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虐げられし陰の皇女ですが、生贄嫁いだ隣国で「蛮王」に甘く愛され、飯テロ&内政チートで国を救うことになりました  作者: 夏野みず
水の改革と、帝国からの経済制裁

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文化の盾と奇跡の剣

 毒麦を市場に流した旧勢力の貴族と、それに加担した部族長に対するロキニアス陛下の裁きは、あまりにも迅速で冷酷なものだった。


 あの人は、私を安楽椅子に座らせたまま、その日のことを私に事細かに報告してくれた。彼の口から語られる処断の様子は、まるで一編の叙事詩のようだったが、その裏にあるのは、私の知恵と善意を守り抜こうとする、彼自身の激しい愛と怒りだった。


「我が王妃がもたらした命の種を、己の利権のために毒に変えた者には、蛮王としての私が裁きを下す。今後、王妃の知恵と恵みを汚す者は、家族もろとも、このトロイセンから追放する」


 彼の声は、私たちが過ごす静かな私室の暖炉の炎のように、私の心に深く温かく響いた。


 彼は、私を安楽椅子に座らせ、外からの騒音や政務の喧騒から完全に遮断された、暖炉のある別室に運び込んでくれた。私が疲労で倒れるたび、その度に私自身が自分の命を危険に晒していることに、彼自身が恐怖を感じているのを知っていた。


「スーザン。貴様は、私に国を守る力を与えてくれたが、その代償として、貴様の身体を削った。私は、貴様の知恵に頼りすぎた」


 そう言って、この人は私の細い手を握りしめ、二度と私の手を政務で汚させないと誓ってくれた。彼の激しい独占欲は、今や私を王妃としてではなく、守るべき最も大切な宝として扱う形に昇華されていたのだ。


「王よ……。わたくしは、王の隣で戦えることが喜びです。ですが、わたくしの知恵は、あくまで道具です」


「その道具がなければ、私の剣は無力だった」


 彼は、私の言葉を遮り、私の体を抱きしめて、その頑丈な顎を私の髪に埋めた。


「だからこそ、私は貴様を守る。貴様には、二度と魔女と呼ばれることも、生贄として扱われることもない、永遠の安全を与える」


 彼が私に与えてくれたこの安楽椅子は、彼の愛の具現化そのものだった。表面は柔らかい獣の毛皮、内部には良質な羊毛。深く沈み込む座面は、私の体を優しく包み込み、私はこの世界に来て初めて、本当に心から安らぎを覚えることができた。この部屋にいる限り、外の争いや内政の混乱は、私には届かない。私は、ただ彼の隣で休息することだけを求められた。


「貴様が、休むことを覚えるまで、この場所から一歩も出る必要はない。必要な情報は全て私が運び、危険な実験は全て私が監督する」


 私は、この温かい場所で、疲弊した身体をゆっくりと回復させていた。王は、毎朝、必ず政務の前に私の様子を見に来てくれた。無精髭を生やしたままの彼の顔は、戦場よりも私の健康状態のほうがよほど気になるという、彼の正直な心を物語っていた。


「食え。貴様が作ったこの国の最高の恵みだ。貴様自身が、これを食べなければならない」


 彼は、私のお粥を自ら匙で食べさせ、私が作った清浄な水で喉を潤してくれた。トロイセンの王妃として、これ以上の贅沢はない。私という一人の女性に対するロキニアス王の愛情は、この国に対する私の貢献よりも、彼にとっては遥かに重いものなのだ。


 一週間もすると、私の体力はほぼ回復した。私は安楽椅子から立ち上がり、窓の外に広がる王都の景色を眺めた。毒麦の混乱は、王の断固たる処断によって完全に鎮圧され、王都には清らかな水が流れ、活気が戻っていた。


「スーザン。何か考え事をしているのか」


 ロキニアスは、政務から戻ると、すぐに私の部屋へやって来た。彼の背中には、トロイセンという国家の重みが全てかかっている。


「いいえ、王よ。わたくしの知恵は、休息している間も、静かに動いています」


 私は、彼に硝石生成地とミョウバンの採掘状況の報告書を差し出した。


「ご覧ください、陛下。ミョウバンによる化学加速法は、予想を上回る成功を収めています。あと一ヶ月もあれば、必要な量の火薬の安定供給が可能です」


 報告書を読み終えた彼の銀色の瞳が、驚きと満足の光を放った。


「貴様の知恵は、時間を短縮した。私が稼いだ三ヶ月の猶予を、貴様はさらに二ヶ月も短くした。これで、神聖教団国家や帝国の次の手が来る前に、我々は完全に準備を整えられる」


