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10.不穏の数字

 見習い秘書を初めて数日、タイムはずっとディルの傍で書類整理を手伝っていた。


 文字で書かれた報告書以外にも、特に多かったのが数字関係の書類で、搬入先の港の船着き場、船の積載量、搬入する時間、数、必要な人数など、色々な数字がまとめられた紙と、毎日にらめっこをする。

 ディルは特にこの数字が大量にかかれた書類が嫌いと、ある程度仕事が慣れ始めた三日目には、全てタイムに丸投げをするようになっていた。


 タイムは数字を目で追って行きながら、もう少し見やすいレイアウトにはできないものかなと、適当なメモ用紙に書きつける。

 にらめっこする数字が多すぎると、上下左右に並んでいる数字が、どこの項目に該当する数字だったか分からなくなってくる。


 今見ているのは、ベラムの町から積んで、シフレの町に卸すごく一般的な書類作成用の羊皮紙と草木紙の数が書かれた搬入予定の表だった。

 倉庫保管用の書類と、積み込み時と、シフレの業者への搬入時に確認するための書類を照らし合わせ、不備が無いかを点検する。

 ふと、タイムは数字が一つ違う場所を見つけた。

 倉庫保管用の書類と、積み込み時の書類に差異があったのだ。数としては箱一つ分。違っている数字は一カ所だけなので、数え間違いかと思い、タイムはそれをディルの机まで運んだ。


「数合って無くないか?」


「どれ?」


 タイムに見せられた書類を睨みながら、ディルは街灯の数字を探す。

 そもそもこの書類は何故か文字が小さいので、それだけでも見難いんだとディルは舌打ちをする。


「ほら……ここ、ちょっとわかり難いけど」


「……ほんとだまじか」


 ディルから許可を取り、タイムはディルの机に並んだ書類の束から、目的の物を探す。

 買い付け予定の積み荷を入れるための木箱の数を記した書類だ。倉庫の管理が仕事なので、備品の用意もディルの部下の管轄だ。

 もうその木箱はとっくに納品されているのだが、それをどうするのだろうかとディルが見ている目の前で、更にタイムは別の書類を探して、同室で作業している別の秘書に書類を見てほしいと頼む。

 それはタイムがいた施設の出身者で、タイムより七つ年上のバジリコ。

 ディルがタイムを雇うことにした理由として、すでにバジリコが有能な仕事ぶりを発揮していたからだった。


 バジリコは軽く驚いたような声を上げると、すぐに自分の手元にある書類を幾つか持ち、書類棚を開けてくれとマートルに頼む。

 同室で事務をしていたマートルが、鍵を持ち出し書類棚の戸を開ける。

 バジリコは軽く礼を言うとタイムが求める書類を探した。バジリコはすぐに目的の物を見つけ出す。


「きな臭いな」


「だろう? バジリコに見せてもらってなかったら気が付かなかった」


 書類を撫でるように見ただけで、バジリコはそう呟く。

 何が有るんだと、ディルがタイムとバジリコが覗く書類を見るために自分の机から立ち近寄ってくる。

 マートルもそれに習い二人の手元を見る。


「ディルもマートルも見て。ここ、数が多いの分かる? 先月使った買い付けた羊皮紙を梱包し直した後に収めた木箱の数と、先月箱を買った後から今月中にその積み荷を積み込んだ数が合ってない。総数にして十。結構多いよ。積み込みの数の方が多い」


 羊皮紙は買い付けた後に検品をして、数を揃えて同じ規格の箱に収め、それを相手に納品するようになっている。そのため同じ規格の木箱を使えば、その分ソレル家の倉庫に置いてあるはず空箱の在庫数が減る。

 空箱の在庫数は倉庫管理の書類として執務室に置いてあるので、照らし合わせれば積み込んだ数との差が明確だった。


「確かに……」


 数字は面倒だと言っていたディルも、こうして必要な情報を目の前に提示されると、はっきりとその際に気が付いたようだ。


「しっかしよくこんな細かいところ気が付いたな。この箱の在庫管理なんて、一応ここに書類まとめてあるだけで、俺達がわざわざ見ておく必要ないもんだぞ?」


 ディルが心底驚いたと言うと、バジリコが小さな目を嬉しそうに細める。


「タイムは真面目で教え甲斐が有ったので、その際ここの書類の整理の仕方を教えました。空箱の在庫管理の表もその時にチラリと」


 自分の見ていないうちに、後輩を育てる役目まで担っていたバジリコにディルは驚く。


「お前か……ったく、そんなことしろって言ってなかったろ。働き過ぎだ書類が恋人のワーカホリックめ。よくやった!」


 バジリコは岩鼠族と走り犬族の間に生まれ、そのどちらも仕事熱心且つ、群れをつくり上位者に従うことを旨としている種族なので、上司と認めたディルに褒められるということは、今の所一番の喜びなのだろう。

