21.お化け時計塔
カレンがタイムを連れて来たのはお化け時計塔の真下。
時計塔の周辺はレンガの塀で囲まれ、敷地内は綺麗に除草され人の手が入っていることが分かった。
「ここ……」
「うん、ここ」
レンガの塀には二カ所鉄柵の門扉が有り、そこは太い縄で括られているだけで鍵すらついていなかった。
それを勝手知ったるとばかりに解き中へと入ったカレン。
カレンは真っ直ぐに時計塔の入口へと向かう。
時計塔の下はまるで昔の教会のような造りの大きな講堂状の建物で、中に入ることは容易だった。
木材と漆喰、それと色味の違う煉瓦でつくられた内装はすっかり劣化し土埃にまみれていた。
何もない広い空間が有り、その奥にさらに時計塔の内部へと繋がる場所があるのだとカレンは言う。
講堂の中には天井一杯まであるモザイクタイルの宗教画。
欠けたタイルは何を表しているのかは分からないが、ところどころに動物のような姿が見えることから、神様が人と獣を混ぜたあの神話がモチーフなのだろうと思えた。
宗教画の右下あたり、カレンは手探りで何かを探す。
「ここにね、すっごく硬い石があるの」
「石?」
「これを、押し込む……んっ」
レンガに混じって一カ所だけ石があるとカレンは言い、その石を思い切り押し込むようにカレンは力を籠める。
ゴリゴリと重い物が動く音がするが、それ以上にタイムが気になったのは、カレンが顔を真っ赤にして全力でその石を押し込んでいること。
「ちょ、カレンおま、顔真っ赤に……」
カレンがそれを押し込み切ったのだろう、力が空振りしたのかがくんと前のめりになり壁に額をぶつける。
慌ててタイムが引き戻すと、カレンは額を押さえてえへへと笑う。
その横で、ガゴンと重い物が落ちる音がした。
ギリギリガタガタと、以前にタイムが他所の町で見た風車の内部構造のような音がした。
金属の歯車が回る時特有のキーキーと引掻くような音もする。途端、モザイク画の横の壁が奥に下がり、横にスライドするように開いた。
人が二人並んで通れるくらいの穴がぽっかりと開いている。
「ほら、開いた!」
「嘘だろ……」
タイムは言葉を失う。
なぜこんな所にこんなものが有るのか、何故カレンがこんな事を知っているのか、そもそもこのやけに凝った造りのからくりは何なのか、お化け時計塔は一体何なのか。
色々と疑問がわき上がってくる。
湧き上がってくる疑問を確かめたい、知りたいという欲求がタイムの中で膨れていく。
今はそんなときではないというのに、タイムは自分がいやに興奮していることに気が付く。
「ここの上にね、幾つか大きな部屋があるの!」
カレンが開いた部屋の内部は暗かったが、中には最初から明りを付けるためのランタンと燐マッチが有った。
カレンは手慣れた様子で火を点けると、それをタイムに手渡す。
部屋の中を見れば、タイムの予想通り、部屋の半分以上を大量の歯車やバネのような物、歯車を連動させるためだろうチェーンのような物が埋めていた。
部屋の広さ自体はディルの家のリビングのホールよりも少し広いくらいか、天井を見ればかなり高く、タイムがカレンを肩車しても到底届かないように見えた。
部屋の奥には壁と融合した煉瓦作りの階段が有り、上の階へ上れるようになっている。
カレンは入ってきた隙間の横に突きだしたやけに長く太い金属の棒の上に、体重を乗せて押し込む。
梃子の要領なのか、開ける時ほど力は入れていない。
「あ、ここはね、閉めるときこうしてこう……んっ」
「閉めるのは簡単だな」
押し込んでしばらくすると、歯車が動き出した。開く時もゆっくりとしていたが、締まる時もまたゆっくりだ。
「うん、でも開けるのは駄目だよ、僕の力じゃないと開かないんだって」
カレンが兄さんの力じゃたぶん無理とカレンは申し訳なさそうに言うが、タイムはその言い方に違和感を覚える。
「お前……そんな馬鹿力なんて、有ったか?」
確かにカレンはその小柄な体からは想像の出来ない腕力がある、ともすればタイムと張る程だ。しかしオリーブ程の力は無く、種族の特徴としても挙げがたいものだった。
「えっとねえ……ヤロウに教えてもらった、力の使いかた」
「ヤロウ?」
知らない名前だが、何となく心当たりは有る。
「オリーブ姉さんの上司さん、名前聞いて来た」
この時計塔の事を教えたというのも同じ人物らしいのでそこまでは分かるが、その後に続くカレンの言葉に、タイムは愕然とする。
「多分……僕のお兄ちゃん」
「は?」
「あのね、僕ね……多分、ヤロウの妹」
たぶんと言いつつもカレン自身は自分がそのヤロウと言う人物の血縁であることを疑っていないように見えた。
タイムの目をしっかりと見据え、仲間だと思ったと訴える。
「だから、何となくだけどそう思ったの……友達じゃなくて、兄弟かなあって」
そう言うとカレンはタイムに抱き付く。
「こんな感じで、ヤロウはすっごく安心したから」
「あー……なるほどな、うん、色々腑に落ちたわ」
ぎゅうぎゅうと抱き付いて来るカレンの背を撫でて、タイムはそれなら疑う余地もないと返す。