「はい。そして、ミョウバンの利用は、医療品の代替という面でも大きな成果を上げています。強力な収斂作用と殺菌作用を持つミョウバン水は、軽度の傷薬として、軍と民衆に既に流通が始まっています。帝国の経済制裁は、我々の自給自足の力で、完全に無効化されました」


 私は、小さな石のサンプルを王に見せた。


「この珍しい鉱物資源は、トロイセンにとって、火薬と水と医療品の全てを賄う、まさに『魔法の粉』となりました。貴方様が、私を信じて、王都の地下を掘り進める許可をくださったからこその成果です」


 彼は、報告書をテーブルに置くと、私を安楽椅子から抱き上げ、強く抱きしめた。


「貴様は、本当に恐ろしい女だ。だが、その恐ろしさこそが、私とこの国を救った。もう、貴様に無理はさせぬ。残りの政務と外交は、全てこの私が引き受ける」


 彼の激しい愛情は、私の知恵を最大限に活用するための、絶対的な後押しとなった。


 私は彼の腕の中で、次の課題について考えていた。


 火薬と水の問題は解決し、食糧の優位性は確立した。蛮族の国トロイセンは、帝国の圧力、教団の圧力、そして内政の腐敗という、三度の危機を見事に乗り越えた。しかし、この国が真の独立国家として、そして私が王妃として、永遠に平和を享受するためには、まだ足りないものがある。


 それは、一時的な武力や経済力ではなく、文化と教育だった。


 ロキニアス王が蛮王として周囲から恐れられているのは、彼の圧倒的な武力と、部族間の掟による厳しい統治があるからだ。しかし、この国を構成する蛮族の民は、まだ帝国の文化や信仰の影響を色濃く受けている。もし、教団国家が聖戦を呼びかけたとき、彼らの素朴な信仰心は、簡単に教団に傾きかねない。


 彼らに、教団の教えとは異なる、トロイセン独自の価値観と知恵の力を根付かせる必要があった。


「王よ」


 私は、彼の胸から顔を上げ、彼の銀色の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「わたくしには、もう一つ、陛下にお願いしたいことがあります」


「なんだ、スーザン。言ってみろ。欲しいものか、それとも倒したい敵か。全て貴様の思い通りにしよう」彼は迷いなく答えた。


「どちらでもありません。わたくしが欲しいのは、未来です。トロイセンの、そして、私たち夫婦の、盤石な未来です」


 私は、そっと彼の大きな手を握った。


「わたくしは、この国に学校を建てたいと存じます」


 ロキニアスは、一瞬、戸惑った表情を見せた。「学校⁉ 剣と斧を教える場所ならば、既に部族ごとに存在するが……」


「いいえ。そうではありません。文字の読み書き、算術、そしてわたくしがもたらした科学と農業の知恵を教える、公的な学校です」


 私は説明した。帝国の貴族階級は、知識を独占することで、民を支配していた。トロイセンが真に帝国から独立するためには、蛮族の民の知識レベルを底上げし、自ら考え、知恵を使う力を与えなければならない。


「わたくしがもたらした農法も、水車の設計も、一人の知識に頼っている限り、わたくしが倒れれば、全て失われてしまいます。しかし、この知識を千人の民が理解し、一万人の子供が学ぶようになれば、それはトロイセンの知恵となり、誰にも奪えない文化となるでしょう」


 学校を設立し、そこでトロイセン独自の教育を行うことは、神聖教団国家が持つ宗教的な権威に対する、最も強力なカウンターとなる。知識と科学を普及させることで、彼らの「魔女」という非難は、無知な迷信として完全に払いのけられるだろう。


 ロキニアスは、私の提案をしばらく考え込んでいた。彼の思考は、常に最も効率的な武力や権威をどう使うかという一点に集中している。知識を分け与えるという発想は、彼にはなかった。


