22.地の鳥はそれでも天を目指して足掻く
「え、あ……盗り物って」
ディルはそう言っていた。実際に強盗事件として捜査もされているはずなのに、マートルはあれはただの強盗ではないと言い切る。
根拠は何かと聞く前に、よく聞け個の馬鹿とまくし立てる。
「ディルはそう言っているがな! ディルがそもそもあの時ソレル家に行ったのは、お前達が揃って企ててる何かのためだったんだろう! そもそも実家であるソレル家にはディルのお婆様だっている、普通なら正面から帰ればいい。だと言うのに裏口からこっそりと帰った。ディルのが帰ったことは隠密だったはずだ。なのにディルがソレルの本家を出るタイミングを犯人が知る事が出来たのは、間違いなくソレル家内部にいる物の手引きあってだぞ! それがどういうことか分かっているのか! お前達が突かなくてもいい蜂の巣を突いたんだ!」
ディルが秘密裏に自分の実家に帰る理由が何かあったはずだと、マートルはそれをお前は知っているんだろうとタイムを揺らす。
ディルが何のためにソレル家に帰ったのかタイムは本当に知らなかったが、それがあの盗品に関するなにがしかの証拠集めだった可能性はあった。
それを相手に感づかれたのかもしれない。
いや、タイムその前日に自分が盗品を倉庫の奥へと移動させていたことを思い出す。
もしかしたら相手に気が付かれたのは、そちらが原因だったのかもしれない。
「……そんな」
自分のせいでディルが襲われ、障害の残る重傷を負ったのかもしれないと気が付き、タイムは愕然とした。
「お前達は浅はかだ!」
タイムを責め立てるマートルの手をオリーブが掴み止める。
「落ち着けマートル!」
マートルの手が離れ、タイムはふらりと尻餅を付く。
自分のせいでディルに申し訳の立たない事をしてしまった。
マートルの言う通り自分が浅はかだったから、考え無しに動いたから。
見上げれば目から涙を溢れさせながら、マートルが尚もタイムを責めていた。
「落ち着いていられるか! この馬鹿! お前達が、お前達がうかつなせいで! 何で僕らを頼ってくれなかった! 僕らの事を兄弟だと言っておきながら! 何で!」
何で頼ってくれなかったんだと、マートルは喉を引きつらせながら泣く。
「……ごめん」
「謝るな! 謝罪でディルの足は動くようにはならん!」
それは正論だ。正論だがタイムを強く殴りつけるような言葉だった。
「あんたを巻き込みたくなくて、黙っていた」
「それで僕らが悲しい思いや悔しい思いをするのなら、それは余計なお世話だ!」
だから話せと、隠していたことを洗いざらい吐きだせとマートルはタイムに迫る。
タイムはそれでも今は言うことはできないと首を振る。
少なくともオリーブやヤロウのいる前では話すことはできない。
「タイム!」
まだ隠し続けるかと憤るマートルをオリーブが抑え込み、間にヤロウが割って入る。
ヤロウはタイムに手を差し伸べる。
「安心しろ、と言うのは無理かもしれないが……今は信じてくれないだろうか? ここでの話は他の誰の耳にも入れない。犯罪の捜査には一切関係のない事としてタイム君、君の知り得た事を話してくれないか? 僕は決して君達のお兄さんを疑ってはいない。そもそも、彼ではないと確信すらあるんだ」
犯罪の捜査には関係しない、そう言い切ると言うことは、もしかしなくともヤロウはタイムが隠していることについて、すでに見当がついているのかもしれない。
タイムは問うようにカレンとオリーブを見やる。
「僕何も知らない」
「僕は少し気になると話はしたが、ヤロウさんが何を知ってるのかは知らん……」
ヤロウを再び見やれば、ヤロウはマートルとオリーブに時計塔内部に入るように言う。
開きっぱなしの隙間を閉めると、上へと昇るように促す。
「ここの小部屋は壁の外に話しが漏れる。上の階ならば誰にも聞かれないと断言できる」
言われるままに上へと移動すれば、そこは板張りの床の広い部屋だった。
部屋の奥にはやはり階段が有り上へと続いている。さらに上にも同じような部屋があるのだろう。
部屋の中には構造上天井を支える柱や梁があるばかりで調度品のような物は一切ない。
「……犯人に心当たりがある。そして私は私怨でその相手を追っている。ディル氏がその相手でないことは確定しているので安心して話してほしい」
「私怨ね……」
エリートにも成れたはずが、何故か町兵の警邏部に所属することを望んだ奇特な人。
その理由がその私怨にあるのだろうか。タイムはカレンを見やる。
「僕はヤロウを信じてる」
「分かった」
