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20.好奇心が猫を殺すのか

 夕食が始まってもカレンとリコリスはどこか重い雰囲気で、なかなか食が進まなかった。

 タイムが二人に大きくなるためにはちゃんと食えよと、手ずからパンやスープを配膳すると、ようやく二人は手を動かした。


 そうこうしているうちに、何故かいつもの初老の使用人が、酷く慌てた様子でマートルを呼びに来て、マートルはダイニングから出て行った。

 タイムは使用人の目に大粒の涙が浮いているのを見て、酷い違和感と嫌な予感を覚えた。

 マートルがダイニングに戻ってくると、マートルは急いで支度をしろとタイム達を急き立てた。

 一体どこに行くのかと問うオリーブに、マートルは震える声で病院だと答えた。


 ベラムの中央総合病院には、幾つもの科と病室がある。

 タイム達がマートルに連れていかれたのは、外科呪術のための呪術室前だった。

 消毒や縫合といった通常の傷の治療では追い付かず、呪術による治癒を必要とする外科呪術は、それこそ命にかかわる物のはずで、タイム達はその部屋の前で愕然とするしかなかった。


 医師か看護師か分からないが、消毒された白い服の火の穴熊の男がマートルに事の説明をしている。

 漏れ聞こえる言葉は、命の危機はないが絶望的な物だった。

 説明だけを受け、今晩は買えるようにと言われたが、タイム達はディルの運ばれた病室前の廊下で一晩を過ごした。


 ディルが目を覚ましたのは翌日の昼。

 ディルがずっと付き添っていたマートルと共に、再度医師からの説明を受けた後、面会を許されたのは、更に二日後の陽が沈みかかるころだった。

 面会の時間は短い。

 何を語れることがあるかと、タイムは無言で病室に入った。


「まだはっきりしねえけど、このまま痺れが取れなきゃ……半身不随、だってさ」


 病室のベッドの上で、毛布を丸めた物を背凭れにしながらディルが言う。

 そうしていないと座った姿勢すら維持できないのだ。

 体中を舟形に曲げたような板で支え、首すら満足に動かせないディル。

「笑えねえよなあ」

 笑えないと言いながら笑って見せようとするディルに、タイムが返せる言葉は何もない。

 今この部屋にいるのはディルの他にタイムとマートル、それとカレンの三人。

 オリーブには仕事が有り、リコリスには学業がある。放り出してはこれなかった。

 しばらくの無言の後、タイムは意を決してディルに問う。


「事故じゃないんでしょ?」


 ディルが病院に運び込まれた夜、タイム達に知らされたのはディルが危険な状態だと言うことだけで、一体何が有ったのか、事故なのか事件なのかすら聞かされていなかった。

 しかしディルの怪我の具合を見ると、明らかに狙って殴られたのだろうと分かる痣が顔面の右半分を覆っており、タイムはこれは事故ではないのだろうと確信した。

 言い切るタイムに誤魔化せはしないかと、ディルは素直に詳細を話す。


「ん、物取りの犯行だとさ……場所がソレル家の真裏ってんで、最初から金持ち狙いの犯行だろうとよ。以前にも似たような商人狙いの犯行が有ったんだそうだ」


 門の脇にしゃがみ込み、ディルが出て来るのを待っていたその犯人は、後ろ下方向からディルを殴りつけ転ばせると、馬乗りになって数発殴り、着ていた上着ごと財布や持ち物を奪って行ったらしい。

 ソレル家の使用人がすぐに気が付き飛び出して来た時には、すでに走り去る後ろ姿しか見えず、追うよりも意識の無い被害者であるディルを病院に運び込むことを優先した結果、犯人は取り逃がしたのだという。

 最初は打ち身と骨折だけだと思われていたが、処置中に目を覚ましたディルが下半身の感覚が無いと言い出したことで、外科呪術により検査した結果、腰の骨を骨折し、中の神経を傷つけている恐れがあると分かったらしい。