 服の裾から伸びる長い尾が、隠しきれない喜びにバタバタと音を立て振られている。


「それで、どうします?」


 バジリコに問われてディルは低く呻る。マートルがこれは問題だと苦く問う。


「積み荷の数あらためる必要あるだろ?」


「けどなあ……俺の管轄じゃない」


 積み荷の保管と、それを積み込む人手の手配まではディルの管轄だったが、実際の積み込み作業の監督などは、別の部署がやる手はずになっていると、ディルは苦々しく答える。


 数字の間違っている書類は、ディルの元にある分はあくまでも予備で持たされている物で、積み込みの現場で実際に使うのは、ディルではなくネトルの部下に当たる者達だ。

 ディルが渋るのは、もしこれが本当にネトルの息のかかった数字の操作だとしたら、下手に突くことで、今は忙しいが出世の可能性の低い部署に追いやられているだけの状態が、もっと立場を悪くする可能性だってあるからだ。


「じゃあ俺が行ってみる。まだ新米だし、倉庫保管の確認作業の見直しと研修って事で」


 自分が実際に倉庫に行き、倉庫の実際の状況や船への荷積みの監督を見学しようというタイムの提案にディルは眉を寄せ渋る。


「目を付けられるぞ?」


 ただでさえタイムはソレル家に良く思われていないうえ、ディルの直属と言うことでさらに厳しい立場になっているとも言える。

 それなのにわざわざきな臭いと言われた、怪しい数字改ざんの理由を調べに行こうとは、厳しい目で見られないはずがない。


「兄貴が行くよりましでしょ」


「分かった、だったら一緒に行く奴決めないとな」


 ディル本人が出ていくよりもよほどましだろうとタイムは言う。

 確かにタイムであるならば、現場を直接知るのも新人研修との名目も通しやすいが、それならば他に誰かを随行させるべきだろうと、ディルもタイムの身の安全を慮るの事を引かない。

 誰がいいかと思案するディル。マートルは其れならと右手を挙げる。


「僕が行こうか?」


「一番駄目!」


「駄目でしょうがマートル!」


「マートル、あんたね」


 ディル、バジリコ、タイムの声が重なる。まさかそこまで即座に否定されると思わなかったマートルは大きく目を見開き固まる。


「な、何だよ……三人とも結託して」


 そんなに自分は非常識な事を言っただろうかと、マートルは困惑するが、ディルとバジリコが更に言葉を続けてマートルを窘める。


「人妻が、それも雇用主の嫁さんが、ドレス着て訪れる場所か? 船場の倉庫街なんて場所、治安が良くないってことくらいこの町で生まれ育ったんなら知ってるだろ?」


「そう、それに、待遇改善を求める声だって未だあるんだからね。うちらを目の敵にする人だっていんだよ。マートルみたいなお嬢さんがそんな不満を持った男達の中に行ったら、真っ先に弱い相手ってんで狙われて、何かされちゃうかもでしょうよ」


「う……」


 単純な肉体労働に就く者達の荒々しさ、人柄の悪さを、マートルは言われて思い出す。

 ただの従業員研修と思って行っていい場所ではないと言われれば、確かにと頷くしかなかった。まだ男である分タイムの方が安全だろう。


「女は不便だ」


 説得されそうぼやくマートルに、その場に居る三人の男は、結局危機感は無いんだなと呆れてそっくりな溜息を吐いた。


 タイムの新人研修は早い方がいいだろうと、ディルがスケジュールを決めたのは、数字の差異に気が付いて五日後の事だった。この四日後には、数字に差異のあった倉庫内の羊皮紙は、シフレへと納品される予定になっていた。

