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17.獣は暗がりを嗅ぎ回る

 タイムとマートルの二人は家を出ると、急ぎ町の中心へと向かった。

 オリーブの勤務する町兵の警邏部詰め所に行くと、まさにこれから仕事だといわんばかりの、上から下まできっちりと制服を着付けたオリーブが二人を出迎えた。

 オリーブだけでなく、カレンとリコリスがいたのは、二人がオリーブと共に夕食を摂っていたからだと言う。

 二人はこの後中央学院の学院寮に行き、カレンはそこでの最後の夜間清掃。

 リコリスは寮に帰る手はずだったらしい。


 中央学院の寮は警邏部詰め所のすぐそばで、この辺りは夜でも治安がいいんだとオリーブは言う。

 そうでもなければこんな日が暮れた時間まで妹達を連れまわさないだろう。


 一応今はまだ勤務時間手前、夕食を食べた後の腹ごなしをしていてもいいからと、オリーブは仕事の時間が迫るカレンを除いた三人を伴い警邏部詰め所の外へ出る。

 同僚達に声をかけられながら、兄弟なんだと返すオリーブ。

 何と言うことも無い普段通りの姿のように見えたが、オリーブは二人がわざわざ足を運んだことに強い疑問を持っていた。

 人の気配が無い所まで来ると、オリーブは表情厳しく何が有ったのかと二人に問う。


「オリーブ、お前の上司はどんな人なんだ?」


「うん?」


 思っていたのと違う返しに、オリーブは戸惑うが、大事な話なんだとマートルは問う。


「信頼できる人か? 怪しい所は無いのか?」


「直球過ぎるだろ……」


 タイムが呆れるほどぶしつけな質問に、オリーブはなるほどと頷く。

 思う所はあるといった様子だ。


「そうだなあ、僕は信頼しているが、多分信頼はできないな」


「ちょっと待て、信頼できないのか? いや、お前は信頼している? どういうことだ!」


 オリーブはあっけらかんと答えたが、その答えはマートルとしてはあまり聞きたい物ではなかった。

 今現在ディルの管理する倉庫に盗品と思わしき物が有る以上、オリーブの上司が信頼できないのなら、オリーブにもこの話はするべきではないと思われたからだ。

 タイムはこれ以上の話は止めた方がいいと、マートルの服の袖を引く。


「しているぞ、悪い人ではないからな。ただ無条件で信頼していたらお前達に話したりするものか。何だ、お前達は僕が何も考えてないと思っていたのか? 考えてはいるぞ、ただ下手の考え休むに似たりだ。行動する時は考えないようにしているだけで」


 しかし答えるオリーブは何の問題が有りようやと、カラカラ笑いへ行きそうな様子。

 信頼をしていないと言いながら、上司は悪い人ではないと言い切る。


「行動する時ほど考えろよ。で、上司を信頼できない理由って何?


 オリーブが信頼しているのは上司の人柄か、それとも行動規範か、その辺りを探る方がいいかと質問を変えれば、オリーブは笑みを消し、神妙に答える。


「僕はあの人が何か隠し事をしているんじゃないかと思ったことがあったんだ。それで、今日あの人は嘘をついている節がある……と、リコリスが言った」


「ハーイ、僕が姉さんに教えました」


 それまで沈黙を保っていたリコリスが、小さく手を挙げ発言する。


「どういうことだ?」


「さっきね、ちょっと気になったから、オリーブ姉さんに頼んで挨拶させてもらったんだ。ほら、タイム兄さんなら分かると思うけど、僕の友達って匂い羊でね……事件の時に聴取をした兵士の人、少しおかしいって言ってたから」