「……治る可能性は、殆ど無いらしい」


 医師からの説明を受けたのだろう、マートルがディルに代わりタイムとカレンに説明する。

 骨の中にある、体を動かす神経がやられている可能性があるいじょう、もしこのまま痺れが取れなければ、ディルの下半身は一生動かないだろうと。

 そんな事、認めたくなかった。

 タイムはこんな理不尽なことあるもんかと怒鳴り散らしたい気持ちを押し殺し唇を噛む。

 なぜ今なんだ。

 何故次から次に面倒が起こるのか。

 それもディル一人を狙うかのように。

 せめてこの傷が治る方法でもあればいいのに。

 外科呪術でも治らないのなら、もっと高位の呪術が有れば。タイムはふっと思い出す。


「あるよ」


「え……」


 タイムの言葉に俯きかけていたマートルが顔を上げる。


「治る可能性はある。馬鹿高い金はかかるけど、マロウスの秘薬を手に入れられればきっと治せる!」


 万病を癒し、目の見えぬ者にさえも光を与えるという万能薬、一年に一度しか実らぬというマロウスのギフト、生命の果実さえあれば、ディルの体は治せるとタイムは言う。


「けどあれは……」


 ディルもそのギフトについては知っていたのだろう。

 何せマロウスのギフとは金で買える数少ない奇跡だった。


「マロウスの秘薬は果物の形をしてるギフトらしい。師匠は知らないって言ってたけど俺はあの後調べたんだ。濃度の高い薬酒は骨折や手足の麻痺なら治すことができるって」


「いくらかかるか知ってんのか?」


 吐き出すようなディルの言葉に、タイムは重く頷く。

 分かっている。だからこそディルは買えるはずがないと知っているのだろう。

 タイムはマートルを覗う。

 何も言わないが、縋れる希望があるなら縋りたいと、その目は語っていた。


「ソレル家の土地か船を全部……売り払うくらい」


 マートルが愕然と目を見開く。それは今ソレル家の持つ現金の資産よりも多い財産だ。

 その上その資産を管理しているのは今はディルではなく従兄弟のネトル。

 まさか一従業員扱いのディル一人に、ソレル家の金を、家業を危うくしてまで使うわけもない。


「馬鹿! んな金用意できるわけないだろ!」


 用意できもしない金の話をするなと、ディルは常らしからぬ強い口調でタイムを糾弾する。

 希望を見せるだけ残酷な話だと叱責する言葉に、タイムはギシリと歯を軋らせる。

 確かに自分が言っただけの金を、ソレル家から引っ張ってくることも、すぐに用意することも不可能だろう。

 しかし、全く何もできないと決めつけるには早いはずだとタイムは考える。

 何かしら、まだ手はあるはずだ。あると信じたかった。


「ギフトを見つければ……」


 思いついた言葉がそのまま声に出る。


「何だって?」


「この町のギフトを見つければもしかしたら、それを金に換えられるかもしれない」


 町を水害から救うことのできるギフト。

 それさえあれば今ベラムが災害対策に当てている資金を浮かせることができる。

 その公費を報酬として要求することができれば、もしかしたら金を工面できるかもしれない。

 それは幼稚な考えだ。

 本当にギフトがあるかも分からず、有ったとしても活用する場面が来るかも分からない。

 そして活用したとして、本当に金になるのかも分からない。

 それでも、タイムはすがる思いでギフトが有ればと訴える。


「馬鹿を言う、どんな形の物かも分かってないってのに!」


「だから調べるんだよ! 俺が!」


 幸か不幸か、ギフトの手掛かりはディルの抱え込んだ不安の種として倉庫にある。

 あれを使えばタイムの得てきた知識と合わせて見つけることができるかもしれない。

 タイムは希望的観測で、自分なら見つけられると啖呵を切る。


「いい加減にしろタイム! お前は俺が雇ってんだぞ! お前が変な事をしたら俺が監督不行き届きになるんだからな!」


 しかしディルはそんなタイムの勝手を許さないと切り捨て、ギフトを探すなどもっての他だと言い切る。

 その言葉には、ギフトを探すために盗品に故意に手を付けるタイムを案じるディルの想いが籠っていたが、タイムはそれに気が付かぬまま、だったらとさらに言葉を重ねる。


