11.嘘の無い人
タイム達はその日のうちにディルへと報告をしに事務所に戻った。
思っていた通りの物と、思っていた以上の物が出たというタイムに、ディルはどういうことだと顔を険しくした。
マートルはいない。あえていない日を選んだのは、最悪を考えマートルに心配をかけたくなかったからだったが、二人の話を聞きそれが当たったなとディルは苦笑する。
「謎の羊皮紙? 何それ、しかも盗品? はは、笑えない」
「可能性ってだけ。ただバジリコが言うには、煤っぽい匂いがしたらしいから、火事現場近くにあったとしてもおかしくないんじゃない?」
謎の羊皮紙の正体も出所が何処なのかも、それらはまったくもって分からなかったが、もしその羊皮紙が一番ディルにとってダメージを受ける形であの倉庫に置かれているのだとしたら、それは間違いなく犯罪にかかわる物で有った場合だ。
それを確かめるためにもと、嗅覚に優れたバジリコが念入りにその羊皮紙を匂った結果、僅かにインクとは違う煤の匂いを嗅ぎつけていた。
だとすればそれは火事の現場近くから持ち出された物なのかもしれない。
もし倉庫内に犯罪にかかわるものがあるとすれば、倉庫を管理している人間がその犯罪に関係していることを真っ先に疑われる。
誰が置いたのかは分からないが、間違いなくソレル家の人間であることは確信できた。
ソレル家の倉庫内に、ソレル家のマークを付けて、ソレル家で使っている規格の箱が置かれていたのだから、それがソレル家の物でないことの方が可能性として有り得ない。
だとしたらなぜそれが倉庫に置かれているかだが、それをソレル家の倉庫に隠した者達にとって、間接的に自分達の管理下にある倉庫は都合がよかった事と、いざという時にいつでもディルへと罪を擦りつけることのできるようにしているのだと考えられた。
ソレル家の人間にとって家名に泥を塗るような事になっても、自分達が直接罪に問われるよりも、替え玉としてディルを使い、犯罪行為を盾に失脚を迫り、それを断罪したことを免罪符に世間に詫びを入れることができる。
これらはタイムが考えたことに過ぎなかったが、ディルとしては否定する理由も無かった。
今のソレル家、つまり従兄弟であるネトルにとっては、家業は奪ってもディルは今でも財産の正当な相続権を持つ目の上のたん瘤であるはずなのだ。
「可能性でも……ヤバくね?」
「ヤバイね」
タイムに即答されディルは唇を噛み呻る。唸りながら頼れる妹の名を口に出す。
「……オリーブに」
「何です?」
久々に聞く名にバジリコが反応する。
「オリーブにこっそり聞けないかな? ほら、あいつ町兵してるって」
「ああ、ですが上手い事火事窃盗の管轄になってるかどうか」
ディルの言葉を受けバジリコは、あまり親しくは無かったがそれでもよく知る妹を思い出し、そう上手くいくとは限らないのではと慎重に否定をする。
しかしタイムが被せるようにそれならば大丈夫だと答えた。
「なってるよ。それはこの間の火事の時に現場で見た」
ベラムに帰ってきた当日に、まさに火事の現場に急行し、怪しい人物はいないかと探していたオリーブとタイムは会ったのだ。
「まじか、だったら」
聞き出せるんじゃないかと希望を持つディルだったが、気が付くことが一つ。
「あーでもあいつ嘘吐けないしな……」
物事に馬鹿正直なオリーブは、ディルの管理下にある倉庫に、盗品と疑わしきものが有った事を、自分の役職を推して黙っていられるはずもない。
それを置いた犯人も誰か分からない状態で、警察権を持つベラムの町兵団に知られるわけにはいかなかった。
せめてディル以外の誰かが犯人である証拠を掴まなくてはいけない。
それまでは直接オリーブに訊ねるのは危険だとディルは判断する。
しかしタイムはそれだったら大丈夫じゃないか? と提案する。
「リコリスに聞いてもらえばいいよ、オリーブを一番運転するの得意なのリコリスだし、上手く聞き出せるんじゃない?」
「運転って」
言い方が酷いなとバジリコが苦笑する。
