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16.きな臭い

 リコリスに頼みがあると翌日の朝に告げると、ならば昼から時間を取るとリコリスはすぐに承諾してくれた。

 昼からはディルの方が忙しいので、タイムがリコリスと共にネトル周辺の人間を探るべく、ソレル家の本家や会社として使っている建物周辺を探る事にした。

 嘘を嗅ぎ分けるのに必要な距離と言うのがどれくらいかまでは分からなかったので、タイムはとりあえずリコリスを連れて歩くだけにとどまった。


「……嫌な感じって言うか、全体的にこの辺りがきな臭い、煙っぽい匂いは感じるかな。でも本物の匂いじゃないって言うか……あと卵が腐ったような匂いがする」


 リコリスの鼻は思った通りタイムの望む物を嗅ぎ取った。

 それはソレル家の本家の建物付近での事だった。


 卵が腐ったような匂いと言われて、タイムが思い出したのは、師匠から聞いた硫黄という物質の事。

 薬剤師や薬種系の呪術者の象徴として酸、硫黄、塩という三つの物質をかたどったマークが有り、この物質の性質について教わった。

 酸と硫黄はそれぞがとても危険な物質で、触ったり空気に溶け込んだ物を吸うと毒を受けるのだという。

 そして硫黄は火山で採る事が出来、この辺りではシフレ山が主な産地であること、硫黄はとても臭く、たんぱく質を腐敗させたような、まさしく卵が腐った匂いのようだと言われている。


