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12.姑息な小鳥

 ディルの家のダイニングに着くなり、オリーブは開口一番謝罪をした。


「毎日たかるようで申し訳ない」


「兄さん、姉さんごめんなさい、ありがとう」


 それに倣いカレンも頭を下げる。

 妙に殊勝な態度の妹達に、ディルはふっと彼女達を案内してきた使用人を見る。

 使用人は視線に気が付いても不機嫌そうに眉を寄せ、そのまま一礼して去って行ってしまう。


「何言ってんの? いや何か言われた?」


 オリーブは首を振る。カレンは少しだけ気にしたように後ろを振り返る。何か言われたのは間違いないのだろう。

 しかしディルはそれを気にするなと笑って流す。


「気にするなって、お前は俺の兄弟なんだから」


「そう言ってくれるのは兄貴だけだ」


「そう?」


 気を落したオリーブの肩を、ディルは遠慮なくばしりと叩く。

 何せ自分よりもよほど丈夫な妹だ、これくらい豪快に接しなければ伝わる物も伝わらない。

 ディルの遠慮のない態度に、オリーブの顔にも笑みが戻る。

 それを言見て、ディルに続けと言わんばかりにカレンがオリーブに飛びつく。


「僕も言うよ、オリーブ姉さん! 姉さんは兄弟だよ!」


「僕もね」


 真似をするようにリコリスも飛びつけば、オリーブは二人を軽々と受け止めた。


「ああ、そうだな、そうだよな」


 嫌味を言われた事よりも、そんなことを気にするなと言ってくれる兄弟の言葉の方が多い事に気が付き、オリーブははにかむ。

 タイムはディルに視線を向け方を竦め、本当にどうしてこういう所はよく分かっているのかと呆れる。


「兄貴ってなんだかんだでこういう所は気遣い出来るのにな」


「変な所でデリカシーないんだよね」


 リコリスが同意するのは、まさに今日言われたからかいの言葉がまだ胸の内に有ったからだろう。

 不機嫌そうなリコリスのぼやきにオリーブは何かあったかと眉を寄せる。


「何だ? 何か兄貴に言われたのか?」


「別に、兄さんが女の子に性的な意地悪をするおっさん化しつつあるってだけ」


 性的な意地悪とは何かとオリーブはディルを睨みやる。


「兄貴、それは本当か? さすがに妹とは言えやっていいことと悪い事があるぞ」


「いやいやいや誤解だから、そんなんじゃないから」


 ちょっと意地悪はしたけど、昔とそんな変わんない事だしとディルが慌てて否定すれば、昔の悪ガキ時代を存分に知っているオリーブはすぐに納得をする。

 納得をしたところで食事にしようと、ディルは皆に食卓に着くよう促す。タイミングを計っていたように、料理が運ばれ、給仕のための使用人が二人部屋に残った。

 食事は豪華とは言い難かったが、質素ではなかった。

 塩蔵の肉とキャベツの煮物に、大きな魚をバターで焼いた物、パンは多く用意してあり、蒸したポテトと根菜に溶かしバターをかけただけの物も山ほど。

 羊や牛系の種族の者にとっては、肉類などよりもよほどの御馳走だ。食が進めば会話も進む。

 その中でリコリスが先ほどの話題を蒸し返す。


「やっぱり最近兄さんは本当にデリカシーが無いと思うんだよね。今日もだけど、この間も胸の話とかしたでしょ? あれ僕じゃなきゃ訴えてたよね」


「そうか、まったく兄貴は意地悪が過ぎる。度が過ぎると僕が逮捕する必要も出て来るぞ」


 そんなことをしていたのかと、その時の会話を知らなかったオリーブが眉を吊り上げる。

 逮捕と聞いてディルはうげっと舌を出した。


「お前ねえ、こんな所で迄職務を持ち込むんじゃないの。せっかくいつもお前の好きなキャベツの煮物出してやってるのに、不味くなっちゃうでしょ」


「いや美味いぞ。なかなかの味だ」


 ディルの嫌味を理解しているのかいないのか、食事は美味いぞと笑顔のオリーブ。

 何処かずれた返事にマートルとリコリスが呆れ、タイムとカレンは確かに美味いなと他人事だ。


「美味しいけどそうじゃなくない? 仕事か食べ物の話ばっかり……そう言えばさ、最近はどんなことしてるの?」


 リコリスは問いながら、しかし視線はディルとタイムへと投げる。二人はリコリスが本題に入ったのだと知る。

 ディルはリコリスの会話がある程度進むまで口を挟むのが不自然でないように、めいいっぱいポテトを口に含み咀嚼する。


「ん? それは仕事の事か? そうだな、最近はずっと同じ事件のための外回りだ」


「ああ、タイム兄さんに聞いた、放火窃盗だよね?」


「ああそうだ」


「あれってちょっとおかしいんだよね。僕もさ、一応学校の方に友達いるんだけど」


「いたのか?」


 思わず口を挟むタイム。

 その言い方がディルによく似ていると、リコリスを始め妹や姉から咎めるような視線を受ける。タイムは素直に御免と謝罪する。


「驚くのも分かるけどね。いるよ……僕みたいな孤児はさすがに他にはいないけど、術師界隈には一般家庭で生まれ育った子も集めてるからね、別に差別とかは無いかな。むしろソレル家がケツ持ちしてくれてるから、僕優遇されてるの」