 リコリスの言うタイムなら分かると言うのは、タイム自身がリコリスに話した匂い羊の性質の事だろう。

 リコリスの気難しい性質と合うのは同じ匂い羊しかいない。

 そしてその匂い羊の性質として、嘘を嗅ぎ分けることができる。

 カレンと共にオリーブと食事を摂る事にしたのは、上司への挨拶の機会を作ってもらうためだったとリコリスは言う。


「なるほど……聴取の時に嘘を嗅ぎ取ったのか!」


 マートルが納得すると、リコリスは頷きつつ、タイムへとちょっとした嫌味を返す。


「そう、タイム兄さんが言う通り。おかげで僕は友達はあんまりいないけどね」


「あー……悪かった」


 友人がいたのかというタイムの言葉は、思いの外リコリスの気に触っていたようだ。


「いいの別に。それよりも、その数少ない友達は信用できる人間を選んでる。彼女のためになりたいと僕が考えてるのも本当」


 だから今積極的に動いているのだと言うリコリス。


「嘘の内容は?」


「分からない。ただ漫然と、何となく嘘? 隠し事をしてる、って感じるだけだから。あと、すごく僕達の事を気にしてるような……興味を持ってるような?」


 はっきりと何かが分かるわけではなく、きな臭いと感じるだけだと答えるリコリスだが、その言葉はどうにも歯切れが悪く、嫌な感じではなかったんだと最後に付け加えた。


「僕は上司よりも、さらによく知るリコリスを信用しただけだ」


 嘘は吐いているが嫌な事ではない、だから信頼はできないが信頼はする。

 ややこしいがオリーブとしては妹の言葉を信用したということなのだろう。

 ならばその嘘に関係するのは、嘘を嗅ぎ分けた時の状況かと、タイムはリコリスに問う。


「聴取の際、何を聞かれたか分かるか?」


「一応、盗まれた物と、それと同質の物の見分、被害状況の事はあんまりはっきりとは聞かれなくて、特殊な盗まれ物に固執してたって」


「そんなに大事な本?」


 オリーブの上司が固執した本がどんなものか、それが何か分かるかと問えば、はっきりと分かると、オリーブが代わりに答える。


「大事かどうかは分からんが、希少な本だったらしい。それと、思い出したことがある。タイムがこの間話してくれた昔話しだ」


「あ、そうそう、友達の話では……ああタイム兄さんに話を聞いた後にさ、その事話したんだけど……ベラムのギフトについての記述のある本は軒並みだったらしいよ」


 オリーブとリコリスが交互に答え、大事な事だと念を押す。


「ギフト? 今更?」


 確かにタイムは昨晩ギフトの話をした、しかしそれは特別な意味が有ったわけではなく、カレンが知らないと言ったからだった。

 昔話程度のつもりでした話に、何故こうも二人が食いついたのかタイムには見当もつかなかった。

 しかしその疑問は続くオリーブの言葉に別の疑問へと変わる。


「それと放火窃盗が頻発しだしたのは、二年前。一番最初の事件だと思われるのは、そうだな、セイボリー氏が亡くなった直後ぐらいだったか……ただし、もしかしたら関連が疑われるかもしれない、という窃盗事件が有ったのは、三年前の洪水の直後だった。放火窃盗とは違うが、混乱した現場での窃盗は災害後にはよくある犯罪だ。そこで盗まれた品が文書関係の物だと言うのは珍しいように感じた」


 オリーブが三年前の洪水の事を気にしているらしいことは会話から気が付いていたが、そこからまさかそこから放火窃盗に関係が出て来るとは、しかもそれに気が付いたのがまさかのオリーブだとは思わず、タイムは本当なのかと何度も繰り返す。

 さすがにオリーブが眉間に皺をよせ口を歪めるので、マートルが遮りオリーブに問う。


「オリーブ、もしかしてわざわざ調べたのか? よく気が付いたな」


「いや、リコリスが気になるから教えてくれと言われて気が付いた。窃盗に関する記録の中で、文書関係の物の窃盗を、遡って見てくれと……まさか盗まれた物で事件を分けてはいなかったからな、今から夜勤なのに今日を丸々一日使ってしまった」