 硫黄はソレル家でも扱っている物だったが、それが置いてあるのは実際に使う工場か、運河沿いの倉庫の中でも、特に厳重な保管がされている倉庫のみ。

 ソレル家の本宅が有る様な、それなりに金のある人間達の住居が密集した場所で嗅ぎ取るには不自然な物だった。

 シフレの火山の呪いが匂いで分かるのなら、火山地帯に関係のする匂いだろうとタイムが予測していた通りだった。


「やっぱりそうか。悪いな、わざわざ時間取らせて」


「いいよ、お土産買ってもらったし、久しぶりに兄が帰ってきたから会ってくるって言ったら、学部の皆も快く送り出してくれたもん」


 そう言ってリコリスが掲げたのは、タイムがマザー・フラックスに買って行ったのと同じ焼き菓子。

 祭りのときなどの特定の時期にしか食べられなかった御馳走を、リコリスは幼い時のように頬を染めて喜んでいた。

 やっぱり自分にとってリコリスは大事な妹だと実感すると同時に、こんな面倒な事に巻き込んでしまっているのが酷く申し訳なくなる。

 タイムは苦笑しリコリスの頭を撫でた。


「苦労してないか?」


「別にしてない。うまく立ち回る方法は知ってるよ」


 苦労は無いとは言わないが、それくらい自分でどうにでもできると言う。

 リコリスを中央学院の学舎まで送り届ける道を歩きながら、タイムはやはり伝えるべきだなと考える。


「リコリス、お前が小さいの食事がちゃんと摂れてないからじゃって思うんだけど?」


「そう見える?」


「うん」


 だから絶対に苦労はしているだろうとタイムは指摘する。


「もう少しくらい俺達に頼れ。甘えていいから」


 兄ぶってそう言えば、リコリスは平気だからと繰り返す。


「タイム兄さんは、ほんと四年でちゃんと成長したんだね」


「ちゃんとって何だよ」


「だって、僕は妥協の仕方は覚えたけど、成長の仕方分かんないよ」


「お前も立派に成長してると思うけど?」


 タイムが人の中での立ち居振る舞いは自分なんかよりもよほどうまくなってると言うと、リコリスはそれは当然だと胸を張る。

 一人きりでいきなり知らない人達の中で勉強をするよう勧められ、施設のためになるならとリコリスも努力をしたのだ。

 それで弊害があるとするなら、確かにタイムの言う通り、リコリスはあまり食事を摂れないでいた事だった。


「ねえ、僕ってまだ身長伸びる可能性あるかな?」


「分かんない。種族の成長はそれぞれ特徴があるらしいけど、羊系の種族の多くは、ちゃんと育てば基本的に人の成長の平均だったと思う」


「そっか、じゃあ……ギリギリ行けるかどうかってとこかな?」


 リコリスの年齢ならばもう少し成長のよりはあるだろう。

 タイムはそうだなと同意する。


「飯食え飯、そうしたらもうちょっとは伸びると思う」


「そうなの?」


「金の目雷鳥は、結構身長は高くなるらしいから」


「身長よりも女らしくなりたい。んでもって顔には自信あるし、玉の輿に乗るから」


 リコリスが笑って言うその言葉の意味の真意に気が付き、タイムはそこまでしなくていいよと溜息を吐く。


「金なんて心配すんなよ……。施設は俺達が何とかするから気にするな。お前も、カレンも、ほんと面倒だよな」


 自分を犠牲にするような金の工面の仕方なんかいらないとタイムが言えば、リコリスはぷくりと頬を膨らませる。


「そんな言い方しないでよ」


 そんな言い方が何処にかかっているのかも気にせず、タイムは悪びれもせずに「悪かった」と答える。

 リコリスは少しだけ寂しげに笑い、いいよと返して、タイムと別れた。




 夕方、夕食時にはまだ早い時間にタイムは家に帰ってきたが、いつもの使用人の姿は無かった。

 珍しい事もあるもんだと、タイムは少し気にしながらも談話室へ。


「ただいま、兄貴帰ってる?」


 返事を返したのはマートルだけ。他に誰かが来ている様子もない。


「お帰りタイム、ディルは今日は珍しく遅くなるらしい」


「ああそうなんだ……リコリスも、今日はちゃんと学院の寮に帰るってさ」


「まあ毎日呼ぶわけにもいかないしな」


「カレンは」


「今日が最後の仕事、夜間清掃だから、かなり遅くなるそうだ」


「オリーブ」


「夜勤。カレンを迎えに行ってから帰ると言っていた。夜勤後は直接自宅に帰るそうだ」


「何だ、皆来ないのか」


 確認してみれば、どうやら今日の夕食はタイムとマートルの二人きりらしい。

 別にそれが嫌と言うわけではなかったが、タイムは少しばかり肩を落とした。


「寂しい?」


「別に」


「素直じゃないな」


「帰って来た日以来だな、二人きりは。こうしてると思いの外会話が続かない」


「続けようと思えばいくらでも続けられるけどね……」


 からかうようなマートルの言葉に、タイムは唇を尖らせる。

 物を聞かれれば饒舌になるタイムだったが、普段はどちらかと言えば口数が多いのはマートルの方だ。

 なので何か質問でもされない限り、会話の主導権を握るのはマートルになるだろう。

 何となく悔しく思ったので、タイムは話題を探す。


「そういや……」


 帰って来たばかりの日に、火事に遭遇してその現場で見た男の事を思い出す。

 穴熊族の特徴を顕著に表すような姿形のあの男。

 タイムはそれをマートルに言ってもいい物かどうか、悩み眉をしかめる。


「どうした?」


「別に……」


 上手く切り出せずに結局飲み込む言葉。

 あの穴熊族の男が不自然に感じても、実際にどういう理屈でそこまで気になるのか、自分一人の感覚だけでは言い表しがたかった事と、マートルに心配をかけることはディルが望まないだろうと考えたからだ。

