18.持て余す
オリーブに目を付けられてしまうようでは問題があると、その日のうちにタイムは一人件の倉庫の箱を確認しに行った。
まだその箱はそこに有り、タイムはそれに失望と安堵の相反する感情を抱く。
これが有ればディルの立場を危うくしかねない。
しかしこれはディルを不当に追いやっているネトルへの反撃のきっかけになるかもしれない。
タイムは取りあえずその箱を倉庫の奥へと移動する。
眠り羊は腕力のある方でよかったと思った。
天眼火の鳥族はとにかく体が強い方ではないと師匠が言っていたので、もし天眼火の鳥族の血が強かったなら、タイムはここまで一人で動けなかっただろう。
事務所に戻り倉庫の鍵を管理しているバジリコに返せば、バジリコは声を落して訊ねる。
「箱は?」
「まだあった。動いてる様子はない。一応倉庫の別の場所に移して、搬出予定の日が遅いやつの中に混ぜた。これで盗品が持ち出される時間の猶予はできたと思うけど」
バジリコと共に事務所に残って残業をしていたディルが、ぼやくように呟く。
「最近は火事ないもんなあ」
「……目的の物は、見つかったんですかね?」
鍵を借りる際バジリコには盗品が何であるか、犯人の目的の予想について話していた。
ギフトについてバジリコは最初半信半疑だったが、タイム一人で調べたのではないと、リコリスやオリーブの言葉を聞かせれば、情報が確かなら自分も同じ予想をすると納得した。
「どうだろうな。でも、ギフトはソレル家にとっては悪い物じゃなさそうだ」
オリーブですらすぐにソレル家にとっても使える物だと考えられるほど、水を制御するギフトは有用な物だった。
災害を未然に防ぐ以外にも、使い道は色々あるように思える。
何だったら同業他社への妨害にも使えるなと、軽口の様にディルは言うが、それを想像しタイムはとんでもない事だと首を振った。
「まあ.....ソレル家にとってはそうだけど、俺にとっては良くないよなあ」
ただでさえディルが今押し付けられている仕事は、忙しくはあるが評価を得られるものではない。
この上でさらにネトルが同業者への妨害から、商売を奪い自分の功績にするようなら、ソレル家の親族達はディルへの評価を相対的に下げることになるだろう。
それに何より、他者を妨害すると言うのがあまりにも陰湿で、セイボリーが一人で大きく育てたこの商売を汚しているような気がしてタイムは悔しかった。
「何で弱音吐くの? 施設の事もあるし、兄貴には頑張ってもらいたいんだけど?」
「らしくないですよ、ディルさん」
らしくないとタイムとバジリコ二人に言われて、ディルは椅子の上で伸びをし大きく息を吐く。
疲れたと言葉にしなくても、その吐息には苦々しい疲れが滲んでいた。
「もう、お前らそんなに持ち上げないでよ、俺調子に乗っちゃいそうじゃん」
「乗れるならいいんじゃない」
「ディルさんが調子に乗っていないと、マートルと喧嘩でもしたのかと思いますよ」
らしくない弱気な発言が続くディルに、茶化して言えばディルは否定をせずにあははと笑う。
いつもの調子に乗った笑い方ではない、それだけで気が付くこともある。
「あ、喧嘩したんだ」
「そうなんですか?」
「いや……別に。もういいや、そろそろ時間だし俺本家の方行ってくるわ」
喧嘩をしたとは言わないが、いつものように惚気もしない所を見ると、やはり何かしらの衝突が有ったのだろう。
タイムとバジリコはここは突っ込むよりも放っておいてやるべきかと視線を交わして頷きあう。
「はい、お疲れ様です、頑張ってきてください」
「んー」
バジリコの形だけの労いに、手をひらりと振り返してディルは椅子から立ち上がる。
ベストの上にジャケットを着こみ、山折れ帽まで被れば、いつもとは雰囲気の違うディルがそこにいた。
帽子の影のせいなのか、いつもよりも表情が暗くは気が無い。
「何をしに?」
「一応今後の船の運航について話し合い、という名目。堰とか通る時は事前に書類出しておかないとだろ?」
「それもうちの事務所だったの?」
まだ教えてもらってない仕事だとタイムが言えば、ディルは苦笑し教えられるほどこっちも把握してはいないと返す。