 船を出すのは明日の午後。この日の午前中までがタイムリミット。


 タイムはまずは一通り見るという名目で、バジリコに連れられて倉庫を巡回した。

 問題の倉庫はシフレ行きの船を係留してある船着き場に近く、いつもまっ先に船へと荷が搬入されてしまう倉庫だ。

 バジリコと一緒に倉庫内を見て回るも、何かおかしなことがあるようには見えなかった。

 今月のこの倉庫の数字の差異はたったの一、倉庫内には数百の同規格の木箱が並んでいる。


「……さてと、これはどうしたもんかな」


 タイムは箱の山を見ながらぼやく。

 まさかすべての箱の中身を検品することもできないし、するための権限もない。

 人の手で運べる物に限度はあるので、せいぜい膝高の箱が三段、人の胸の位置まで積んであるので、下の箱に至っては手を付けることできない。


「バジリコ、いつもこの羊皮紙入りの箱ってこんな感じ?」


「ああ、こんな感じだよ。湿気が籠らないように上の方に風通しのための窓が見えるだろ? この倉庫は紙専用と言っても過言じゃないくらい、シフレでは羊皮紙を使う」


「まああの町は法律書を大量に作ってるしね。冬は飼料確保できない豪雪なうえに火山帯だから羊皮紙用の羊飼うの向いてなくて、近くの別のとこで育てて専用に作ってるっけ」


 ここではソレル家はシフレに羊皮紙を卸す際の中間業者だ。だとしたら、この倉庫に詰まっている木箱にはソレル家の取扱商品だと言う印の他に、もう一つ卸先の業者の印が付いているのではないだろうかとタイムは気が付く。

 以前別の町で荷運びをした時に、他の業者の物と混ざらないように幾つもの印が付いていたのを思い出す。


「バジリコ、ソレル家の扱う商品って、みんなこの太陽マーク?」


 青いインクで判を押された、太陽に穴熊の顔の模様を重ねたようなマークを指すと、バジリコは頷く。


「そうだね、それでこっちが、羊皮紙を仕入れてる加工業者の印。それから、こっちが……ああそうか、この羊皮紙の業者と卸先の販売業者のマークが無い木箱が怪しいって事か」


 バジリコはタイムの言いたい事にすぐに気が付き、並んだ箱を指さし目で追う。

 荷運びに雇う人手はその日限りということもある。文字が読めないことを前提に、マークで識別させる。

 その際パッと一目でわかるように、箱の上蓋と側面両方に印は入れられ、倉庫内に積むときも一目で分かるように、マークを通路に向けて並べるように指示を出す。


 マークの有無はすぐに分かった。倉庫の端の方に隠されるように、羊皮紙加工業者のマークの無い箱があった。

 タイムはあまり発揮されない持ち前の腕力で、素早くその上に積んである箱をどけると、箱の上蓋が釘打ちされてるかを確認する。


「これ、開いてる?」


 しかしその箱は形だけ釘打ちしてあるように見せてあったが、少し持ち上げただけで蓋が外れた。

 中に詰まっていたのは束ねた側面を晒す大量の羊皮紙だった。しかし、日に焼けインクが摺れくすんだ色をしていた。

 規格通りに束にまとめてはあるが、紙のサイズはバラバラで、既に使用した物であることが分かった。

 かなり隙間なく詰めてあるので、抜き出せば戻せず、ここに箱を置いた者にバレてしまうだろう。

 タイムはその羊皮紙が一体何なのか確かめたかったが、うかつな事をするわけにもいかずバジリコに指示を仰ぐ。


「どうする?」


「どうするも何も……いや、これはあくまでも羊皮紙だ、問題は無いと……」


 朝早くはまだ空気が冷たい。だと言うのに、バジリコの額には玉のような汗が浮かんでいた。震える声でバジリコは問題ないはずだと繰り返す。


「こんな古紙が新品の中に混じると思う?」


「……いや、そうだな、大問題だ。だけどこれは何だと思うタイム? 俺にはこれが一体何なのか分からんよ……でも、もしこれが何かよからぬ物だったとしたら……拙いだろう? 拙いだろうよ……ディルさんが気がついちゃ」


 タイムの指摘を受けバジリコはいやいや認めるも、こんな事は有ってはいけなかったと苦しそうに顔を歪める。

 バジリコは自分の上に立つ人間に忠実だ。だからこそその人のために本気で心を痛める。

 バジリコは気が付いたのだろう、違法な品かも知れない物がディルの管理する倉庫内にあると言うことの重大さに。


「拙くないよ……むしろ今のうちに気が付けてよかった。もしこれが別の誰かに告発されるようだったら……それこそディルにとって拙い事になってたんじゃない?」

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