 マートルには黙っておくかと自分の中で決着をつけるタイムに、マートルは不思議そうに首を傾げた。


「僕に言いたい事があるならいいなよ」


「無いよ」


「……分かった。最近お前達は僕らを省いて何かやってるものな。僕には言えないか?」


 自分から主張したい事を飲み込んでしまうのはタイムの癖だ。

 なので会話を進める時は時分から質問をするべきだとマートルは理解している。

 ただその質問が嫌味になってしまったのは、最近のディルとつるんでしていることへの当てつけだろうとタイムは気が付く。


「別に、あんたを蔑ろにしてるわけじゃない」


「分かってる、ディルが僕に心配をかけたくないと言ったんだろ?」


「……」


 黙った時は図星の時だとマートルはタイムの頭に手を置く。

 子供扱いされて悔しく思う反面、タイムにはしまったなと言う思いもあった。


「バジリコ兄さんは嘘が吐け無い人なんだ、すぐに顔に出る」


 秘密にしていてもどこから洩れるのか、考えて見れば周りは身内ばかり、その行動を熟知していれば結構簡単に秘密があるかどうか位は分かるのだろう。

 目ざといなと少しばかり辟易すれば、マートルはニヤリと笑って見せる。


「お前も結構出てるね」


「そう?」


「そうだよ。まあ今すぐには聞かないでおくさ。ディルにも男の矜持があるだろうしね」


 情けをかけてやるとマートルは言うが、黙ってかけてはくれない辺り、気の強い彼女らしいかとタイムは溜息を吐く。


「……信用してないわけでも、信頼されてないわけでもないか」


「ママもそうなのかもね」


 マートルの言葉に、タイムはなぜそこでマザー・フラックスが出て来るのかと一瞬困惑するが、黙って事を進めようとするタイム達と、施設の運営状況を頑なに教えようとしないマザー・フラックスの考えは、根本が同じなのだと気が付く。


「ああ、そうか……」


 頼って欲しいと切に願っても、その相手は、大切な人だからこそ心配をかけたくないと口を噤む。

 タイム自身が困ったことになっていたとしても、タイムもきっとマザー・フラックスに頼ることは無いだろう。


「俺も、ママには言わないか」


「むしろ何でもかんでも開け透けなことの方が珍しい。オリーブやカレンみたいな、ね」


 黙ってることは悪い事じゃないと肯定し、隠し事ができない方が珍しいのさとマートルは笑う。

 嘘を吐けないと評された兄弟の事はタイムも納得するばかり。


「カレンはなあ……嘘吐けないどころじゃないよなあいつ」


「顔にも出るし、嘘を吐こうとしたらその隠さなきゃいけない事自体を口走る」


「あるある」


「でもまあ、秘密だって言ったらそれは守れるんだよなあの二人は」


「不思議な事にね」


 タイムは不思議と言いつつも、カレンが嘘は吐けずとも秘密を守れる理由を知っていた。

 誰かのためになるのなら、約束は破らないのがカレンだ。


「オリーブも」


 マートルが付け足す。

 カレンは秘密だと言われたから守るが、寧ろオリーブは自分が守るべき秘密だと感じたら、口を割らせるのは容易ではない。

 考え自体を変えてやる必要があるので、リコリスのような搦め手での説得以外受け付けないほどだ。

 なので放火窃盗の事件についても、上司の言いつけを守るべきかどうかということで、迷いが有ったのだろう。

 職務としては守るべきだが、仕事の背何時からして守らずとも問題の無い内容だった。

 しかし自分は上司を信じているので守秘義務を全うするべきだと思っている。

 だが愛する妹達がお願いと頼むのだから、その妹達を信じて話すべきだろう。

 手に取るようにオリーブの考えが分かったが、しかし、分からない事もあった。


「そういやそれなんだけどさ、オリーブの上司は何でオリーブ達部下に、盗品の事秘密にさせてたんだと思う?」


 タイムが問えば考えてもみなかったとマートルも不思議そうに首をかしげる。


「え……そういえば考えた事も無かったな。オリーブは犯人を警戒させないためと言っていたが、そもそも盗まれた品を探している時点で、犯人は気が付くな」


「だろ?」


 盗品が何か、特殊な物であるなら、類似する物を持つ人物が自衛をするためにも知らせておくべきなのではないかとタイムは続ける。

 マートルもタイムの言葉にうなずきつつ、おかしな話だなと表情を険しくした。


「……犯人意外の者に、盗品が何であるかを知らせたくなかった?」


「だとしたら、犯人の利に協力するって事じゃない?」


「それではまるで共犯者だ」


「……まさか、ね」


 あまりにも考え過ぎだと二人は笑って、今の話は無かったことにと言い合う。

 しかしいったん生まれた疑問はどうしても解消する事が出来ず、二人は家を出た。

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