猪突猛進気味のオリーブを、確かにリコリスが言いくるめて往なすことは有ったので、あながち否定も出来ないが。
「操縦?」
「いやいいよ何と言おうと問題は無い」
オリーブから上手く情報を聞き出すと言うことは、満場一致で決まった。使える相手が運よく目の前にいるのだから、それを逃す手は無い。しかし問題はある。
「問題は……」
「マートルには絶対話さない方がいいと思う」
今この場に居ないマートルには、やはり協力を頼む事はできないだろうとバジリコとタイムがディルに言う。
ディルももちろんそのつもりだと頷く。
「うん、俺もそう思ってるよ……」
隠し事はしたくないけどねと、ヘラリと笑うディルの表情はどことなく弱々しい。
「マートルの言葉を借りるなら、らしくない」
「いやあ、惚れちゃってるからねえ」
「惚気ますねえ。ちょっとくどいです」
「ばーか」
マートルには心配をかけたくない、それは一貫したディルの考えだったが、マートル以外の兄弟はしっかり利用しているディルに、二人は呆れる。
「よし、じゃあリコリスにゃ悪いけど、こっちに引きずり込むか。一緒に秘密共有してもらうからな、全部話して一蓮托生だ」
「絶対悪いと思ってないだろ兄貴」
兄弟と呼ぶ相手をしっかりと利用するために、ディルはリコリスにこの話を一から十まですることを決める。
タイムとしては其れしかないと分かっていても多少は不服があった。
バジリコもまた仕方ないと言いながらも、不安げな様子だ。
「だってあいつお前ら兄弟の中じゃ一番性えげつない性格よ?」
心配してやらなくてはいけないほど精神がやわではないとディルは心配する二人を笑うが、タイムは感情ばかりはどうにもならないだろと返す。
「心配位はさせろ、あれでも一応可愛い妹だし」
「口ひん曲がってるよタイム」
バジリコに指摘されて出口元を覆う。
「可愛い妹だよ」
可愛いと言うには性格が難ありだが、それでもタイムにとっては守りたい家族の一人だ。
自分やバジリコでさえ聞いて胃の痛くなるような話をする罪悪感はぬぐえなかった。
タイムの罪悪感は、あまり必要ない物だったと次の日には知る事となった。
ベラム中央学院の学生寮へディルはタイムを連れて訪れた。
学生寮の玄関に呼び出されたリコリスは、まるで良家の子女宜しく丁寧な所作でちょこちょこと歩み寄ってくると、タイムの姿を見止めて小首をかしげる。
「あら? ごきげんようソレル様、タイムお兄様」
「ごきげんよう、すっげえ胡散臭い」
「そのようにおっしゃらないでくださいな。ここでは他の者の耳目が有りますの、部屋を借りましょう」
口では優しく、ディルにだけ見せる笑顔は目が笑っていない。
「……こええええ」
タイムが思わず漏らした呟きに、射殺さんばかりの視線が向けられ、慌てて口を押えた。
黙った二人を確認し、リコリスは粛々と案内をする。
連れていかれたのは自習室と書かれたプレートのかかる扉の前。
事前に鍵を借りていたのだろう、リコリスは部屋を開けると二人を通し、すぐに扉を閉めた。施錠をし二人に適当な椅子に座るよう促す。
「で、兄さん達僕に何か用なの? 見ての通りすっごく忙しいんだけど」
忙しいと言うリコリスの手には数冊の本。何かしら学業に必要な物なのだろう。
それを持ったまま二人を迎えたのは、何かをしていた途中に呼び出してしまったのかもしれない。
「忙しい理由なんだよ?」
ディルが訊ねればリコリスは嘯く。
「彼氏」
「嘘だあ、絶対嘘!」
リコリスは道端に落ちているゴミのようにディルを見る。
あまりにも冷たい視線だ。
ディルに詰め寄り声を落しすごむリコリス。
ディルのシャツの襟首を掴み、本気で腹を立てているのだと、眉間にしわを寄せる。
「チッ……そりゃあ僕みたいな美少女に釣り合う男はおいそれといないと思うけど」
「いやだってお前の初恋」
「死ぬ?」
言いかける立言葉を遮るように、リコリスがディルをガクガクと揺さぶると、ディルは苦し気にしながらもニヤニヤとした笑いを浮かべ、ますますリコリスの表情が険しくなる。