「最近増えたんだよ……」
「何それ……」
「地味にね、雑務を押し付けられてる。申請書とか定型決まった文を書く程度の仕事ならマートルが何とかしてるけど、そろそろそれもやばいってなってた」
仕事ばかりが増えてるとディルは言う。
そんな不当な扱いも、自分がしっかりネトルと戦えれば変わるはずだからと、ディルは気合を入れるように拳を天井に着きあげた。
ディルが出て行くとタイムとバジリコ二人だけが事務所に残された。
タイムは自分だけが役に立たないのではないかと不安に思いバジリコに問う。
「俺書類の整理とか、見直しとかばっで、いいの?」
「いいんだよ、そういう雑務も大事。ってかむしろ、俺達がこの部屋に縛り付けられてる分、タイムにはもっと動いてもらいたい。タイムにしか頼めないない事もあるから」
「どういうこと?」
タイムはまだ新人の名目だけの秘書だ。
今同じ部屋で仕事をするバジリコやマートルはもちろん、別の部屋で仕事をしているディルの事務所の職員達程も働けていないはずなのに、そんな職員達ではなくタイムにしか頼めない事があるとバジリコは声を落して返す。
つられてタイムも声を落し、二人は囁くような声で話す。
「この事務所内にいる奴らの雇用は、全てソレル家が管轄してる。この部屋にいる俺達だけがディルさんの直属で……改竄とかされたくない書類だから、わざわざこの部屋に保管してたんだ」
「ちょっと待って、その言い方だとまるで……」
タイムが皆まで言うよりも早くバジリコは頷く。
「以前に一度、重要な書類の改竄をされた事が有った。船の使用予定の日程が、意図的にずらされてダブルブッキングするところだった。その時は確認作業を何度も行っていたからすぐに気が付けたし、何とかなったけれど、もし気が付くのが遅かったら、責任は全部ディルさんが被る事になっていたと思う」
船一隻分の商取引がパーになるところだったと冷や汗を拭う仕草でバジリコは説明し、重大なミスを起こさないよう、書類の確認作業をする人員はできる限りディルの信用を得ている人間が必要だったと、改めてタイムが事務所に来てくれてよかったと続ける。
それを聞いてタイムも納得できることが有った。
「だからか……やっぱりディルの足を引っ張る目的で、わざわざディルの管理してる倉庫に盗品隠したってバジリコは思ってたんだな?」
「そうだ……だから俺としては、一刻も早くあの箱を町兵に引き渡したい」
あの盗品を倉庫に隠した相手は、何時だってディルを落しいれるために動ける。
それに躊躇することも無いだろうとバジリコは確信しているようだった。
実際にソレル家としての商売での信頼性を多少損ねようと、ディルに泥を被せることができればいいと考えていたとしか思えない、そんな内容の妨害工作だ。
バジリコがそう思うのも仕方がないだろう。
しかし、タイムは町兵に引き渡すのはまだ駄目だと首を振る。賛同を得られない事と、焦りに思わずバジリコは拳を振り上げた。
「兄貴が疑われるのは変わらない」
「じゃあどうすればいいっていうんだ!」
ディルを守るために動かなくてどうするんだと、激しく怒りをあらわにするバジリコに、タイムは一旦落ち着いて考えるんだと肩を掴んで声を落させる。
「バジリコ兄さん落ち着け、兄貴に黙って引き渡すのは駄目だ、絶対」
「わかってるさ……それは」
とにかくディルに黙って何かをするのは駄目だ。
ディルが今は静観をすると決めているのだから、まずはここで言い争うのではなく、ディルを説得する方法を考えるんだと、説得をすれば、バジリコはその通りなんだよなと、イスに深く座り込みうなだれた。
バジリコの気持ちはタイムにも痛いほどよく分かった。
ディルを守りたいという気持ちが、施設出身であると言うだけでなく、自分達を認め仕事を与えてくれた恩義に報いたいという気持ちがある以上、ディルのためにできる限りの事はしたかった。
恩人の危機は見逃せるはずもなかった。
「ソレル家に疑いがかからず、どこか安全に隠せる場所が他に有ればいいんだけど……」