「学校か……。それは、剣よりも強く、火薬よりも長く、この国を守る盾になるというのか」


「はい。陛下。そして、その学校の教師は、陛下が処断した旧勢力の貴族の子弟たちを充てます」


 私の次の言葉は、彼をさらに驚かせた。


「なぜだ⁉ 毒麦を混入させた裏切り者の子を、国の未来を担う教師にするというのか⁉」


 彼の声には、怒りが混じっていた。裏切り者を許さないのは、彼の蛮王としての絶対的なルールだ。


「彼らは、旧体制の中で最高の教育を受けています。彼らを追放するのではなく、王妃の知恵によって教育者として再利用するのです。彼らがトロイセンの民に知識を教えるとき、彼ら自身が王妃の知恵の伝道師となります。これこそ、旧体制の残党に対する、最も優雅で、そして最も屈辱的な勝利となります」


 ロキニアスは、その私の言葉を聞き、大きく息を吐き出した。彼の表情は、激しい怒りから、私への深い畏敬の念へと変わっていた。


「貴様は……。本当に恐ろしいな。敵の力を奪うだけでなく、それを自国の力に変えるというのか。まるで、私が戦場で敵の兵を己の部族に組み込むのと同じやり方だ」


「はい、陛下。ただし、剣ではなく、知恵で組み込みます」


 彼は、私の頭を優しく撫で、深い口づけを落とした。


「わかった。スーザン。学校を建てろ。教師は、貴様の言う通りにせよ。必要な費用は、私が蛮王として略奪した財宝を全て売却して賄おう。貴様の知恵が、トロイセンの新たな文化を築くのだ」


 ロキニアス王は、私の提案を全面的に受け入れた。彼は、私を安楽椅子に座らせると、その場でグスタフ宰相に学校設立と旧貴族子弟の登用を命じるための親書を書き始めた。彼の行動は、いつも迅速で、絶対的だった。


 こうして、トロイセン王国の改革は、農業・産業・衛生・軍事という実利的な領域から、教育と文化という、より永続的で不可逆な領域へと、次のフェーズに進んだのだった。


 ……さて、私の安楽椅子での優雅な休息の日々は、教育改革という新たなプロジェクトの始動によって、再び忙しないものへと変わっていった。しかし、今回は私が体を動かすのではなく、ロキニアス王とグスタフ宰相、そして選ばれた武官たちが、私の指示通りに動いてくれる。


 私はこの特等席で、この国の未来図を、静かに、そして楽しげに描くことができる。


「よし。次は、カリキュラムの整備ね」


 私は、前世の歴史を思い出しながら、この世界に必要な知識を厳選していった。


 まず、基礎教育は、文字と算術。これは、農民や職人が記録をつけ、効率的に作業を進めるための必須科目だ。次に農業科学。輪作の原理、土壌の栄養サイクル、そして害虫対策。最後に、衛生学。公衆浴場の利用方法、清浄な水の重要性、そして疫病の予防法。


 そして最も重要なのは、歴史と倫理の科目だった。


 これは、神聖教団国家の教えに対抗するための、トロイセン独自の神話を構築するためのものだ。トロイセンの蛮族の民は、征服者としての歴史しか持たない。彼らに、蛮王ロキニアスが、いかにして生贄の皇女を王妃として迎え入れ、その知恵によって、いかにしてこの国を飢餓と疫病から救ったか……。


 その物語こそが、彼らにとっての新しい神話となる。


 私、スーザンは、この新しい歴史の教科書に、ロキニアスと私の物語を、あたかも運命の二人が神の啓示によって世界を救ったかのように、美しく、そして英雄的に記すことを決めた。


 この教育改革こそが、神聖教団国家が最も恐れるものとなるだろう。彼らは、武力による征服には慣れているが、信仰の根底を揺るがす知恵による文化の侵略には、どう対応してくるのか。


 私は、彼の次の手に、静かに備えていた。


 第五話:奇跡の舞台と神の代理人

 神聖教団国家、エヴァンス教皇庁は、このトロイセンの教育改革の動きを、最も警戒しているだろうと私、スーザンは確信していた。


 私の指示を受けて、ロキニアス王が派遣した密偵たちからの報告書は、私の安楽椅子の横にある可動式の読書台に、毎日届けられていた。


 エヴァンス教皇庁の反応は、予想通り、精神的な孤立化だった。


「王妃殿下。教皇庁は、トロイセンが魔女の知識を子供たちに教え、神の教えを冒涜しようとしていると、全大陸の信徒に向けて嘆きの聖書を発行しました」


 グスタフ宰相が、青ざめた顔で報告してくれた。彼の口調は、帝国との経済戦争の時よりも遥かに重い。蛮族の国トロイセンの重臣にとって、教皇庁の精神的な圧力は、実利的な武力よりも恐ろしいものなのだ。