「死ね」と唸り襟首ひっつかんだまま椅子から引きずり落とそうとするリコリスに、さすがにまずいとタイムが止めに入る。
「ちょ、リコリス何してんだよ止めろって」
肩を掴まれ、引き寄せられれば、リコリスは案外とあっさりディルを離し、タイムの首元に抱き付いた。
タイムから表情は見えなかったが、ぐすんと鼻を啜る音から、リコリスがただ怒っていたのではなく、ディルが余程失礼な事を言いかけていたんだと分かった。
「あの人がデリカシー無いの今更だ、アホに本気になって怒るな。大丈夫、大丈夫だから」
背を撫でてもらい落ち着いたのか、リコリスは大きく息を吐くと自らタイムから離れた。
「だって兄さん酷いの……もう最悪、で、改めて何の用なの? 何でタイム兄さんも連れて来てるの?」
さっさと用事を終わらせて追い返したいと言わんばかりの不機嫌そうなリコリスの言葉に、しかしディルはキシシシと笑って答える。
「いやお前に頼みたい事があってさ」
リコリスは今度は道端の犬の糞を見る様にディルを見る。
「僕の記憶が確かなら、ディル兄さんが僕にわざわざ頼みごとをするときは、十中八九面倒な事とか、精神的に来ることな気がするんだけど?」
「精神的、な方かもなあ。面倒でもあるけど」
否定はしないディルに、リコリスはやっぱりかと肩を落とす。
これ以上ディルにリコリスをいじらせてはまずいだろうなと、タイムは自分が話をするからとディルを黙らせる。
「ここ……誰かに盗み聞ぎとかされてない?」
最初に聞いたのは内密な話をして大丈夫かどうか。リコリスは怪訝に顔を曇らせせる。
「それは大丈夫だよ、何? 他人に聞かれるとそこまで拙いの?」
「うん……最近放火して人を集めて、他所で窃盗をするって手口はやってるんだろ?」
タイムの言葉になるほどとリコリスは納得をする。
「ああうん、そうね。オリーブ姉さんが言うには手口自体は昔からあったみたいだけど、最近……二年くらい前から急に増加してるって」
「親父の死んだ後だな」
何気ない時期の一致に、ディルがそう言えばと口を挟む。
「ちょっと! もしかしてソレル家が何か関わってるの? 止めてよ、せっかく僕ここまで来たのに! あと二年で上級院の方に入る試験受けられるのに!」
その言葉の意味を深読みし、リコリスは金切声で叫び再びディルの襟首を掴んだ。
「叫ぶな落ち着けって! まだ確定はしてない、そうならない事を確かめたくてお前に頼るんだから」
タイムが再び肩に手をかければリコリスは涙に滲んだ眼をタイムへと向ける。
タイムが腕を引けばリコリスはまたタイムの首へと腕を回した。
今度はタイムも椅子に腰かけ、膝の上にリコリスを抱き上げる。
あやすように背中を撫でてやれば、リコリスはしゃくりあげて泣いた。
ディルはコロコロ変わるリコリスの態度に困惑してタイムに問う。
「えー……ちょ、リコリス情緒不安定過ぎじゃね?」
「仕方ないだろ、俺達からしてみれば学校なんて、行きたくてもいけない夢の場所だったんだし、リコリスは俺と一緒に学校行きたいって、言ってたんだよ」
それはタイムがまだベラムを飛び出す前の事。
タイムならば中等学校へ行ってもやっていけるのではないか、という話が実際に中等学校に行っていたディルの口から聞かれるようになった頃、リコリスがタイムとカレンにだけこっそりと話してくれたことだった。
「それ初めて聞いた」
「初めて話したよ」
タイムとしてはそれが叶うような話ではないと思っていた。
中央学院の中等学校は、本当にごく一部の人間のための勉学の場だった。
自分とリコリス、両方い行けるだけの資金を援助してくれる存在がいるとは思っていなかった。
だからタイムはリコリスとカレンにこの話は終わりだと、そう言った。
リコリスもそれを覚えていたのだろう。秘密だったのにと、拗ねたようにタイムの耳元で囁いた。
「で……何をお願いしたいの?」
もう平気だからと言いつつも、タイムの膝に座ったままディルに視線を向け、聞きたい事があるなら言えと、高飛車なまでに言い放つ。
