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虐げられし陰の皇女ですが、生贄嫁いだ隣国で「蛮王」に甘く愛され、飯テロ&内政チートで国を救うことになりました  作者: 夏野みず
王妃への道のり

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側近の反発と、王の公然たる王妃指名

 ロキニアス王がスーザンの回復食を口にし始めて三日が経った。彼の体調は劇的に改善していた。目の下の隈は薄れ、顔色には健康的な血色が戻っている。長年、戦場の食事と激務で疲弊しきっていた体が、米の糖質と発酵豆のペースト(味噌)から得られる必須アミノ酸によって、急速に再生し始めたのだ。


 その日、朝食は王の私的な食堂ではなく、王宮の重要閣僚が同席する公式の場で行われた。これは、帝国から来た皇女を正式に紹介する場でもあった。


 スーザンは、ルーナに手伝ってもらい、ロキニアス王のために新しい回復食を用意した。


「本日の回復食は、トロイセン産の新鮮な魚(鑑定で最高の栄養価を示したもの)を、出汁と豆のペーストで煮込んだ汁物と、米に細かく刻んだ野菜を混ぜて炊いた飯、そして軽く炙った保存肉(塩分を抜いてから使用)です」


 テーブルには、従来の乾燥肉とチーズ、硬いパンという王の従来の食事に加え、スーザンが用意した、見た目も鮮やかで香りの良い食事が並んだ。


 ロキニアス王が着席すると、まず彼が手に取ったのは、スーザンの作った汁物だ。彼は一口飲むと、満足そうに目を細めた。


「美味だ。そして、力が湧いてくる」


 ロキニアスが公の場で、食事に対してこれほど明確な感情を示したのは初めてのことだった。閣僚たちは驚きをもってその様子を見守った。


 しかし、その中でも一際警戒心を露わにしていたのが、宰相のグスタフ・リーベンだ。グスタフはロキニアスの幼少の頃からの側近であり、トロイセンの安定を最優先する保守派の筆頭である。彼の顔には、生贄の皇女が王の私的な領域にまで深く関与することへの明確な不満が浮かんでいた。


「陛下」グスタフは静かに口を開いた。


「帝国から来られたスーザン皇女殿下には、和平の使者として礼を尽くすべきですが、陛下の食事を、出自も不明確な異国の娘に任せるのは、いささか危険かと存じます」


 グスタフの言葉は、他の保守派貴族の懸念を代弁していた。彼らはスーザンを「毒を盛る可能性のあるスパイ」として見ている。


「彼女は、単なる生贄の娘ではありません。帝国での虐げられた生活の中で、独自の『生活の知恵』を培われた。その知恵こそが、今、陛下の疲弊しきった身体を回復させているのです」


 グスタフは、一瞬ルーナを睨んだ。ルーナがスーザンの情報を提供したことは明らかだ。


「しかし、陛下。我々トロイセンには、古来から伝わる医術があり、王宮には優秀な料理人もおります。異国の食事が、我々の血筋に合う保証はどこにもありません」


「保証は、ここにある」


 ロキニアスは、テーブルに手を叩きつけ、低い声を発した。食堂の空気が一瞬で凍り付く。蛮王の、誰も逆らえない圧倒的な威圧感が放たれたのだ。


「三日前、私は貴様らも見ての通り、疲弊しきっていた。傷は治らず、睡眠もままならなかった。だが、スーザンが作ったこの食事を口にして以来、私の体は、戦場を駆け回れるほどの活力を取り戻している」


 ロキニアスは、スーザンの作った汁物を指さした。


「この料理は、私の体が、そして私の魂が求めているものだ。この事実を前にして、貴様らは未だ、古臭い伝統と、帝国の血筋というつまらぬ理由で、私の命を危険に晒すのか?」


 グスタフは言葉を失った。ロキニアス王の判断は絶対だ。そして、彼はスーザンの料理が、彼の命を救っていると公言したのだ。


 ロキニアスは、グスタフから視線を外すと、スーザンを真っ直ぐに見た。その銀色の瞳には、朝の光が反射し、強い光を放っている。


「スーザン」


 王が私的な場でしか使わない呼び方で、彼女の名を呼んだ。


「貴様には、王の健康を管理する『王妃』と同じ権限を与える。これ以降、私の食事、薬、衣食住に関わる全てにおいて、貴様の決定が優先される。異議は認めぬ」


 その言葉は、事実上の「王妃」としての地位の公然たる指名だった。


 食堂に集まった貴族たちは、どよめいた。生贄として送り込まれた皇女が、わずか数日で、王の最も私的な部分に食い込み、絶大な権限を与えられたのだ。これは、トロイセンの歴史上、前例のないことだった。


 グスタフは悔しそうに拳を握りしめたが、何も言えなかった。ロキニアス王が、彼女の能力を必要とし、彼女を守るという強い意思を示した以上、彼にできることはなかった。


「感謝いたします、王よ。この権限、陛下の健康のため、そしてトロイセンの国力のために、有効に使わせていただきます」


 スーザンは冷静に、しかししっかりと返答した。彼女は、王の信頼を、単なる寵愛ではなく、国政に介入する足がかりとして使うことを決めていた。


(グスタフ宰相は、頭が固いけれど、国を思っているのは間違いない。彼を敵に回すのではなく、まずは彼の不安を取り除く必要がある)


 スーザンは、ロキニアスの王妃としての地位を示唆されたことで、行動の自由を大幅に得た。彼女の頭の中では、次の計画がすでに動き始めていた。


「王よ。王宮内の食事を管理する上で、一つ懸念がございます」


 ロキニアスは満足そうに顎を引いた。「言ってみよ」


「わたくしは、王の健康管理のため、王宮に運び込まれる食材、そして流通経路について、詳細に調べる必要がございます。王の食事の安全を確保するためです。グスタフ宰相殿に、そのための権限と資料の提供をお願いしたく存じます」


 スーザンの提案は、極めて論理的で、王の健康を気遣うものだった。グスタフは反論しようとしたが、ロキニアスが睨むのを察し、渋々ながら了承せざるを得なかった。


「王の命とあれば。ただし、皇女殿下。不審な行動があれば、容赦なく報告させていただきます」グスタフは、冷たい警告を発した。


「もちろんです、宰相殿」スーザンは微笑んだ。


(これでいい。これで、トロイセンの内政、特に食糧流通の闇に、私の神眼を向けられる)


 生贄の皇女から、王の健康を握る権力者へ。スーザンの逆転劇は、王宮内の旧勢力との対立という、新たな局面を迎えた。彼女の料理と知恵が、トロイセンという国の運命を、大きく変えようとしていた。

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