カレンが信じると言うのだから、タイムも信じてみるかと覚悟を決めた。
タイムはディルの倉庫の盗品らしき羊皮紙の話を、場所を明かさず知り得る情報を全て交えて話した。怪しい羊皮紙を見つけたこと、煙にいぶされような匂いがしていいたこと、リコリスの友人の話などだ。 そしてリコリスの友人曰く、盗まれた物はこの町の歴史書のような物ばかりだったということ。
タイムから話を聞き終えると、ヤロウはやはりそうだったかと一人納得した様子。
勝手に納得しないでくれとマートルが促せば、ヤロウはカレンの髪をすくように撫で応える。
「放火窃盗をしているのは、私達と同波馬の一族の末裔だ」
「波馬?」
それが自分の種族なのかと、タイムとヤロウを交互に見やるカレン。
「吼え馬族の亜種とでも言おうか、この町に昔定着していた一族だ。ギフトの喪失と共に、そのほとんどは遠くへと旅立つことになったがね」
「昔話の! 神様がギフトを与えた人達!」
タイムに聞いた話と同じだとカレンは驚く。
驚くのはタイムの方も同じだった。
もし本当にヤロウがギフトを使うことのできる一族だと言うなら、それこそタイムがディルに言っていたように、ギフトを金に換えることができるかもしれない。
ディルだけでなくマートルの目にも希望の光が宿る。
「じゃあ、あんた達は失われたギフトがどういう形なのか知ってるのか?」
「いや、知っているとは言い難いな。この町のギフとは、水のように姿を変える存在だ。神の心に寄り添える存在でなければ、殆どの者はギフトを見ることも触れることも出来気無かったそうだ。例外としてそのギフトを扱うことのできる者が、心から信頼する者達だけが触れることができていたらしい」
しかしヤロウの答はタイム達の期待した通りにはいかなかった。
そもそもこの町に残っているのが追放された一族の分家であるなら、もしかしたらギフトから見放された者達の方なのだろうか。
タイムは昔話は本当だったのかとヤロウに問う。
「……何でギフトは突然町から? 本当に昔話にあるように追放されて?」
昔話の内容については心当たりがあるのだろう。
ヤロウは全く真実は異なると首を振り、本当の話をしようと答える。
「ギフトが失われたのは……殺されたからだ……ギフトを扱う者を殺し、奪おうとした愚かな奴がいた。争いを嫌う神の意志に真っ向から背き、ギフトに触れることのできる条件を満たす者を、この世から消してしまったんだ」
利権のために人を殺す。
その話はタイムにとっては全く不思議は無かったが、カレンにとってはショックな事だったのだろう。驚き目を見開いてカレンはタイムに抱き付いた。
「……なるほど……ね……そりゃ目に見えないし触れないんだったら、失われたと言われても仕方ないか。でもそのギフト自体は、存在が消えたわけではないんだよね?」
ギフトに触れられる条件が、選ばれた一人とその一人が信用した人物だと言うのなら、その一人がいなくなった時点で信用している人物というのも条件から外れてしまう。
そうなるとギフトが何処にあるのかを見ることのできる物はいなくなり、それが存在していたとしても誰の目にも触れないということだ。
しかし、ギフト自体が喪失したという話ではないのだろうとタイムが問えば、ヤロウは自信無さげに頷く。
「……多分」
自分では見えないのだから、確かにあると断言はし辛いだろう。
タイムは軽く話を聞き、ヤロウがオリーブ達部下に下した命令の意味を理解した。
金品も一応は盗まれていたが、主に目的とされていたのはギフトについての記述のある文書だったようだ。
それが何故狙われていたのかを考えれば、盗品が売りに出されるはずもないと分かったのだろう。
「あんたがオリーブ達に、物は何かを人に言うなって指示してたのは、盗品が売られるわけじゃないって事を知ってたからだったんだ?」
今度ははっきりと頷き、ヤロウはこちらからも質問だとタイムに問う。
「君は盗品の在り処を知っているんだろう?」
「知らないよ」
タイムは白を切る。
まだはっきりヤロウを信じられる確信が無かった。しかしヤロウはタイムの言葉が嘘であると断言する。
「いや、知っているね? 嘘は分かる」
「あんたも混じり者?」
「今は波馬の純潔はほぼいない」
カレンが自分の兄だと言い切っていたことから、このヤロウも波馬と匂い羊の混血なのだろう。
ならば嘘を嘘と断言されれば騙しきることはできないだろう。
タイムはならばと話の矛先を変えてみる。
「混血ね、じゃあさ……両親どうしたの?」
カレンがタイムのシャツをきつく握る。
ヤロウの視線がカレンに向けられる。