頼まれごとを聞いてやる立場なのだから、これくらいはさせろということらしい。
「リコリス……お前嫌だったら嫌って言っていいからね」
「……いい、大丈夫、多分嫌じゃない。教えて」
タイムが気を使えば、平気だからと気丈に振る舞うリコリス。
ディルは其れに苦笑する。
ディルがリコリスを虐めればいじめるほど、リコリスはむきになり、それをタイムが慰めることで機嫌を直すことも、タイムのためにとリコリスが素直に言うことを聞くことも昔から変わらない事だった。
リコリスは間違いなくディルの依頼を遂行する事だろう。
「オリーブから窃盗事件の具体的な被害を聞き出してほしい。できれば、盗品がどういう物だったのか。金目の物以外に何か特徴的なものがあったんじゃないかって事を重点的に」
ディルの頼みの内容を聞き、リコリスはなるほどと頷きつつも、一つ疑問を返す。
「どっかにあるの? その盗品っぽいの」
「それ言ったらお前に余計心労かけると思うから」
言いたくないけどなあと嘯くディルに、リコリスは呆れたように溜息を吐く。
どうせ聞くしかないのだ。リコリスにとってももうこれは他人ごとではない。
「いいよ僕は別に、ここで協力しなきゃ僕の学生生活の危機だし」
リコリスに促され、それならばとディルはタイムの気が付いた書類の数字から、管理している倉庫にあった謎の羊皮紙まですべて話した。
「よおくわかった。ますます僕にとっても他人事じゃなくなったから、僕も全力で協力する。必ずオリーブ姉さんから聞き出してみせるから」
話を聞き終り決意をしたリコリスの表情は、酷く怒りに燃えていた。
「今日か明日にも、また俺の家に来いよ。オリーブ達も呼ぶから、その席で」
「じゃあ今日行くよ。カレン姉さんも来る?」
リコリスはタイムの膝から降り、ディルに向き合う。
やけにことを急くリコリスに、よほど学校を辞めることになるのが嫌なのだろうとタイムとディルは納得する。
こちらとしても急ぎたいのはやまやまなので、聞き出す場所のセッティングはもちろん大丈夫だと請け合う。
カレンが来るかどうかを気にするのは、リコリスがオリーブにお願いを聞かせるときにカレンを利用し、間接的に気分を向かわせることがよくあるからだ。
オリーブが来るのなら、同じ家に住んでいるカレンが来るのも間違いないだろう。
そこも問題は無いと言いつつ、ディルは意味ありげにタイムに視線を向ける。
「っていうかタイムがいるんだったらカレンは来るだろ」
「だよねえ」
からかわれてるなと感じながらも、リコリスは目を半眼にし、同じようにタイムを見る。
「何?」
なぜ二人から視線を向けられるのか分からないのは、タイム一人のみ。
タイムの反応に溜息を吐くと、リコリスはディルに顔を寄せ相談をするように、小さな声で問う。
「多少は諦めてるけどさ……やっぱりここまで鈍いのどうにかならないかな?」
「鈍いって言うか、こいつ自分には恋愛ができるっていう認識ねえから」
それは俺も気にしてるとディルは答えるが、どうにもならないと言うのがディルの答だ。
「そうなの?」
「間違いないでしょ。俺とマートルの事は横から見てるから理解できてるけど、自分に関してはてんでからきしだもん」
「ふうん……カレン姉さんも似たようなとこあるんだよね。悔しいなあ」
その悔しいが何処にかかるのか、ディルはあえて問わない。
聞いてもいいがさすがにこれ以上のからかいは藪をつついて蛇を出す程度では済まないかもしれない。
「何?」
二人の内緒話は一体どういうことなのかとタイムが不審そうに問う。
「何でもない、デリカシーの無いおっさんに絡まれただけ」
罪を全てディルに被せ、リコリスは話を無かったことにする。
「兄貴……」
「んな可哀想なもの見る目で見ないでよ、いいじゃんよお、可愛い妹いじるくらい」
リコリスに被された罪を否定もせず、キシシシと笑うディルに、リコリスは感謝の代わりにあまのじゃくに苦笑した。
「……ばーか」