「だったら……今日限りで辞める」


 言うやタイムは返事を待たず、病室から逃げるように飛び出した。


「はあ? ふざけんな!」


 慌てるディルの言葉を背中に受けて、タイムは廊下を走る。

 突き当りを曲がったところで看護師だろう女性に、走らないでくれと注意を受け、足を止める。


 タイムを呼ぶディルの声はまだ聞こえる。

 看護師が慌ててその声の方へと向かう後姿を見ながら、タイムは聞こえる声に耳を傾ける。


「おい! こらクソガキ! 不良息子! 帰って来い馬鹿!」


 ディルは怪我人のくせにどこからそんな声が出るのかという大きな声でタイムを呼ぶ。


「帰って来い! タイム! お前が頑張る必要なんかないだろう!」


 頑張る必要が無い、それがタイムの一番聞きたくない言葉だった。

 タイムはクソッタレと吐き出すように呟いてその場を後にした。


 総合病院のロビーには、色んな人が出入りしている。

 タイムはその人の流れを見ながら、自分の知ってる人種と照らし合わせて観察する。

 自分はベラムを出て成長したはずだった。

 知りたい事を学んで、その知識を生かして、仕事を見つけて、施設に恩返しをしていくはずだったのに。

 タイムが恩を返したいと思っていた施設はもう閉鎖寸前で、タイムが恩を返さなくてはいけなかった人は冷たい土の下。

 兄と慕い役に立ちたいと思っていた相手には否定されて、一体自分は何をやっているのかと嫌気がする。

 せめて謝らなくてはと思い、一度病院から出た後に頭を冷やして戻ってきたものの、ロビーから先にはなかなか足が進まなかった。

 次々と入れ代わり立ち代わり過ぎていく人間達は、やはり火の穴熊が多い。一見して病気と分かる顔色や、怪我人らしき者、その付き添い、中には妊婦もいる。

 特に目についたのは、顔などに大きな怪我をしている者だ。

 それが女性であるなら特に目を引く。

 喪服のような黒いドレスにベールの付いた帽子と、一瞬マートルかと思う姿の女がいた。ベール越しにも顔に酷い火傷の跡があるのが分かった。

 ケロイド状に引き攣れた皮膚が癒着しているのか、右の目はつぶれたようになっている。

 長く頬骨に沿うように立つ耳も火傷のせいかいびつに歪んでいた。

 もしかして放火窃盗の被害者なのだろうか。

 付き添いらしき火の穴熊の男と一緒に呼吸器科の待合室へと向かう。

 放火窃盗は物損以外にも人的被害が出ている。

 もしディルやタイムが盗品に手を付けることで、放火窃盗の犯人と共犯だとでも思われたら、その時は目も当てられない事になるだろう。

 タイムにもそれは分かっていた。

 ディルがタイムに対し怒ったことは正しいのだ。

 自分が間違っているのだから素直に謝ればいいのに、そう思ってもタイムは動けない。


「兄さん……戻ってた!」


 声が聞こえて振り返れば、病院の入り口から自分に向けて小走りにかけてくるカレンの姿。

 額に浮いた汗と息切れをしている様子から、タイムを探していたのだろうと分かった。


「何で追ってきたの?」


「あのね、僕色々考えた」


 タイムの問いには答えずに、カレンは自分も考えたんだと言う。


「兄さん達が何で喧嘩したのかなって? 兄さん達は、何か僕達に内緒を持ってるでしょ」


 否定が無いのは肯定だと受け取ったのか、カレンはそのまま話を続ける。


「オリーブ姉さんから何回も話を聞いてるの、もしかして放火窃盗と関係ある?」


 あるんだねと勝手に頷くカレンに、タイムは大きくため息を吐く。

 カレンは嘘を吐けないとタイムは思っている。

 それと同じくらいに、タイムはカレンに嘘が吐けなかった。

 カレンは言葉ではなくタイムの態度から嘘を見抜く。

 最初から嘘を吐く気で接するディルには騙されても、質問には答えないという態度のタイムではあっさりと見抜かれてしまう。

 言葉にしなくても察してもらえる安心感と、手に取るように心を見透かされる気恥ずかしさに、タイムは泣きそうになりながら大きく頷く。


「僕、兄さんの味方になるから」


 カレンはタイムの手を取る。


「一緒に来て! 秘密の場所を教えるから!」

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