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14.優しい羊たち

「ねえ、僕の続き話は?」


 カレンの呼びかけに、タイムは思考から浮上する。今は団欒を取り繕うのが正しいのだろう。

 タイムは話を続ける。


「カレンの血筋は半分しか分かんない」


「寧ろなぜ半分分かるのか気になるんだが?」


 それが不思議だとマートルが口を挟む。

 形質的には一切匂い羊らしい所が無いカレン。

 同じく半分が匂い羊でありながら、形質を持たないリコリスを挙げ、タイムは説明をする。


「リコリスが懐いてるから。こいつ昔から他人が自分に敵意があるかどうかってのを気にしまくってたろ? それで最初カレンにしか懐かなくて、カレンが俺に懐いてるから俺にも懐くようになって、そんで俺らの面倒をよく見るからマートルやオリーブや兄貴にもって感じだった。今でも友人は選ぶんだろ?」


「そうだね……うん、そうかも」


 タイムの説明にはリコリスも思い当たる節が有った。

 元々この六人が仲良くなったのも、リコリスが他の施設の子ど達になかなか馴染めなかったためだった。


「そっか、だからいたのかって?」


 リコリスは先ほどの食事の時のタイムの驚きようを思い出し苦く笑う。

 友人を作れず幼い時分に随分迷惑をかけた兄が、何故リコリスがそういう気質だったのか、責めもせず否定もせず、考えたうえで納得する答えを出していたことが、どことなくおかしく感じた。


「面倒くさがってくれてても良かったのに……匂い羊の特徴は?」


 問われるままにタイムは答える。


「自分と同じ種族に対する、強い仲間意識と、敵意や嘘を匂いで感じ取る。嗅覚が優れていてスタミナがある。寒さに強くて暑さに弱い。別に気難しいのお前だけじゃなかったろ」


 タイムの答にそれは覚えが有ると、二人の世話をいつも見ていた姉達も同意する。


「ああ、なるほど、リコリスとカレンは暑さに弱いな」


「カレンは異様なほど匂いに敏感だ」


「そ、細々としたところは違うけど、総合すると匂い羊であるってのが有力」


 タイムは他の匂い羊の条件もあって、二人が間違いなく匂い羊の血を引いていると思っていたが、確信と同時に別の事にも気が付く。


 発育の遅いカレンとリコリス。

 匂い羊は多少大食らいの性質があるのだが、反面警戒心が強いので、親が子に食事を与えないと栄養が足りず成長不良になるという。

 親が無い子は育たない、とは匂い羊に伝わる言葉なのだそうだ。

 親の無い二人はそれでも施設にいることで、姉達に親の代わりをしてもらっていた。しかしそれも成長期の頃には途切れてしまったため、結果成長しきれていないのかもしれない。


 カレンはまだ小柄で痩せ気味だが、十分に身長が伸びている。

 特に問題なのはリコリスの方かもしれない。

 タイムは睨むようにリコリスを観察し、視線が恐いとチョップをかまされてしまう。


「変態」


「ちがう、観察してただけ……まあ、リコリスは間違いなと思ってる。確信してるって言ってもいいくらい。シフレでは匂い羊と金の目雷鳥の間に子供が生まれるのはよくあるし、片方の形質だけが強く出るって事もあるらしい……一度シフレ行ってみたいな。リコリスの事ももう少し何かわかるかも」


 タイムの言葉に、リコリスもまた、自分のルーツが分かるならいいなと賛同する。

 そんな二人をカレンは少しだけ羨ましそうに見て、小さく呟く。


「そっかあ……じゃあ、僕もシフレって町の子なのかな?」


 カレンの呟きに、タイムはどうだろうかと首をかしげる。


「どうだろうな? カレンは生まれてすぐに施設の前に置きざりにされてたから」


 シフレの人間ならば生まれてすぐのカレンを預ける先に、わざわざ数日かかる距離のベラムを選ぶだろうか。

 ならばカレンの両親はベラムの人間である可能性の方が高い。


「置き去りなあ、そういうのって多い?」


 親が子を置き去りにする事なんてそんなにあるものかなとディルが素直な感想をもらせば、有るのではないかとマートルが答える。

 親が亡くなったから施設へ、というのがもっとも多い理由ではあるが、それ以外でも子供を受け入れることはあったのだ。


「理由は様々あるだろうが、経済的に育てられない、親が単純な肉体労働しかする事が出来ないので、家で面倒を見られない、死亡した子供を引き取るのが嫌で親戚などが置いて行く、僕が知ってる限りではこれくらいはいたな」


 時々施設の手伝いをしに帰っているマートルは、今でも子供が完全にいなくなってない理由は、そうやって置き去りにされることがあるからだと言う。

 置き去りはままある事だというマートルの言葉に、リコリスが憤り、カレンを抱きしめる。


「子供捨てるとか最低」


 しかしカレンはリコリスを抱きしめ返すと、そんなことは無いよと首を振る。


「僕捨てられててよかった! 皆がいてくれるの、施設に居たおかげだもん!」


 捨てられたことは不幸じゃないと、言うカレンにタイムは唇を噛む。

 施設を維持し続けたいと望むのは何もカレンばかりじゃないが、ここ最近ディルの所で働いていたタイムは薄々感じていた。

 今のままではソレル家から金を援助してもらうは難しいと。

 ディルの動かせる財産は個人の分だけで、それで施設の支援が全くできないわけではないが、そうするとディルが保っているまだ商家の嫡男であるという装丁にほころびが出かねないのだ。