「その嘆きの聖書には、私、スーザンの名前が、どう記されているのですか⁉ 」私は冷静に尋ねた。


「わたくしの名は、『地獄の底から這い上がった、知識を餌にする悪魔の代理人』と……」


 グスタフは、震える声でその言葉を口にした。


「そして、陛下のことは『悪魔に魂を売った蛮王』として、全信徒に、トロイセンとの断交と精神的な不買運動を呼びかけています」


 これは、露骨な精神的テロだった。武力や経済制裁ではない、信仰心を盾にした、最も卑劣な攻撃だ。トロイセンの民の多くは、依然として素朴な神への信仰心を抱いている。教皇庁の公式な声明は、彼らの心に深い疑念を植え付け、内政の混乱を引き起こすだろう。


 ロキニアスは、報告書を乱暴に読み終えると、玉座の肘掛けを強く握りしめた。彼の銀色の瞳は、怒りに燃えていた。


「卑劣な‼ 剣も持たぬ弱者が、言葉だけで私の国を崩そうというのか‼ 」


「王よ。感情的にならないでください。彼らは、私たちの学校設立という、知恵の浸透を最も恐れています。彼らにとって、知識の独占こそが、権威の源なのですから」


 私は安楽椅子から立ち上がり、彼の傍に静かに立った。私の体はもう完全に回復している。


「彼らに対抗できるのは、彼らのルールでしかありません。彼らは私を悪魔の代理人と呼ぶ。ならば、私たちは、私を神の代理人として、彼らの権威を完全に逆転させましょう」


 私は、既に次の策を練り上げていた。それは、教皇庁が最も神聖視する儀式を、私、スーザンの手で科学的に再現するという、極めて大胆不敵な計画だった。


「グスタフ宰相。すぐに、王都で最も古い、そして神聖教団国家が寄進したとされる聖堂の改修に取り掛かってください」


「聖堂の改修でございますか⁉ 」グスタフは驚きに目を見開いた。


「はい。その聖堂に、私たちトロイセンが誇る新しい科学の力を、神の奇跡として組み込むのです」


 私の計画は、こうだ。


 教皇庁が信徒に奇跡を示すとき、彼らは主に聖水や聖火を用いた、神秘的な儀式を行う。私は、この聖堂の改修を利用し、私が開発したミョウバン浄水の仕組みや、硫黄と硝石を用いた簡単な火薬の燃焼を、奇跡的な現象として再現する大掛かりな仕掛けを施す。


 私が聖堂の祭壇で祈りを捧げると、汚れた水が瞬時に透き通った聖水に変わり、何もないところから聖火が燃え上がる……。


 これは、一種の大掛かりなトリックであり、科学的なショーだ。だが、この世界の人々にとって、それは神の奇跡そのものとして映るだろう。


「王よ。彼らは私を魔女と呼ぶ。ならば、わたくしは彼らの前で、彼らの神よりも遥かに偉大な奇跡を起こしてみせます。そして、この奇跡は、科学の力によって、誰でも再現可能なものだと教えるのです」


 知識と科学が、特定の者だけでなく、トロイセンの教育を受けた全ての子供に分け与えられるとき、教皇庁の権威は完全に崩壊する。


 ロキニアスは、私の計画を聞き終えると、激しい笑いを上げた。


「ハハハ‼ 貴様は、本当に最高だ、スーザン‼ 奴らの神を、貴様自身の知恵で上書きするのか‼ 」


 彼は私の腰に腕を回し、私を抱き上げた。


「わかった。その聖堂改修は、私の最優先事項とする。必要な費用と労働力は、全て私が調達しよう。貴様は、その安楽椅子で、最も完璧な奇跡の設計図を完成させればいい」


 彼の激しい愛情は、私の知恵を最大限に活用するための、絶対的な後押しとなった。


 こうして、トロイセンの外交と内政は、学校設立という文化の盾と、聖堂改修という奇跡の剣を同時に手にし、神聖教団国家との最終決戦へと向かうのだった。


 私は、この狂気的な計画の全てをロキニアスに託し、再び安楽椅子に身を沈めた。私の知恵は、彼の武力と愛を得て、もはやこの世界の常識では測れない、領域へと達しつつあったのだ……。

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