帰路の風景と未来への設計図
ロムエルド帝都を後にした私たちの使節団は、来た時と同じく、数千のトロイセン親衛隊に厳重に護衛されながら帰路についていた。馬車の揺れは相変わらずだが、私、スーザンの心は満ち足りていた。手に入れた学術書と製鉄技術の資料は、全て私の指示で、トロイセンの技術者たちが丁寧に分類し、持ち帰っている。
馬車の中は、私とロキニアス、そして我々の愛の結晶である資料で満たされていた。
「この旅は、貴様を少し痩せさせたな、スーザン」
ロキニアスは、私の頬に触れながら、少し心配そうな顔をした。彼は、遠征中も常に私の健康を気遣い、食事や休憩を指示し続けた。
「いいえ、王よ。わたくしの心は満たされています。この資料を見れば、トロイセンが次の段階へ進む準備ができたことが分かります」
私は、製鉄技術の図面の一部を広げた。そこには、帝国の最新鋭の高炉の設計図が描かれている。
「これです、王よ。トロイセンの武器や農具は、未だに質の低い鉄に頼っています。この高炉があれば、私たちはより硬く、より頑丈な鋼鉄を大量生産できるようになります。武器の質は一気に向上し、農具も耐久性が増し、農業生産の効率も上がります」
ロキニアスは、その図面を熱心に見つめた。彼の興味は、農業ではなく、もっぱら武器のほうにある。
「この鋼鉄で、私の剣を打てば、帝国の騎士団の甲冑をも一刀両断できるか⁉ 」
「はい。そして、この鋼鉄を我がトロイセンの火薬と組み合わせるのです」私は、興奮気味に説明した。
「火薬の力を最大限に活かすには、その爆発に耐えうる、強靭な砲身が必要です。この高炉技術があれば、私たちは、帝国や教皇庁が想像もできない、強力な火砲を製造できるようになります」
ロキニアスの銀色の瞳が、獲物を見つけた狩人のようにギラリと光った。
「火砲……。音と炎で、敵の城壁を粉砕する、貴様の言う『雷鳴の剣』か」
「はい。そして、その砲身の設計は、わたくし自身が、この古代アステリアの学術書に記されている、幾何学の知識を使って行います」
私が帝国の製鉄技術に惹かれたのは、彼らがアステリアから略奪した知識を、金属加工に応用していたからだ。つまり、私が手に入れた製鉄技術は、私自身の祖国の失われた知識と、トロイセンの工業力を結びつける鍵となる。
ロキニアスは、私の手を取り、その知恵に感嘆した。
「貴様は、本当に先の先を見ている。帝国は、貴様の知恵に目が眩み、最も重要なものを奪われたことに気づいていないだろう」
「ええ。彼らは、彼らが自力で理解できなかった祖国の知識と、自力で開発できなかった技術を、対価として手放したのです。トロイセンは、彼らの犠牲の上に、一気に文明の階段を駆け上がります」
私たちの会話は、馬車の揺れと共に、未来のトロイセンの設計図を描き進めていた。ロキニアスは、私の指示を理解し、その実現に必要な武力と資源の提供を惜しまない。
道中、私たちが通過する教皇庁の領域では、まだ静かな緊張が続いていた。ユーリウス王子と聖域防衛隊を退けたことで、教皇庁は露骨な武力行使を躊躇っているようだ。彼らは、トロイセンの武力と、私が持つ知恵の力の両方を恐れている。
しかし、私が流させた偽の手紙の効果は、これだけでは終わらないだろう。
「王よ。教皇庁は、このまま手をこまねいていると思いますか」私は、ロキニアスに問いかけた。
彼は、窓の外に広がる山脈を眺めながら、静かに答えた。
「教皇庁は、武力では私に勝てぬ。だが、奴らは信仰という、最も厄介な武器を持っている。貴様を『悪魔の代理人』とする宣伝は、まだ続くだろう」
「その通りです。だからこそ、帰還後、私たちは、この信仰による支配を完全に終わらせる必要があります」
私の次の計画は、トロイセンの科学技術の永続的なシステム化だった。学校設立はその第一歩だが、さらに進めて、王立技術研究所を設立するつもりだ。
「王立技術研究所⁉ 」ロキニアスは、聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
「はい。王よ。そこでは、わたくしがもたらした知恵を、旧貴族の子弟や、優秀な蛮族の若者たちが、日々研究し、新しい技術を開発し続けます。科学を個人の才能から、国家のシステムへと昇華させるのです」
これにより、私が万が一倒れても、トロイセンの科学は止まらない。そして、教皇庁の奇跡は、研究所で再現・解析され、その全てが迷信として片付けられるだろう。
ロキニアスは、私の構想を聞き、私の手を取り、力強く握りしめた。
「わかった、スーザン。貴様が望むなら、研究所を建てよう。必要な資金は、全て私の略奪品から出す。貴様の知恵が、トロイセンの血肉となるならば、金銭など、塵芥に等しい」
彼の無条件な支援こそが、私がこの蛮王の傍にいる最大の理由だった。