「何だ、リコリスだったのか」


 ほっと息を吐くタイムに、オリーブの拳が振り下ろされる。


「身内だからと言って調子に乗るなよ? お前は時々無駄に失礼だな、タイム」


 仕方ないとマートルも止めない。

 しかし自分で下手な考え休むに似たりと言い切るような姉だ、これは理不尽ではなかろうかと、痛みに呻きながらタイムは内心でぼやく。

 さすがにこれ以上口には出さないでおく。


「ほとんどタイム兄さんの受け売りなんだけどね」


 蹲るタイムに屈みこみながらリコリスが言う。タイムが顔を上げれば、得意げな妹の顔が間近にあった。


「俺何かした?」


「記録とにらめっこすると意外と気が付くって、この間言ってたじゃん」


「ああ、そういうことか……」


 確かにディルの倉庫の管理の書類を見て、数字の差異に気が付き、倉庫の盗品と思われる羊皮紙に気が付いた。

 その事を少し話しただけでこの結果を出したリコリスに、タイムはおもわず舌を巻く。


「さすが……天才かよ。俺よりお前が学校行って良かったじゃん」


「そりゃあね、行きたいと思ってたし」


 大げさな賞賛にもさらりと軽口を返しリコリスはタイムに手を差し出す。

 その手を掴み立ち上がって、タイムはそれじゃあと、情報を整理する。


「……じゃあ分かったことは、文書関連、それもベラムのギフトについて犯人は調べてるって事かもしれないんだな」


「僕はそう思うよ。一番最初が洪水の後ってのも、意味深だしね」


 ベラムのギフトは水の流れを制することのできる物。

 それが必要となるのは間違いなく三年前のような洪水の祭だ。

 洪水を経験しその犯人とやらがベラムのギフトについて興味を持ったとしてもおかしくはないとリコリスとオリーブは考えたのだろう。

 タイムもその考えに賛成だったが、マートルだけは懐疑的な様子で、疑問を呈する。


「しかし見つかるのか?」


 あるかどうかも分からない、百年は遡らないがかなり昔、自分達の祖父母の生まれより前かも知れない昔の話だ。


「ほとんど昔話にも形の出てこない、本当にあったのかも分からない物を? 形状どころか大きさも分かっていないんだろ?」


「だから、その形状を知るための文献をあさってるんじゃないかな?」


 リコリスは自分で調べた事でもあるので、自信を持っているようだったが、マートルはなかなか納得しない。

 そもそもそのギフトを探すことに、犯罪行為は必要なのか、と言うのがマートルの一番気になることのようだ。


「……なるほど、しかしそれなら真正面から本を見せてもらいに行くなり、金を払って本を買うなりした方がいいのでは?」


「そ、そうか……そんな独り占めみたいなことする必要ないとおも」


 マートルの言葉にオリーブも納得しかけるが、それをリコリスが強く否定する。


「あるでしょ」


「あるだろ」


 タイムまでもがリコリスに同意すれば、二人の姉はそうなのだろうかと首をかしげる。


「あるのか?」


「ギフトの力を独り占めしたいんだろ。何せその力を巡ってギフトが失われるような争いをして、一つの一族町から追い出してるんだし」


 タイムとしてはギフトの力の占有を犯人が望んでいる、というのはほぼ間違いのない事だろうと思っていた。

 放火は器物の破損や窃盗やただの殺人よりも罪が重い。

 何せ場合によっては被害が何処までも拡大しかねない。

 失火による罪だけでも重い罰金刑、過失が大きいと判断されれば長い禁固刑や労働刑が付くのだ。

 それを態と行いしかも窃盗までしているのだから、そのリスクは計り知れない。

 リスクに見合ったリターンも無く犯罪を重ねているとは思えなかった。

 ただマートルが疑問に思うのも納得がいった。ギフトには制限がある。


「ギフトの力って、特定の一族しか使えないんじゃないのか?」


 その疑問には答がある。タイムは話しただろうと答える。


「追放された一族の分家、この町に残ってる可能性がある」


「じゃあそいつらが?」


「可能性だけ……あくまでも可能性の域を出ないから、今は僕の妄想だとでも思ってて」


 すべては憶測でしかなく、本当にその一族が未だこのベラムにいたとしても、話はほとんど残っていないからねとタイムは重ねて言う。


「なら妄想でもいい、どういう人間が水を制御できるギフトを欲しがると思う?」


 オリーブとしては自分の調べた事を事件解決に少しでも役立てたいらしく、可能性だけでもいいから示唆をくれとタイムに話を促す。

 本当に妄想なんだけどと一言置いて、タイムは答える。


「水の流れを御すことができるってだけで、十分価値がある。少なくとも、船を使う商売してる人間なら……」


「ソレル家のような商家ということか」


 濁した言葉をあっさりと口にするオリーブに、タイムは額を押さえた。タイムの横で目に見えてマートルの顔が強張る。


「まああくまでも妄想だから」


 だから疑ってくれるなよと、被せるように続け、これ以上は止めておくからと言葉を切るタイム。

 今オリーブの疑惑をソレル家に向けてしまえば、ディルの管理する倉庫に盗品があるかもしれないとばれてしまう。

 それだけはとにかく避けたかった。


「姉さん、恩を仇で返すようなことしないの。ソレル家のわけないでしょ。だいたいソレル家のようにお金のある人達なら、一人占めしたいにしても、それこそお金払って本を買えばいいんだから」


 オリーブの言葉はあまりにも失礼だとリコリスが言う。

 その視線がチラリとタイムと交差し、タイムはリコリスにありがとうと口の動きだけで答えた。

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