王都の熱狂と改革の再始動
翌日、トロイセン王都へ帰還した私たちを待っていたのは、かつてないほどの熱狂だった。
使節団が王都の城門をくぐると、通りは市民で溢れかえり、歓声と祝福の声が地鳴りのように響いた。彼らは、蛮王ロキニアスが敵国である帝国の首都へ乗り込み、堂々と技術と知識を持ち帰ったことを、トロイセンの絶対的な勝利として受け止めていた。
馬車から降りた瞬間、ロキニアスは英雄として市民に迎えられた。彼の荒々しい蛮王の姿は、今やトロイセンの誇りと、王妃スーザンを守り抜く力の象徴となっている。
「王よ! おかえりなさいませ!」
グスタフ宰相が、涙ぐみながら私たちを出迎えた。彼の背後には、旧貴族の子弟たちから選抜された、新しい学校の教師となる若者たち、そして、私の浄水技術によって健康を取り戻した市民代表団が並んでいた。
「グスタフ。留守は任せたぞ」ロキニアスは、親衛隊に資料の厳重な運搬を指示しながら、満足げに言った。
「全て滞りなく。王妃殿下の指示通り、学校は既に開校し、子供たちの教育が始まっています。そして、教皇庁からの干渉は、陛下が国を空けている間、奇妙なほど沈黙しておりました」
「奇妙な沈黙……」私は内心で頷いた。
私が流させた偽の手紙は、教皇庁に私を奪う機会があると思わせたが、実際に動いてみれば、トロイセンの武力の前に圧倒され、加えて私が帝国の武力による安全保障まで得たため、彼らは次の手を打てずにいるのだろう。彼らの沈黙は、私たちの完全な優位を示している。
王宮に戻った私たちは、すぐに玉座の間で緊急の会議を開いた。出席者はロキニアス王、グスタフ宰相、そして最も信頼できる部族長数名。
「グスタフ。手に入れた資料を、直ちに分析せよ。特に、製鉄技術は最優先だ」
ロキニアスの命令は迅速だった。私は、安楽椅子に座りながら、この新しい改革のロードマップを説明した。
「王よ。わたくしが、この製鉄技術を最大限に活かすためには、三つのことが必要です。第一に王立技術研究所の設立。第二に高炉建設のための大規模な鉄鉱石の確保。第三に、火砲開発のための専門チームの編成です」
グスタフは、私の提案を慎重にメモに取りながら、問いかけた。
「王妃殿下、王立技術研究所とは、具体的にどのような組織でしょうか。学校とは、どう違うので⁉ 」
「学校が知識を普及させる場であるのに対し、研究所は知識を創造し、深化させる場です」私は説明した。
「わたくしが持つ知恵は、あくまで断片的なものです。研究所では、この古代アステリアの学術書に書かれた知識と、帝国の製鉄技術を融合させ、トロイセン独自の新しい科学を生み出します。そして、旧貴族の子弟たちの中から、最も数学と原理の理解に長けた者を、研究員として登用してください」
グスタフは、その発想の壮大さに息をのんだ。知識を個人に頼るのではなく、国家の永続的なシステムとして根付かせるという、革命的な提案だった。
ロキニアスは、私の提案に即座に同意した。
「わかった。研究所の場所は、王都の最も安全な場所に建てろ。資金は、私の所有する金銀財宝を、全て換金して充てて構わない。貴様の知恵が、金銭よりも遥かに価値があることを、私は知っている」
彼の無条件の承認により、トロイセンは知識創造のシステムを手に入れることになった。
次に、高炉建設のための鉄鉱石の確保について話し合った。トロイセン国内には、良質な鉄鉱石の鉱脈が乏しい。
「王よ。良質な鉄鉱石は、帝国の国境に近い、北方の山脈に豊富に眠っていると、わたくしの知恵は示しています。そこは、かつて教皇庁が聖地として利用していた、人里離れた地域です」
私は、意図的に教皇庁が関わる地域を指し示した。
ロキニアスは、私の真意を察したように、獰猛な笑みを浮かべた。
「教皇庁の聖地か……。そこを掘り返して、火砲の原料とする。面白いではないか」
「はい。そして、この鉱山の確保こそが、教皇庁との残された問題を決着させる最終的な戦いの舞台となります」
私は、彼の隣で、次の外交的・軍事的な布石を打った。私たちは、武力ではなく、国家の資源開発という、最も正当な理由をもって、教皇庁の聖域を侵食するのだ。
ロキニアスは、部族長たちに北方の鉱脈の調査と、そこへの街道整備の準備を命じた。彼の行動は、いつも迅速で、躊躇がない。
私は、安楽椅子の上で、トロイセンが、蛮族の国から、科学の力を持つ工業国家へと変貌する、その最初の産声を聞いた気がした。