以前よりもカレンの力は増しているのか、抱き締められると少しばかり息苦しい。
「もしかしたら……」
その息苦しさに覚えがあって、タイムはカレンに告げる。
「多分お前の種族は吼え馬だよ」
「吼え馬……って、兄さんのお師匠さん!」
タイムの話を覚えていたからか、カレンはすぐにその人物に思い至る。
「そう、師匠。同種族への依存が強くて、すぐに見つけることができるし、そのヤロウってのがオリーブにも勝る馬鹿力だっていうならね……師匠と全く同じだ」
以前この息苦しさを感じた時、確かタイムは師匠に抱きかかえられて見知らぬ街を駆けたのだった。
うっかりタイムを落してしまわないようにと強く抱きしめられ、途中で意識を飛ばしたことを思い出し、タイムは自分の頬がひきつるのを感じる。
息苦しさに耐えられずカレンを引き離し一息つくと、タイムは手にしたランタンで部屋の中をくまなく探る。
「このお化け時計塔が、そんなお前らの力でしか開かないようになってるってんなら、この時計塔は吼え馬の管理してる塔だったってわけか」
古びてはいるがしっかりと手入れし錆の落とされた歯車。
外気が遮断されていない以上、経年の劣化を防ぐための手入れがされていることは間違いない。
他に何か手掛かりは無いかと屈み込めば、とりわけ大きな基礎石に、分かりやすく文字が彫り込んであるのが見て取れた。
「この町には他の町よりも吼え馬のはぐれ者が多く集まりやすいらしい。理由は運河があるから、水を好む種族の吼え馬が集まるんだろうって言われてたけど……この時計塔の古さからして、多分他の理由があったんだ」
「そうなの?」
タイムが覗き込む場所をカレンも覗き込む。
そこに書かれた文字がよく見えるようタイムがランタンを近づける。
「ここに、この塔が建てられた年代が掘られてる石があるの分かる?」
「あ! 本当だ」
「今から八十年以上も前だ」
「そんなに!」
彫り込まれたていたのは時計塔の近くを流れる三の川の鎮守を願う言葉と、時計塔の建てられた時期。八十年、百年は前ではないというこの時期に、タイムは思う所が有った。
悲鳴のような鐘の音。けれど時刻はいつだって正確な止まらぬ時計。
「そんなに……なのに放置されているはずの時計塔はずっと狂わずに動いているってことは……」
呟くタイムの声を塗りつぶすように、ゴトンと音がし一度止まった歯車が動き出した。
先ほど閉まったばかりの隙間が再び開き始める。
開きかけた隙間から光が差し込み、その前に立つ相手の姿ははっきりとしなかったが、背の高い数人の人影が有った。
その内聞いたことのない男の声がタイムの名を呼ぶ。
「こんにちは、君は……タイム君、かな?」
「ヤロウ!」
カレンの嬉しそうな反応から、これがオリーブの上司で間違いないだろうとタイムは確信する。
そうなると一緒に居る人影は誰なのだろうか。
「いらっしゃいカレン、ダメだろ、彼を連れてくるときは、必ず僕に連絡をくれと言ったじゃないか」
隙間が大きくなるにつれ、人影も見やすくなる。
見知らぬ男の隣に立ち憮然といているのは見覚えのある姉の顔。
「げ……どうしているの」
オリーブの姿を見止めタイムはカレンに向かって問う。答えるのはヤロウ。
「すまない、実は君が放火窃盗について探っていると、オリーブから報告を受けていた」
「どういうことだカレン?」
もう一度カレンに問えば、今度はオリーブがカレンに問い返す。
どうやらオリーブとカレンンは別々に動いていたということらしい。
「どうもこうも、それは僕達のセリフだが? なあカレン」
「いや、先に俺の質問に答えて、何でここ居るの?」
タイムがここにいる理由は、オリーブ達に話すには問題が有り過ぎるため、タイムは何としても話題を逸らそうと執拗に問い直す。
焦りから、いっそタイムは隙間が開ききったら外に逃げ出そうかと身構える。
タイムの知る限り吼え馬は機敏だが相手のとっさの動きに反応することは苦手だ。
視認してから動くまでのタイムラグさえつけば、オリーブともども巻いて逃げられると思った。
しかしそんなタイムの計算を覆す人物がもう一人。
「単純な話だ。僕が姉さん達に助けを求めた」
「げ、マートル」
まさかの相手にタイムは身を強張らせる。
多分一番タイムの行動を知られてはいけない相手だ。
タイムが自由に動くためにも、ディルが望むマートルには心配をかけないということのためにも。
マートルは怒りを目に湛えタイムへと吼える。
「げ、っとは何だ! お前自分が何をしてるか分かっているのか!」
オリーブ達を押しのけ時計塔の中へと入ると、タイムの襟首を両手で掴んで揺さぶった。
「お前達が勝手に何かをやらかしてたせいで! そのせいでディルはあんなことになったんだぞ! 分かってるのか!」
マートルの糾弾の言葉がタイムに叩きつけられる。
お前達のせいだと叫ぶ声にタイムは息が詰まる程の衝撃を受けた。
現代で例えるなら、第二次世界大戦中の時計塔が、誰の出入りも無いように見えるのに、何故か時計は正確に動いている、みたいな感じです。