「ケツ持ちとか言うなって」


 言い方が悪いと指摘するディルに、別の所で感心するオリーブと、それを聞き眉を下げるマートル。


「ほう、ソレル家の名前は一応健在なんだな」


「まあ一応って所だな……」


 ソレル家の支援はあるが、中央学院での授業料免除などは、リコリス自身の才と努力で得たもので、実際ソレル家はリコリスが望むほどの手助けができているわけではない。

 そんな支援をしてやれないのは、自分のせいもあるとマートルは気にしたようだった。


「でさ、僕の話し続けさせて」


 このままマートルを落ち込ませておくわけにもいかないと、リコリスは強引に話しを自分の方へと戻す。

 まだ途中だからねと続ける。


「実はね僕の友達の実家、古書店だったんだよね。その子の家が被害にあってるの」


 古書店と言う言葉に、タイムは小さく息を飲む。

 それに被せる様にディルが大きな声をあげた。


「何それ初耳! お前の友達そんなんなの? 大丈夫なのかそれ?」


 そんな話聞いてないと驚き、人に言ってしまってもいいのかと、心配する姿勢を見せる。

 本当はディルが思わず上げた大声を誤魔化すための言葉だったが、その言葉にマートルやオリーブも賛同した。


「初めて話したもん。大丈夫。できれば秘密ねって言ってたけど、その子秘密とか言いつつ、ついぽろぽろしゃべっちゃうんだよね。で、ほとんど公然の秘密なわけ。秘密じゃないよね。それでさその子が言うには、盗まれたのは現金は少しだけで、昔のやつで高い本をごっそり持っていかれたんだって」


 話を聞いてオリーブもその話がどの被害者かすぐに気が付いた。


「ああ、羊の角通りの店だな。確か……町の歴史書のような、貴重な本も無くなっていたはずだが、すまない、まだ見つかってないんだ」


「そう!」


 オリーブの謝罪の言葉に、リコリスはビシリと指を立てまさしくそこが言いたい事だと主張する。

 その大げさな動きに、何故か吃驚して膝をテーブルにぶつけてしまうカレンの世話をするふりをして、タイムは耳だけを傾ける。

 羊の角通りと言うと、タイムがベラムに帰って来た日の火事の現場だったが、話を主導しているのはリコリスで、それをフォローするのはディルの役目だ。

 タイムは自分が今口を挟んでは話がそれてしまうと分かっていた。


「それってどういう事? 何々、何か意味あるのそれ?」


 タイムの代わりにディルが話に食いついた風を装い話を進める。

 しかしオリーブはそれ以上を言い渋り、どうした物かと考えるように腕を組み目を閉じる。

 この分かりやすさは本当にオリーブが悩んでいる時の癖だ。

 上手く嘘の吐けないオリーブは、何かしらの秘密を持つ自分が何処まで喋っていいことかを自分に自問自答する癖があった。


「いいんじゃない? もう僕がおかしいって言っちゃったし、皆おかしいな、何でだろうなって気になって仕方ないと思うんだよね。姉さんも気になってるんでしょ?」


「まあ……そうなんだが」


 言い悩むオリーブにリコリスが促せば、オリーブは確かに隠すなら最初から言わなければよかったなと頷き、それでも口は重い。


「部外者だから話しちゃ駄目って言われてるの?」


「ううむ……」


「僕達秘密を破るように思える?」


「いやそうでは無くてな」


 リコリスのいつにない食いつきに、オリーブはむうっと唸る。嘘は吐けない、しかし口は軽くないが故だ。


「教えてよ、僕友だちの力になりたいの、少しでも事件の事、解決に近づけるなら知りたいの、お願い!」


 リコリスの視線がカレンに向く。

 一緒にオリーブを説得してくれと、視線だけでカレンに訴える。

 カレンはその視線に気づき、先ほどテーブルにぶつけた時に潤んだ目で、オリーブに向かい縋るような視線を向ける。


「オリーブ姉さん!」


 カレンからも頼むと懇願され、オリーブは降参をするように量の手を上へと挙げた。


「ずるいぞお前達……分かったよ」


 可愛い妹達がこうも頼むと言うのだから、何時までも黙ってはいられない。

 仕方ないなとオリーブは事件のあらましで気になっている事を話しだした。


「確かに、盗まれている物がちょっと特殊なんだ」


 盗まれている物が特殊と聞いて、先ほどリコリスの言っていた友人の家の被害内容かとディルが問えば、オリーブはその通りだと頷く。


「捜査情報を流してはいけないと言われてるわけではない。別の部署では盗品が他の町に流されないように物が何かを明確にして探している。しかし、窃盗犯やそれらに近しい者達を探すには、物が何かを言わないで泳がせる必要もあると僕の直属の上司の考えだ」


 犯人を泳がせるための情報規制をしているが、それも完全な規制ではなく、話すこと自体が問題ではないと言うオリーブ。

 事実なのだろうが、それでも上司からの命令を破る事は躊躇いが有ったのだろう。


「なるほどねえ、だからお前は言えない、って事だったんだ?」


「言えないというか、言っていいかどうか判断がつかなかった。だが、兄貴達ならば犯人ではないという確証がある、言っても構わないと判断した」


「お、信用されてるね、嬉しいわあ」


 キシシシと笑うディルに、オリーブは呆れたように息を吐く。

 信用しないはずがないだろうと答えるオリーブの目は、嬉しそうに細められていた。

 それに答えるようにディルも目を細める。


「ははは、でもほんと俺は嬉しいよ。信用されるってさ」


「兄貴だって僕達を信用してたじゃないか」


 それは六人だけで共有したディルの名前の事。あの時は本当に信用されていたと、それが嬉しかったとオリーブは返す。


「まあねえ、お前らは俺の大事な兄弟だし? 当然でしょ」


 だから信用もするし、されるのも嬉しい。

 時々だまし討ちのような事はするけれど、それは許してくれと、ディルとタイムとリコリスの三人は、こっそりと胸の内で息を吐いた。

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