「嫌なら話さなくていいよ……ただ信用はしないけど」
嘘を吐くならこちらも話さないと暗に突き付ければ、ヤロウは重い息と共に答える。
「……殺された」
誰にとは言わない。
しかし、ヤロウが私怨で動いていると言ったことを思えば、その相手がだれか想像するのは難くなかった。
「復讐したいんだ? あれって神様の意志に寄り添わないと見つからないんじゃないの?」
復讐のためにギフトを探しているのかというタイムの問いに、ヤロウは言葉をかぶせるように否定する。
「違う! 私はカレンを守るために!」
「僕?」
まさかいきなり出された名前に、カレンが驚き飛び上がる。
「何? まさかカレンも狙われてたりする?」
ギフトを使うことのできる一族の生き残りだとヤロウが言うのなら、カレンもそうなのだろう。
ならばギフトの力を独り占めするために、カレンを狙ってもおかしくはないかとタイムは溜息を吐く。話がややこしくなりすぎだ。
最初はディルの立場を危うくするかもしれない盗品を、どうにかして利用してやろうとしていた。
盗品はギフトに関するものかもしれないと知り、確かに利用したいという思いはあった。
しかし、ディルが襲われ半身不随なってしまい、ギフトがどうしても必要だと思うようになったと思ったら、今度はそのギフトによってカレンの身が危険にさらされるかもしれないと言う。
あんな箱見つけなければよかった。
自分が書類の不備に気が付かなければ。
タイムは天井を仰ぎ呻く。
だが気が付かないふりをしていたとしても、盗品がディルの管理する倉庫にあったことも、カレンがギフトのせいで命を狙われるかもしれない事も変わらない。
タイムがベラムの町に戻ってくる前から、問題は潜伏していたのだ。
だからタイムは思い当たった。 自分がいない間に起こった一番の出来事に。
「そういえばさ……もしかして、ネトルの愛人は波馬の一族?」
「分かるのか!」
タイムの言葉に今度はヤロウが飛び上がらんばかりに驚く。
リアクションが似ているのはさすがに兄弟なんだなと、タイムは愉快な気持ちすら覚えた。
「兄貴……ディルが言ってたんだよ、放火窃盗が始まったのは、セイボリーさんが亡くなってからだって。それがずっと気になってた。そしてそのせいで、多分ディルは襲撃されたと俺は思ってる……あのさ、ディルの管理してるはずの倉庫に、その盗品かも知れない物が隠されてたんだよね。それもどうやら二年くらい前から」
タイムが言葉を言い切るよりも早く、マートルの手が伸びタイムの襟首を掴んだ。それが自分に隠していた事かと、きつくタイムを睨みつける。
「マートル……ごめん、全部話すから」
素直に謝るタイムに、マートルは手を離す。
改めてヤロウに向き合いタイムは時分が考えた事を披露する。
「あんたの話を聞いて、波馬の一族が入り込むんだったら、その時期からソレル家の商売に深く介入できるようになった奴だろうなと、思ったんだけど?」
「まったくその通りだ……しかし、まさか」
まさか犯人と思しき相手にタイムが気付いているとは思わなかったと、ヤロウはカレンを見やる。
カレンはその視線に、すごいでしょうと無邪気に答える。
「タイム兄さんは僕の自慢の兄さんだから」
僅かに悲し気に眉を下げるヤロウに、タイムは内心ざまあみろと思ったが、あえてそれは言わないでおく。
自分がこいつを信頼したくないと感じていた理由に思い当たり、それを誤魔化すようにタイムは更に話を続ける。
「ちなみに、その盗品をいったんどこかに隠そうって話になって、それでこの塔の場所をカレンが教えてくれたってわけ。何でかあっさり見つかったけど……」
「僕は結構地獄耳なんだ。お前達ばかりに先んじさせはしない」
どうやら病院のロビーでカレンとしていた話を聞かれていたらしい。
だからマートルはオリーブの上司と繋ぎを取るためにオリーブを頼ったのだろう。
もう一度タイムのシャツを掴み苛烈な金緑の目でタイムを睨むマートル。
タイムが一番苦手な姉はオリーブだったが、絶対に勝てないと思っていたのはいつもこの人だったと思い出す。
「……ごめん、俺達はあんた達を守りたかったんだ。出し抜きたかったんじゃないよ」
「知ってる、僕もそうだからな!」
自分もお前達を守りたいんだと、マートルは言う。
怒るのも、詰るのも、助けさせてすらくれないお前達が悪いと。
「そう、じゃあ……今更なんだけど、頼っていい?」
「もちろんだ! 頼らないようなら殴り飛ばしてやる!」
マートルはタイムの胸を強く叩くと、多く口の端を吊り上げて笑った。




