雪の雪山でもある。

 雪解けの時期は春から夏にかけ裾野から山の上部にかけ徐々に溶け、最上部は溶け残るのだが、今年は夏が長引き秋に差し掛かっても涼しくならなかったことで、かなりの量の雪が溶けそうだと師匠は言っていた。

 そうすると川に流れ込む水の量が増えるので、その年はどうしても水害の起こりやすい時期が続く。

 ベラムは春と秋が雨季なので、昨日も小雨がぱらついていた。この時期はもうしばらく雨が続くだろう。


「タイムもそう思うか? 実は、カレンが異様に落ち着かなくてな」


 タイムの言葉にオリーブは憂うようにカレンの事を口にする。


「どういうこと?」


 今日カレンは一緒に来る予定だったが、オリーブはディルの病室に置いて来たと言っていた。

 タイムは何かしら理由があるのだろうとは思っていたのだが。


「今朝方から水の音が恐いと言い出したんだ。三年前の時もそうだった」


 水の音が恐い、その言葉に思い当たる事がタイムにはあった。カレンの片親の血は波馬だ。

 種族の名前には意味がある。

 吼え馬は水に敏感な種族で、その亜種であり吼え馬よりもなお水を表す名前を持つ波馬が、三年前の水害の時と同じ様子を見せているというのなら、それは予兆だとタイムは断言する。


「カレンとヤロウを連れてきて! もしかしたら本当に水害が起こるかもしれない!」


「ど、どういう事だ? なぜ二人なんだ?」


 タイムはそれまで読んでいたギフトについて書かれた一ページを掴むと、それをオリーブに突き付ける。

 波馬の一族には必ずギフトを扱える者が一人現れる。

 その者が亡くなれば神を裏切っていなければほどなくして新たな者が生まれると書かれていた。

 それを信じるならば、今もどこかにギフトに選ばれた一人がいるはずなのだ。


「ギフトを探す! ここが波馬にとって特別な場所だったなら、もしかしたら見えなくなったギフトはここにある可能性もあるんだ! 駄目で元々、カレンかヤロウがギフトに選ばれてて、俺が信頼されてるって事なら、多分俺にも見える」


 それはとっさに思いついたことに過ぎず、絶対ではないとタイムは言う。

 しかしもし本当に二人のうちどちらかが選ばれていれば、きっとこれから起こる水害は回避できる。


「わ、分かった」


 タイムの言葉を信用し、オリーブはお化け時計塔を飛び出した。

 タイムはオリーブが出ていくのを見送ると、自分一人では出られなくなると分かっていながら、開きっぱなしだった壁の隙間を閉じた。

 一人きり、タイムは今まで読んだギフトの記述を全て思い出すように目を閉じる。


「それは水のように姿を変え、幻のように人を惑わす。しかし確かにこの手の中にあった。握り込めば真冬の川のように冷たく、心に戒めとして強く語りかけてくるようであった……握り込めるサイズ。見た目は不明。感触は冷たい……見えてるならそれと分からないんだろうけど……」


 最も形を知るのに有用だろう一文を暗唱し、目を開くと自分の掌に視線を落す。

 四つの空部屋には、それぞれ神話などをモチーフにしたのだろう神の像や装飾が施されていた。タイムは階段を上り部屋に上がると、それらを一つ一つ確かめた。

 天井が高くす全ての装飾を一目で確かめることはできない。

 根気のいる作業だった。


「……ギフトは、神が残した物。なら普通はこういう所にあるよな」


 しかしどの像にもレリーフにも、それらしいものは見当たらない。

 小さなリスのようなレリーフならば、取り外せば握り込めるかもしれないと手をかけるが、石を彫り込んで作ったそれは外れる様子も無かった。


 四つの空部屋全てを見て回るころには、タイムはかなり疲弊していた。

 見て回るのもそうだが、何より階段を上るのが膝に来た。

 採光用の窓を見ればかなり遠くまで広がる景色。


「……つら、ここ高すぎ……もっと低く作らなかったの?まあ、町を見渡せることが肝心だろうしな。あ……本格的な降りになってきた……時間が無いか」


 いつのまにか雨が降り出していた。その雨脚が強くなる。

 見下ろす運河にもその雨は容赦なく降り込んでいる。

 よく見れば随分と水面が高い位置にあるのが分かった。

 高所からはよく見える。それにいつも以上に視界が利く気がした。

 自分の種の名前である天眼火の鳥とはこのことを言うのだろうかと納得してしまう。

 神様に与えられた名は伊達ではない。


「神様は……俺達に恩恵を与えたんだろうな」


 争いに嘆き、人間と獣を混ぜられたことで、タイム達のような自分が誰なのかも分からない子供が生まれるようになった。

 しかし、その獣の性質は、決して苦労ばかりを与えてはいない。

 恩恵として自分達の手の中にあるのだとタイムは気が付く。

 だからこそ、その種としての力で、タイムは時分の守りたい物を守ろうと決めた。

 この視界に入るすべては無理だが、手の伸ばせる者達だけは。

 覗く下界に動きが有った。

 雨を蹴立てて走る馬車。

 急に止まったかと思えばそこから降りお化け時計塔の敷地内に入ってくる人影。

 時計塔の敷地内も一人いたようで合わせて二人。真っ黒な飾り気のないドレスだが、見覚えのないシルエット。


「マートルじゃない! 誰だアレ?」


 言って思い出されるのは病院で見た火傷の女。

 まさかここに盗品があると感づかれたのか。

 一体どこから情報が漏れたのかと考えるが、どこから洩れてたとしても怪しくはない。

 ディルの入院している病院にかかっているのだったら、ディルがいる病室も分かっているだろう。

 そこで何かしら話していたら聞かれていてもおかしくはない。ディルの家で誰か盗み聞きしている気配が有ったため、そこで話が漏れたという可能性もある。


 そもそもディルの動きは全て監視されていた可能性だってあった。ならばその周辺の人物はどうか。

 マートル、オリーブ、カレン.....リコリスは中央学院にいるのでどうかは分からないが、マートルならば確実に行動を監視することができただろう。

 黒いドレスの人影がネトルの愛人であるならば、この時計塔に入ってくることは可能なはずだ。

 何せカレンやヤロウと同じ波馬の一族なのだから。


 タイムはどこか逃げ隠れ出来る場所が無いかと室内を見る。

 下から上まですべて空き部屋、隠れる場所はせいぜい重い歯車の回る時計塔の機械部。

 うっかりすると巨大な文字盤の針を動かすための、やたらと大きな歯車に引き潰されかねない危険な部屋。

 さらに上には鐘を鳴らすために文字盤の歯車と連結している鐘を鳴らす仕掛けあるが、そちらも今日はよく動いているようだ。連結部や歯車に木材を使っているので、長く放置しすり減ったぶん、乾燥していると金属部分の錆のせいもあり動かないが、湿度で木材はすっかり膨張している。

 そちらに隠れるというのも危険だろう。

 それでも下から相手が来るのだから、逃げるのは上しかない。

 タイムはダメもとで一番上の部屋まで駆け上がった。


「神様が本当にいるなら助けてくれよ、俺達はただ幸せになりたいだけなんだ!」

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