 今の家を維持し、使用人を維持し、それなりに見栄の張る生活を続けなくては世間体が保てない。

 施設にまで回せる金のない現状を、タイムは悔しく思った。


「……カレンのその意識は、もしかしたら何か種族と関係あるかもね」


「そうなの?」


 悔しさを隠しながら、タイムはカレンのし種族の話を続ける。性質は種族を考えるのに大事な事だと、カレンの仲間意識の強さをピックアップする。


「匂い羊とか、走り犬とか、あと珍しい所で言うなら吼え馬とかかな、特定の種族は集団でいることに安心感を覚えるんだよ。まあでも、その分はぐれ者も生まれやすいらしい」


「何で? 安心できるのに?」


「性質が変わると、集団行動ができなくなるんだと。俺の師匠が実際吼え馬のはぐれ者だったんだけど、師匠の相方が言うには、師匠はかなり難しい性質で、人懐っこいけど敵認定したら本気で命取りに来るような凶暴性を発揮するから、絶対刺激するなよって」


 言ってタイムは身を震わせる。

 何度か見たことのある師匠の凶暴性は、確かに集団生活の支障にしかならなかったことだろう。


 自分よりも細身で小柄な女性が、タイムを軽々と抱え上げたり、顔よりも大きな石を何の苦もなく持ち上げ投擲する姿は、それまでタイムがそれまで持っていた常識を覆すもので、その力はオリーブを凌駕していた。

 目の前で酒樽を破裂させたときの姿は、赤ワインの樽だったこともあって凄惨きわまりない有り様だった。


「ええ……怖いねえ」


 タイムが本気で怯える様子に、ごくりと唾を飲む兄弟達。

 一体何を見たんだと問うディルに、タイムは首を振って語るのを拒んだ。


「凄かったんだよ、言葉じゃいい表せない……怖いって言うか、そういう性質なんだよ吼え馬は。味方には献身して手厚く守る。敵は容赦なく叩き潰す。水が多い場所に好んで集落をつくる事と攻撃性と合わせて激流の化身、暴河の王、津波の権化、生きた嵐っていう二つ名が付いてるくらいだ。集団で行動することに優れてる反面、その行動に足並みが揃えられなくなると、すぐにはぐれ者として集落を出て行かざる得なくなるらしい」


「面倒な性質だな」


 ディルの言葉にオリーブ以外が確かにと同意する。


「なるほど、だから町兵や傭兵家業をしている者の中に、時折吼え馬がいるのか」


 どうやらオリーブの仕事仲間には吼え馬のはぐれ者がいるらしい。

 凶暴性や攻撃性とタイムは言い表したが、その反面協調性も強い種族である吼え馬が、自分達の能力を生かすのに、兵務という仕事は向いているのだろう。


「僕よりもよほど腕力も体力もある様な、化物級の輩の多くが吼え馬だ。凄いぞ、彼らは」


 タイムの言葉を肯定するように、自分よりもよほど強い輩ばかりだと、いっそ憧憬の念すら抱いていそうなオリーブ。

 そのオリーブの強さを知る兄弟達は驚く。

 何せオリーブは十三の頃に、喧嘩をしていた肉体労働者の中に割って入り、力づくでその喧嘩を収めた事が有ったくらいだ。

 そこらの種族よりもよほど膂力と胆力が有るオリーブが、自分よりも凄いと憧れる種族とはいったいどういう相手だろうか。


「僕吼え馬なの?」


 カレンはそんな吼え馬の血が自分にも流れているのかと、驚いたように問う。

 カレンは見た目よりもよほど腕力も体力もある。

 言われてみれば力持ちだよねとリコリスも同意するが、しかしオリーブ程ではない。

 吼え馬の特徴は、匂い羊と被るものもあった。

 集団意識、敵と味方を明確に区別する事、味方への献身、敵対者への拒絶など。


 大きな違いと言えば、オリーブの言うような驚異的な膂力やスタミナ、そして吼え馬族にはトリガーと呼べる興奮のきっかけがあった。

 その興奮のきっかけが吼え馬族の種族名の由来である、種族の長の吼え声。

 はぐれ者はこれに呼応することができず、他の物にトリガーが設定されてしまうことがあるらしい。

 タイムの師匠の場合は、相方の身の安全だった。

 相方が怪我をした時の師匠はまさに悪鬼羅刹の如くだったとタイムは再び身を震わせる。


 カレンが吼え馬の血を引いている可能性が全くないとは言えない、しかしまさかそのトリガーを探してカレンを興奮状態にさせるわけにもいかないし、そもそも探し方が分からないので、タイムは答えることができない。


「いや分からん。でもカレンはカレンンだよ」


 代わりに当たり障りのない言葉を吐き出す。

 不安そうにするカレンの傍に行き、椅子に座るカレンと視線を合わせると、カレンが腕を伸ばしてきたのでその手を取る。

 カレンはそんな言葉でもすぐに納得してふわりと笑う。


「そっかあ……やっぱり僕、自分が誰か分からなくてもいいや。施設にいたから皆に会えたんだもん。幸せだと思うな」


 幸せと言うカレンの言葉は、嘘の吐けないカレンらしい本心からの言葉なのだろう。

 タイムはおもわずカレンの細い体を抱きしめる。


「兄さんどうしたの?」


「お前いい子過ぎて、なんか苦しい」


 タイムが絞り出すように答えた言葉に、きょとんとしたのはカレンだけ。

 タイムは胸の痛みが落ち着くまで、カレンをしばらく抱き締めていた。

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